ベースキャンプ Ⅱ
1
「よし、全員集合したな」
雪山のべースキャンプに整列しているのは、前からベースキャンプを維持していた部隊と合流した『ライオンハート』の部隊。それと他のギルドから出動してくれている物資運搬部隊を入れると総勢250人ほどになる。その人達の前で時也が全員揃っていることを確認している。
「まずはベースキャンプの維持ご苦労だった。これからの探索はより危険なものになるだろう。奥地の探索は俺達が行うが、帰る場所を守ってくれていることに感謝したい」
時也と同じく整列している部隊の前に立つ総志が労いの言葉を述べる。いつものような不愛想な口調ではなく、暖かさの籠った声。その言葉にベースキャンプを維持していた部隊員は感涙しそうな顔をしている。
「総志が言った通り、ここが僕達の拠点だ。ここから奥に進むためにはベースキャンプの維持が何よりも重要になる。これからもベースキャンプの維持に努めてほしい」
続いて時也が声を上げる。総志ほどのカリスマ性があるわけではないが、普段は厳しいことしか言わない時也が認めてくれるような発言は、ベースキャンプを維持してきた部隊員にとっては素直に嬉しいものだった。
「それでは、今後の予定について説明をする。まずはベースキャンプ部隊で交代の引継ぎをしてくれ。その後に物資の引き渡しを行う。疲れているところ悪いが今日中に済ませてくれ。明日の早朝には物資運搬部隊を連れて前任のベースキャンプ部隊は帰還だ。護衛に第三部隊をつける」
今までベースキャンプを維持していた部隊はここで一旦王都へ帰還することになる。深い雪山でキャンプを維持するということで疲労の蓄積が大きいだろうと思われていたが、実際に寒さを感じることはないため、現実の雪山でのキャンプに比べれば格段に楽だ。
だが、問題は気温ではない。街の周辺地域とは違い、モードロイドのモンスターは全て好戦的で、人を見つければ襲いかかってくる。そのため、24時間常に見張りが必要であり、モンスターが来ればベースキャンプ部隊で撃退しないといけない。
モンスターは計画的な襲撃をしてくるようなことはなく、たまたまやってきたモンスターが散発的に襲撃してくるだけなのだが、それでもいつ何時やってくるか分からないという不確定要素が神経をすり減らす。
そのため、ベースキャンプを維持する部隊は定期的に交代をすることになっていた。
「『ライオンハート』の第一部隊と第二部隊は明日の朝に中央テントに集合。今日は疲れた体を休めることに努めてくれ。以上だ、質問はあるか?」
既に打ち合わせをしてある事項についての説明だっただけに、全員指示の内容については理解している。だが、集団を動かすにはこういう分かっていることでもしっかりと確認をしないといけない。誰かが勝手に動いてしまうだけで集団行動に支障をきたすこともある。
「質問はないようだな。それでは各自解散してくれ」
時也の言葉ですぐさま動き出したのは『ライオンハート』の部隊だ。ベースキャンプ部隊が引き継ぎのために各班のリーダーが動く。残りの部隊員は物資運搬部隊を待機させるために動く。
ベースキャンプ部隊にとって一番大事なことは物資の状況。何が足りないのか、何が不要なのか、そして今後何が必要になるのかを確認する。次の物資補給のためにこれらの情報が何よりも大切なことだ。
その次に重要なことはモンスターの襲撃頻度。これについては、正直なところ不規則すぎて傾向と対策を練ることができない。そのため、ベースキャンプを囲むようにして24時間見張りを立てておくことになり、それ以外に有効な手段はない。
「俺たちはもう今日やることはないんだよな?」
テキパキと動く『ライオンハート』の部隊を見て、置いていかれているような感じがしている真がボソッと言う。
「そう……みたいだね」
美月としても雪山を歩いてきただけで、特に何かしたわけではない。まだ何もしていない上に、周りは忙しく動いている。その中で休養を指示されたので少し居心地が悪かった。
