ギルド Ⅰ
1
真がゴブリンの山砦により封鎖されていた、マール村とキスクの街の間のエリアを開放したことで、マール村に居た現実世界の人々もキスクの街へと移動してきた。道が解放された当初は警戒をしていて、なかなか人が来なかったが、安全であることが確認されると、一気に人が来るようになった。
元々キスクの街は多種族のNPCが暮らしていて、活気があり賑わっていたが、現実世界の住民が移動してきたことによってさらに活気が沸いてきた。
キスクの街に来たことで、現実世界の人々にとって大きく変わったことが一つあった。それはギルドの設立。キスクの街にはギルド管理所があり、3人以上がギルド設立を申し立てれば、ギルドを設立することができる。
ギルドとは、MMOPRGでは基本的なシステムの一つであり、仲間同士が集まってグループを結成するもので、ギルド内のメンバー同士がゲーム内でチャットができたりする。仲間同士でなくとも、ギルドを結成した後に、メンバーを募集することが一般的であり、全く知らない人同士がギルドを通じて仲良くなってゲームを楽しむことができるというのが魅力だ。中にはギルドのためにゲームをしているという人がいるくらい、MMORPGではギルドという存在が重要なものになっている。
この世界でギルドを設立することができると判明したのが、キスクの街に来れるようになってから、約2週間後のこと。ゲーム化した場所でギルドが作れることは一切告知されていないため、気が付くまでに時間がかかったが、ギルド内で使えるメッセージがあることが判明し、通信機器が消滅したこの世界では非常にありがたいものだった。
とはいえ、ギルド内メッセージはギルドの長であるギルドマスターしか書くことのできない掲示板のようなもので、ギルド内メッセージが更新されたからといって、メンバーに通知がくることもなく、携帯電話には程遠い性能であった。
そして、新たなギルドが少しずつ設立されくるようになった頃、キスクの街に新たな住人がやってきた。それは、真達がいたマール村とは別方向から来た人々。キスクの街に行き来できる道は一つではなく、複数あり、別の場所からミッションをクリアしてやってきた人々がキスクの街へと集まってきた。
マール村は真がゴブリンのリーダーを倒したことで異常な速さで封鎖を開放したが、別のエリアから来た人々はミッションをクリアするのに数週間の時間を要した。出した犠牲もマール村から来た人の比ではない。
キスクの街は方々からやってきた人々と、ギルドの設立で大きな賑わいを見せていた。相当な人数の人が流入してきたキスクの街であるが、それでも街が人で溢れかえって、ごった返していると感じるということはなく、全ての人を受け入れてもなお余裕のある許容量を見せていた。
現実世界がゲーム化浸食を受けて二カ月近くが経過した今、人々はギルドという新たな絆の力を手に入れたことで、この世界を力強く歩き始めることができるようになった。
当初は独りで狩りをして生計を立てていた人々もギルドに入ったことで、集団で効率よく且つ安全にモンスターを倒すことができるようになったのだ。
効率的にモンスターを倒して、アイテムを手に入れることができる場所を『狩場』と呼ぶ。現在、この狩場として人気の場所はグレイタル墓地と呼ばれる場所。キスクの街から歩いて1時間もかからない場所にあるところで、低級のアンデットが徘徊している場所である。その低級のアンデットであるゾンビは動きが緩慢であり、安全に倒すことができることが人気の要因の一つだった。
アンデットが落とすアイテムは、街のNPCの話では魔術素材となるため需要があるとのことで、無限に沸いてくるアンデット達を倒すことで安定した収入を得ることができる。
さらにグレイタル墓地には、稀に出現する『ネクロマンサー ルーデル』というモンスターがいる。これはネームドモンスター、略称はNMと呼ばれる固有の名前を持った珍しいモンスターで、倒すと装備品などの貴重品を手に入れることができる。
このNMを倒して手に入る装備でさらに自らを強くしたり、店に売って金にしたりでき、しかもネクロマンサー ルーデルは大して強くないため、ギルドのメンバーが集団でかかれば問題なく倒せるモンスターであった。
こういった好条件が揃っているため、グレイタル墓地は、死者の安寧の寝所であるにも関わらず常に人で賑わっていた。
だが、真は人が多く、狩場としては効率の悪くなったグレイタル墓地には行かずに、墓地とは反対方向のズール鉱山という、今は棄てられた鉱山の跡地に巣くう巨大蝙蝠や小型のストーンゴーレム等を狩っていた。
2
― 皆様『World in birth Real Online』におきまして、本日正午にバージョンアップを実施いたします。 ―
何の前触れもなく唐突に大音量で声が響き渡った。何度か聞いたことのある声。現実世界がゲーム化の浸食を受けた時にも響き渡った声。この声はいつも唐突にやってくる。
今日は一日中曇っていて太陽がどこにあるか分からないくらいであったが、もうすぐ正午になろうかという時刻であることには間違いなかった。
