モードロイド Ⅰ
1
次の日の朝、雲の間から顔を覗かせた陽光が細かく舞い散る雪に反射してキラキラと光っている。時折風が吹くものの、この辺りでは比較的安定した天気だ。
「うーーっ! ああ、流石に朝は少し冷えるな……」
大きく伸びをしてテントから出てきた真が眠気眼を顰めながら差し込む太陽に目を向ける。朝が弱い真にとってできる限り眠気を覚ましたい。太陽の光というのは体内時計を調整する役割をもっており、太陽の光を浴びることで一日をスタートさせるのだ。だが、朝日が雪に反射して非常に眩しい。
昨日は集合に遅れたため、総志と時也を怒らせてしまった。だから今日は遅れるわけにはいかない。翼の強引な起こし方にも文句を言わずに真は起きてきたのもそのためだ。
「そうだね、夜もそれなりに冷えてたし……。でも、ウィンジストリアの方が寒かったような気もするけどね」
真の横で伸びをしていた美月が応える。雪山の真ん中でキャンプをしているのに、着ている服装は制服のようなデザインをした軍服。しかもミニスカート。雪山どころか普通の山を登る格好ですらない。それでも、寒さは王都に居る時とさほど変わりはない。エル・アーシアという高地にあるウィンジストリアの街の方が寒かった記憶がある。
「ああ、それな。たぶんだけど、気温の分類がセンシアル王国領なんだよ」
「どういうこと?」
真の言っていることが今一つ分からない美月が首を傾げている。気温の分類とはどういうことなのか。
「エル・アーシアは全体が高地だっただろ。エル・アーシアのどこに行っても『高地』っていう設定がされてるんだよ。で、センシアル王国領は低地だ。センシアル王国領内にあるどこに行っても『低地』として扱われてるから、雪山を登ってきても、気温の設定はセンシアル王国領の低地のままになってるんだと思う」
「モードロイドもセンシアル王国領だから、王都と同じ気温設定になってるってこと?」
「そういうことだと思う」
真としても確証があることではない。今まで色々なところに行ってきた経験からの推測だ。雪山が寒くないという異常事態をどう解釈するかを考えて辿り着いた仮説にすぎない。だが、ゲーム化した世界のことだ。ゲームと同様に設定をしなければ気温も変えられないと考えると辻褄は合う。
「そういうことなのかぁ……」
真の言っていることの理屈は理解できる。それでも、実際にこの身で体験してみると違和感の方が大きい。理屈と理解に乖離があることが美月には気味が悪かった。
「実際に確認のしようはないけどな。取りあえず今は朝飯を食べよう」
「だね」
真はそう言うとさっそくブラウ村で購入した鹿の干し肉を取り出して齧りついた。朝からジビエの干し肉を食べる真の趣味は美月にはよく分からないが、本人が気に入ってるので何も言わない。ベーコンやソーセージと同じと思えばそれほど変でもないか。ただ、野菜もちゃんと食べてくれればそれでいいと思いながら、美月はサーモンとエビのバケットサンドを取り出していた。これは、『ライオンハート』からの支給品。普段食べる物よりも高価な物が支給されており、その点は美月も満足しているところだ。
2
「これより、部隊を三つに分けて行動する。まずはモードロイドの奥地探索にかかる部隊。探索部隊は『ライオンハート』の第一部隊及び第二部隊だ。今日の探索はこの二部隊で行く」
早朝、ベースキャンプの中央テントの前に集合した『ライオンハート』とその他のギルドの連合、総勢250人ほどが整列している。『ライオンハート』のメンバーは時間厳守が身についているが、その他大勢のギルドとなるとどうしても練度が低い。それでも、誰一人として遅れてくる者がいなかったのは、昨日総志が喝を入れたからだろう。
声を上げる時也に苛立ちが含まれていないことに全員が安堵しつつも、これからの予定について真剣な面持ちで耳を傾けている。
「第三部隊は帰還するベースキャンプ部隊と物資運搬部隊の護衛にあたってくれ。残ったベースキャンプ部隊は待機だ。質問はあるか?」