「私達は明日からが本番なんでしょ? だったら、今日は休んでいいんじゃなの?」
その点、翼は割り切っていた。元からモードロイドの奥地の探索のために呼ばれたのだから、それまでのことは他の人に任せておいても構わない。まだ、何もしていないからと言って気にすることもないのだ。
「まぁ……そうなんだけどね……」
彩音が不安げな声で返す。彩音が気にしていることはまだ何もしていないことではなく、翼が言った言葉。自分たちが呼ばれたのは、ベースキャンプよりも奥地を探索するため。何故奥地の探索に呼ばれたかというと、徘徊するモンスターが強力になるから。真なら何の問題もないが、果たして自分はどれだけ対抗することができるのか。真に着いて来て、色々なところに行って、危険なこともあったが、それなりに強くなっているはずだ。はずなのだが、どうしても不安が拭いきれない。
「だったら、もう休みましょう。ずっと歩きっぱなしで疲れたわよ。私達のテントはどれなの?」
翼同様に今の状況を気にしていない華凛が言う。華凛は単純に真が行くところに付いていくだけなので、自分の役割がどうとかは重要ではない。ただ、何もしないというのは真に迷惑をかけてしまうので、必要な時に必要なことをするまでだ。
「あ、皆のテントはちゃんと用意してあるよ。私と咲良も含めて7人で使うテントだから結構広いよ」
王都からここまでずっと一緒に付いてくれている椿姫が華凛の質問に答えた。その横にはムスッとした顔の咲良がいる。
「あ、そうなんだ。なんか、何から何まで用意してもらってごめんね……。でも、いいの? 椿姫さんと咲良さんは『ライオンハート』の精鋭部隊なんでしょ?」
美月が申し訳なさそうな顔で言う。椿姫も咲良も最前線で戦う『ライオンハート』の精鋭部隊の一員だ。そんな重要なポストについている人間が、自分たちと一緒に行動して大丈夫なのか。
「ああ、大丈夫、大丈夫。紫藤さんから『フォーチュンキャット』の世話役を仰せつかってるからね。それに、精鋭部隊っていうなら、皆も第一部隊なんだから、精鋭中の精鋭だよ」
にこやかに椿姫が応える。これまでも『フォーチュンキャット』の傍で行動してきたのは総志からの指示があってのことだ。
「…………」
だから、咲良は黙ったまま行動を共にしている。総志から直々に『フォーチュンキャット』を頼むと言われたので逆らえない。総志からの指示には応えるのが咲良の使命だ。だが、総志が認めたという嫉妬は根深い。咲良がどれだけ総志を求めても手が届かないのに、ぽっと出のギルドを総志が気に入っている。それを認めるわけにはいかずに板挟みになっているのだ。
「ふ~ん、そうなんだ。紫藤さんに私達のことを頼まれたんだ」
ニヤけた顔で華凛が言う。もちろん咲良の方を見て。それに気が付いたから、余計に咲良は目を逸らす。
「おい、華凛。分かってるだろうな?」
余計なことをするなと真が釘を刺す。女同士の争いというのは真が手に負えるものではない。本当に理解のできない次元で争っているから、どうしていいのかも全く分からない。だから、面倒なことになる前に止めておきたい。
「……真君が……そう言うなら……」
小さい声で華凛が返事をする。目線は真には向けていない。斜め下の雪を見ている。本当に分かってるのか? という疑問は残るにせよ、真にできることはここまで。
「それじゃあテントに行きましょう。こっちよ付いて来て」
咲良のことは椿姫も心配しているが、咲良は総志の顔に泥を塗る様なことは絶対にしない。華凛の方は真がいてくれれば歯止めは効くだろう。そう思えたので、椿姫は軽快な声でテントへと案内した。
2
「状況は変わらずか……」
眼鏡の位置を修正しながら時也が言う。ここはベースキャンプの中央テント。20人は優に入ることができる大きめのテント。その真ん中にはこれまた大きな四角いテーブルがあり、そのテーブルを囲むようにして5人の男性と2人の女性が座っている。
外は十三夜月が白雪を照らし、青白く光っている。既に他のテントは寝静まっているが、この中央テントだけはまだまだ眠りにはつかず、難しい顔を見合わせていた。