― 繰り返します。本日正午を持ちまして、『World in birth Real Online』のバージョンアップを実施いたします。バージョンアップの内容につきましては、皆様それぞれにメッセージを送付いたしますので、各自でご確認ください。 ―
事前の告知なくいきなりバージョンアップが実施されるため、この声が響き渡っている頃にもグレイタル墓地には何人もの人がモンスターを討伐していた。最近ではグレイタル墓地に人が多すぎるため、敬遠して、別の狩場に行く人も増えたため、グレイタル墓地も落ち着いては来たが、依然として人気の狩場であることには変わりはない。
【メッセージが届きました】
「マスター、何かバージョンアップの案内来てますよ」
20歳代前半くらいのエンハンサー、清水 美里が横にいるサマナーに声をかけた。
「ああ、分かってるよ、後で確認する。っていうか、モンスターと戦ってる最中にメッセージをよこすなよ……」
マスターと呼ばれた男は、戦っている最中に目の前に現れたレターを邪魔そうにどけて、再度モンスターとの戦闘に集中した。30近いこの男の名前は後藤 雄二、職業はサマナー。今はギルド『ストレングス』のメンバーと一緒にグレイタル墓地で狩りをしているところだ。
雄二が召喚しているのはサラマンダーと呼ばれる火蜥蜴。アンデットのゾンビには火炎属性のサラマンダーが役に立つ。
「前の時もいきなり言われたから、そんなもんじゃないの。まぁ、メッセージをよこすタイミングは考えてほしいものだけど」
「こいつらは楽な相手だからいいが、場合によってはやばいこともあるかもしれないしな」
「ちょっとマスター、怖いこと言わないでよ! 私そういうの結構気にするんだから!」
「ああ、そうか、すまん。すまん」
少し機嫌を悪くした美里にマスターの雄二が謝る。『ストレングス』は人数こそ少なく賑わいは控えめだが、すぐに謝ってくれるマスターの性格から、ギルド内の人間関係は安定していた。
「美里さん、そんな怒んなって。それより、この辺りのモンスターはあらかた倒したぞ。どうする? 昼だし戻る?」
手に斧を持ったダークナイトの安達 雅也が話しかけた。年の頃は20歳前後といったところか。
「ああ、そうだな。腹も減ったし、一旦戻るか」
「ねえ、マスター。あれってルーデルじゃない?」
ソーサラーの渡辺 由紀が声を上げた。今日は炎の魔法を駆使してゾンビを何匹も焼いている。
「おっ、まじか!? よし、他のギルドのやつが来る前にやってしまおう。雅也! ルーデルをやるぞ!」
「あいよ!」
ダークナイトの雅也がボロ布に身を包んだ死霊魔術師、ネクロマンサー ルーデルに向かって突撃する。ダークナイトはパラディンと同じくパーティーの盾となって敵の攻撃を引き受ける。パラディンが自己強化やバリアで硬さを維持するのに対して、ダークナイトは敵の力を下げたり、妨害したりして受ける被害を減少させる。
ルーデルは戦闘が始まるとすぐに呪文の詠唱を始めた。すると、腐食したルーデルの足元に広がる土壌に魔方陣が出現する。奇妙なルーン文字が描かれた魔方陣がルーデルを中心として展開した。
「なんだこれっ!?こんなのあった?」
ルーデルのすぐ近くで戦闘を開始し始めた雅也が声を上げた。今までにもルーデルを倒したことはあるが、こんな魔方陣は見たことがない。
「雅也っ!大丈夫か?」
マスターの雄二が声を上げたその時、ルーデルの魔方陣の中から複数のゾンビが出現した。周りのゾンビとは少し色が違う。茶色い色をした周りのゾンビに比べて、このゾンビは青い色をしている。
「こいつ、ゾンビを召喚しやがったっ!」
現れたゾンビの動きは緩慢で、今までグレイタル墓地に出てきたゾンビと大差はなさそうであった。
「雅也、行けるか?」
再度、雄二が声を上げる。
「大丈夫っすよ。こいつら動きは他のゾンビと一緒ですわ」
「そうか。なら、ゾンビから片づけてしまおう」
「了解」
青色をしたゾンビの動きは他のゾンビと変わらなかったが、違うところがあった。一つは耐久力が高く、一度斬ったくらいでは動きを止められず、炎の魔法を喰らってもそのまま直進してくること。そして、もう一つ。
「うわ、くそっ、こいつ噛みつきやがったっ!!」
今までのゾンビと同じ感覚で戦っていた4人は、いつもならこれで倒れているという考えがあり、全力を出してはいなかった。
「雅也君、ちょっと、大丈夫なの?」
美里が心配して声をかける。だが雅也は返事をしない。
「雅也さん、どうしました?」
由紀も様子がおかしい雅也に声をかけた。
「おい、雅也。どうした? 返事くらいしろよ!」
すると、雅也は雄二たちのいる方に歩いてきた。
「マ……スター…………」
「どうした、雅也?」
雅也に雄二と美里、由紀が近づいて心配そうに様子をうかがった。
「とりあえず、一旦ここから離れよう!」
雄二がそう言った直後であった、雅也が雄二に噛みついた。
「うわっ!?」
「雅也君っ!?何やってるの!?」
美里が雄二を引き離し、由紀が雅也を引き剥がした。女性の力で男を引き剥がすことは容易ではないため、美里と由紀は力いっぱい引っ張ったことで体制を崩した。そして、雄二と雅也は二人の女に牙を剥いた。