モードロイド Ⅱ
紫藤総志率いる『ライオンハート』の一行と真達の『フォーチュンキャット』のメンバーは雪山モードロイドの山肌を登っていく。
ふわふわと積もった新雪に足を踏み込んでも足跡が付くくらいで、返ってくる感触は土の地面の大差はない。現実世界の雪山であれば、腰まで埋もれてしまって身動きを取ることだけでも重労働なのだが、そのあたりはゲームの雪山だ。物理的に押し固められていない雪だとしても「地面」として扱われているのだろう。
開けた山の斜面を歩き、現れるモンスターを難なく蹴散らして進む。ベースキャンプを出発してから2時間ほど経過した頃、眼前に切立った岩壁が見えてきた。
黒い岩肌に所々積もった白い雪。見上げる程高いその岩の壁は100メートル近くはあるだろうか。とても巨大な壁が悠然と立ちはだかっている。
その岩壁の真ん中を割るようにして、幅14~15メートルほどの道がある。他に迂回できそうな道は見当たらない。
「この先にアイスゴーレムがいることが確認されている。見ての通り周りは岩壁に囲まれた場所だ。この道を通るしか方法はない」
総志が声を上げた。先遣隊の調査によってここまでは来ることができた。だが、この先は両側を絶壁に塞がれた道。進むか戻るかしか選択肢がない。そこに立ちふさがるようにしてアイスゴーレムがいる。
「フロストワイバーンが集まってくるまでにアイスゴーレムを倒すことができればこの先の調査も可能になるだろう。その為の俺達だ。見つけ次第総攻撃だ。蹴散らすぞ!」
総志は更に続けて声を上げた。自らを鼓舞するように声量を上げている。その声に導かれれるようにして『ライオンハート』のメンバーの士気も高揚する。
「一応言っておくが、危ないと判断したら即撤退するからな」
冷静に意見を出したのは晃生だった。あくまで今日の目的は様子見だ。命を懸けてまで押し通る道ではない。
「よし、進むぞ」
今日の作戦を確認できた晃生が号令をかける。
岩壁に近づくにつれてその大きさを実感していく。王都の城門も大きく壮大だったが、それとはまた別のスケール。技巧を凝らした意匠があるわけではないが、そびえ立つ自然の岩壁はまさに天然の要塞。その壁の間を縫うようにしてできている道に入っていく。
道自体は決して狭くはない。幅もあり、『ライオンハート』の第一部隊と第二部隊に『フォーチュンキャット』を合わせた総勢40~50人ほどの部隊が通っても余裕はある。実際には広い道なのだが、実感として狭く感じるのは、両脇を固める高い岩壁。日の光を遮り、道を暗くしているその巨大な壁は圧迫する力を強く感じる。
真も両端の巨大な岩壁を見上げる。頭上には黒い巨壁を縦に割るようにして青い空が見える。上空からはフロストワイバーンが襲ってくるとのことだが、今その姿を確認することはできない。
それから十数分ほど歩いた時だろうか、前方からズシン、ズシンという低い音が聞こえたきた。重量を感じさせる振動が音と共に伝わってくる。
「止まれ!」
総志が手を横にかざして指示を出す。
「エンハンサーは今のうちに支援スキルをかけ直しておけ」
警戒の色を強めた総志の声が響く。自らもベルセルクの象徴である大剣を構える。それが合図となったのだろう。一同がそれぞれの武器を構えて備えた。
ズシン、ズシン。音は大きくなっている。もう視界からでも確認ができる位置にそれはいた。半透明の氷に覆われた巨大な体躯。大きさは5メートルほどか。こちらに向かってアイスゴーレムが歩いてきている。
動きが緩慢に見えるが、一歩の歩幅が大きいため、知覚している以上に速度はある。気が付いた時には既にその距離は20メートルもないというところまで迫ってきたいた。
「ソーサラー、サマナー、スナイパーは一斉攻撃開始! パラディン及びダークナイトは全力で注意を引き付けろ! ベルセルク、アサシンは一呼吸置いてから全力攻撃! ビショップ、エンハンサーは回復に集中!」
時也の号令が高らかに上がる。見た目以上に動きが早いことに時也は気が付いていた。そのため、冷静にアイスゴーレムが射程範囲内に入るタイミングを見計らっての指示を出す。
<ブレイズランス>
<ファイアブレス>
<イーグルショット>
ソーサラーが放つ炎の槍が、サマナーが召喚したサラマンダーが吐く炎の息が、スナイパーが射る高速の矢が一斉にアイスゴーレムの巨体へと浴びせられる。
「俺に続けーーッ!!!」
晃生が片手斧を振り上げ雄叫びを上げると全力で走りだした。
「おおおおーーーーー!!!」
晃生に後れを取るまいと続いてパラディンとダークナイトが走りだす。
<デモンアクセル>
<アンガーヘイト>
モンスターの敵対心を上げるスキル、ダークナイトのデモンアクセルとパラディンのアンガーヘイト。後衛の火力職が全力で攻撃をしているため、そちらに敵が向かないように必死でヘイトを上げる。