本来であれば第三部隊も探索に行くのだが、今日は護衛の任務を与えられている。周知が行き届いているため皆一様に何をすればいいのかを理解していた。
「よし、それでは各部隊で行動を開始してくれ」
時也の号令と共に人だかりがそれぞれの役割に向かって動き出す。各部隊の小隊のリーダーやサブリーダーが声を上げて指示を出している。そのほとんどが『ライオンハート』のメンバーだ。
今回のミッションに参加しているギルドのほとんどがゴ・ダ砂漠からの出身ギルドであるが、コル・シアン森林の出身ギルドもいくつか混じっている。コル・シアン森林でも『ライオンハート』のようにミッションを遂行するにあたって指揮を取っていたギルドが『王龍』である。コル・シアン森林にいた時から大きなギルドの指揮下に入ることに慣れているからか、やり方は違うにせよ『ライオンハート』の指揮下であっても混乱することなく後方支援として自分たちの役割を果たすことができていた。
それに比べてエル・アーシア出身のギルドは『フォーチュンキャット』のみ。エル・アーシアでは大きなギルドが指揮を取ってミッションにあたるという経験がなく、どこか他人事のように思っている節がある。
それでも、多くの犠牲の上にクリアしてきた、ゴ・ダ砂漠やコル・シアン森林のミッションに比べて被害が格段に少ないというのは歓迎すべきことなのだろうと、真は思いながら『ライオンハート』の第一部隊とともに探索部隊の集合場所に向かった。
3
「今日の予定について説明する。ここから2時間ほど登ったあたりから敵が強くなる。特に危険なのはアイスゴーレムだ。非常に硬くてタフだ。こいつに時間を取られていると、どこからともなくフロストワイバーンが集まってくる。そうなるとどちらも手に負えなくなって撤退を余儀なくされる。そこを突破するために我々第一部隊と第二部隊が来た」
本格的に日が昇り始め、日差しが強くなってきた雪山に時也の声がこだまする。ここに整列しているのは、モードロイドの奥地を探索する『ライオンハート』の第一部隊と第二部隊。それに『フォーチュンキャット』のメンバー。
「まずはそのエリアを突破することが目標だ。安定してアイスゴーレムを処理できるようでなければ奥地の探索もままならない。今日はアイスゴーレムとの戦闘を分析することが目的となる」
「ベースキャンプ部隊ではアイスゴーレムとフロストワイバーンの処理は無理だった。だが、俺達ならできる。作戦は至ってシンプルだ。まず、ソーサラーとサマナー、スナイパーが射程外から全力でアイスゴーレムに攻撃を仕掛ける。出し惜しみをするな。後の戦闘のことは考慮しなくていい。その後、すぐにパラディンとダークナイトが全力でアイスゴーレムを止めると同時にアサシンとベルセルクで攻撃を仕掛ける。ビショップとエンハンサーは前衛の支援をしてくれ」
時也に続いて総志も声を上げた。低い声だが非常によく通る。指示の内容は単純明快。全力で攻撃しろというものだ。作戦としてはどうなのかと真は思うところがあるが、おそらく真の力を計算に入れての作戦だろう。そうだとしたら、無謀ではなく慎重に過ぎる。
「もう一度言うぞ。今日の目的は探索ではない。探索の障害となるアイスゴーレムとの戦闘を分析するための調査だ。深追いする必要もない」
念を押すように時也が言う。『ライオンハート』の精鋭部隊は士気が高いことは利点なのだが、ギリギリまで戦おうとする傾向にある。この世界を元に戻すという目的のために奮闘しているのだから仕方のないことなのだが、引くときには引かないといけない。そういうところは本物の軍隊と比べて劣るところだ。
「話は以上だ。それでは出発する」
「おっしゃ、お前ら行くぞー!」
時也の話が終わるやいなや、晃生が手を大きく振りかざして声高らかに号令をかける。その声に導かれるようにして『ライオンハート』の第一部隊と第二部隊は一斉に動き出したのだった。