「やはり我々ではこれ以上奥への探索は危険でして……。新たな情報というのは掴めていません……」
言葉に詰まりながらも状況説明をしているのは前任のベースキャンプ部隊のリーダーで、パラディンの男。
「障害になってるのはアイスゴーレムか?」
口髭を触りながら晃生が質問する。特段責めているというわけではないが、進展していない状況からどうしても口調が厳しくなる。
「確かにアイスゴーレムは厄介です。状態異常に対して非常に強い耐性があるようで、スタンにもかかりませんでした。ですが、もっと問題なのはフロストワイバーンとの組み合わせですね」
晃生の質問に答えたのはスナイパーの女だ。前ベースキャンプ部隊のサブリーダーをしていた。
「フロストワイバーンとの組み合わせ? あいつら徒党を組んでるのか?」
ゴーレムとワイバーンとの組み合わせと言われて、晃生が腑に落ちない顔で返した。無機質なゴーレムと本能で行動している翼爬虫類がどう組み合わさっているというのか。
「いえ、そういうわけではないのですが。アイスゴーレムは奥地の探索の進路には必ずいます。襲ってくるので対応しますが、ご存知の通り非常に堅固で倒すには時間がかかります。その手間取っている間に、フロストワイバーンがいつの間にか集まってきてるんです。フロストワイバーンに仲間を呼ばれると収拾がつかなくってしまい、撤退を余儀なくされるんです」
スナイパーの女は苦い顔で説明をする。自らが経験したモードロイドの奥地の探索。そのことを思い出していた。
「犠牲者は?」
この質問を投げたのは交代で来たベースキャンプ部隊のリーダーで、ダークナイトの女性だ。
「幸い犠牲者は出ていません。とは言っても命からがらといったところですが、何とか逃げ切ることができました……」
これにはパラディンの男が答える。その時の指揮を執っていたのは自分だった。早急に撤退の判断をしたことが良かったのだと今でも思う。
「フロストワイバーンの処理を先にした方が良いということか?」
晃生が難しい顔で言う。アイスゴーレムだけでも厄介な相手であるに違いないのに、フロストワイバーンが邪魔をしてくる。しかも仲間まで呼ぶとのことだ。
「それも考えましたが、問題はその間にアイスゴーレムの相手をどうするかなんです。危険なのはアイスゴーレムの方が危険です。アイスゴーレムは広範囲に広がる攻撃もしてきます。かなり強烈な攻撃なので全員が注意をする必要があるんです」
「フロストワイバーンの相手をしてる間にその攻撃がきたら不味いな……」
「はい……」
晃生が腕を組んで考え込む。こういう強力なモンスターがいるから『ライオンハート』の精鋭部隊の出番ということなのだが、道中にいるモンスターの処理だけでも大変そうだ。
「フロストワイバーンに見つかる前にアイスゴーレムを倒せばいいだけのことだ」
報告を聞いていた総志が端的に答えた。とてもシンプルな答え。時間をかけることが問題なのであれば、時間をかけなければいいだけのこと。
「いや、あの……そうなんですけども…………」
パラディンの男が理解しがたいといった顔で言う。それでも総志がそう言うのであればできないことはないのだろうが、今までの報告を聞いていたのだろうかと邪推してしまう。
「蒼井真か……。彼がいれば可能なのだろうな……」
時也が眼鏡のフレームを触ったままで言う。真の実力というのは時也にも図り切れていないところ大きい。総志と真がいれば、アイスゴーレムとの戦闘もベースキャンプ部隊より簡単にできるだろう。だが、計算ができない。真の力が総志よりも上だということ以上に正確な把握ができていない。
「そういうことだ。あいつの実力は明日になれば分かる」
総志は楽しそうだった。その顔を見て時也も晃生もこれ以上のことは言わなくなった。総志がどれだけ真の力を理解しているのかは分からない。だが、時也や晃生よりも分かっているのだろう。それがただの直感だったとしても、計算された数値よりも正確に思えた。