(やり方が全然違うな……)
指示通り一呼吸置いてから走り出した真は疑問に思っていた。MMORPGにおける盾役は基本的に一人が集中して敵の攻撃を受ける。場合によっては攻撃を受ける役割を交代することもあり、複数の敵がいる場合には複数の盾役で分担することもあるが、今の状況では誰か一人に敵のターゲットを集中させるのがゲームではセオリーなのだ。
思えば今までパラディンやダークナイトといった盾役が必要になる場面が真にはなかった。レベル100の最強装備を前にすれば敵などすべて雑魚に等しい。今更こんな基本的なことに疑問を持ったことに内心苦笑しつつも、真は目の前の敵に意識を集中させる。
<レイジングストライク>
<レイジングストライク>
真と総志がスキルを放ったタイミングは同時だった。猛禽類が獲物に襲いかかるようにして飛び込み斬撃を加えるのがレイジングストライク。細身の真は猛禽類といったところだが、がっしりした体格の総志はどちらかと言えば猛獣の襲撃といったところか。
距離があっても一気に懐に飛び込んで攻撃を加えることができるため、近距離戦闘が専門のベルセルクにとっては有用なスキルだ。
真と総志の斬撃が巨大なアイスゴーレムの身体に大剣を刻み付ける。手ごたえは十分にあった。今の攻撃で注意を引き付けてしまったのだろう。アイスゴーレムは足元にいる真の方へと向き直ったが、今の作戦はできるだけ早く倒すことだ。敵のターゲットが移ったとしてもお構いなく、真はすぐさま体勢を直して次の攻撃に移った。
<スラッシュ>
<スラッシュ>
これも真と総志の発動は同時だった。巨大なアイスゴーレムを両脇から挟む形で斬りつけた。アイスゴーレムの敵対心は完全に真に向いている。そして、アイスゴーレムは大柄な男性一人分はあろうかという腕を振り上げた。
真も自分が狙われていることは分かっている。だが、攻撃の手を止めない。踏み込んだ体勢からさらに連続攻撃スキルを放つ。
<フラッシュブレード>
<フラッシュブレード>
まるで鏡に映したように真と総志の動きは同じだった。スラッシュから派生する連続攻撃スキルをお互いが同じタイミングで発動していた。
閃光のような鋭い横薙ぎの斬撃。今まさに振り下ろされようとしていた氷塊の拳が真に届く前にこの一撃が入った。
これ以上の追撃は止めておいた方が良いだろう。アイスゴーレムの剛腕が直撃しても平然と戦っていたらどう思われるか。真はそう判断し、後退しようとして相手を見上げた時だった。アイスゴーレムは声を出すこともなく、体が瓦解するかのようにその場に崩れ落ちだした。
かなりの強敵だと聞いていたが、結局のところ無傷で終わる。それとも一撃で倒れなかっただけ強いと言うべきだろうか。
少し拍子抜けしたところで、ふと総志の方を見ると既に大剣をしまい、部隊の方へと向かって歩いていた。
「総志様ーーーーーー!!! 凄いです! 凄すぎます! かっこよすぎです!!」
一番最初に聞こえてきたのは咲良の甲高い声。興奮し過ぎて半狂乱状態になっているが、総志は相手にもしていない様子。それでも興奮冷めやらぬ咲良を椿姫が必死で抑えている。
「うおおおーーーー!!! 紫藤さん! やりましたね! 流石です!」
「やっぱり紫藤さんならやってくれると思ってました!」
「行けますよ! 紫藤さんがいてくれればこの先も行けますよ!」
咲良の声があったかどうかは別として、『ライオンハート』のメンバーも興奮状態になっていた。先遣隊からアイスゴーレムが脅威であると知らされていた。先遣隊も『ライオンハート』のメンバーである。実力がないわけではない。その先遣隊が無理だと言っていたアイスゴーレムをこうも簡単に倒してのけた。しかも、フロストワイバーンが集まってくる前にだ。
『ライオンハート』のメンバーからしてみれば、真も攻撃をしていたことなどほとんど眼中に入っていない。総志がアイスゴーレムを倒した。それが全てだった。
「真君が倒したんじゃない……」
不満気な顔の華凛が小さく呟くが、周りの歓喜の声にかき消されてしまっている。
「いいのよ、華凛。真は気にしてない――ちょっと不満そうな顔してるわね……」
唯一華凛の声を聞いた美月がフォローに入ろうとしたが、当の真も少し不満気な顔をしている。とはいっても、真からしてみれば自分の力のことで騒がれる方が嫌なので今の状況は都合が良いのだろう。ただ、それでも、手柄を全て持っていかれていることには若干の憤りを感じている様子。
だが、真の方から自分の力でアイスゴーレムを倒せたと主張をすることはなく、総志がいたからアイスゴーレムを倒せたということにしておくようであった。