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合同ミッション Ⅴ

        1



ブラウ村に到着してから一晩を過ごし、翌日の早朝。野営のテントは真達がいつも使っている安物のテントとは違い、『ライオンハート』が準備をした質の良いテント。雪山の麓の村という割にはあまり肌寒さを感じることなく真は目を覚ましていた。


「蒼井君、おはよう。みんなはもう集合してるわよ……蒼井君って朝弱い?」


寝ぼけ眼の真を見た椿姫が微笑む。昨日、真がどうやってミッションをクリアしてきたのかという話で若干の不信感を抱いたような気配があったが、今はそんな雰囲気は微塵も感じさせない。


『ライオンハート』の精鋭部隊としてミッションの遂行にあたってきた椿姫からすれば、『大体は真がやった』など、到底真に受けられる話ではない。報酬のきびだんごだけで連れてきた動物と鬼を退治した男の話と同等レベルのおとぎ話にしか聞こえない。


だが、『テンペスト』の上層連中を全員レッドゾーン送りにしたのは紛れもなく真だ。実際にレッドゾーンに至る経過を見たわけではないが、全員レッドゾーンにされた『テンペスト』の中心に真がいたのを目撃している。その強さは想像の範囲外にあるのは確かなことだった。


だから、椿姫は考えないことにした。それに翼が言っていた言葉、『どうせすぐに分かること』。これから一緒にミッションを遂行するのだ。強力なモンスターがいることには間違いない。すでにアイスゴーレムという厄介なモンスターが確認されている。それをどうやって倒すのかを見れば大体の力量は把握できる。


「あ……ああ、朝だな……。今行く……」


真はまだ眠い目を擦りながら伸びをして頭に酸素を起こり込む。それでいくらかは眠気がマシにはなるが、眠いものは眠い。


「こらー! 真! いつまで寝てるのよ!」


ガバっとテントのドアを開け張った翼が怒鳴る。朝にはめっぽう強い翼はこの日も一番最初に起きていた。


「あ、真。やっと起きたね。早く朝食食べてしまって」


美月もテントのドアから真を覗き込む。相変わらず朝が弱い真を仕方がないなという眼差しで見ている。


「あ、ああ……分かった……」


「真、ついでに華凛も起こしてあげて」


ゆっくりと立ち上がった真に美月が声をかけた。


「ん……?」


ふと見るとテントの隅の方で華凛が熟睡している。あまりにも静かな寝息に真も言われるまで華凛が寝ていることに気が付かなかった。


「おい、華凛起きろ。華凛、華凛。起きろ」


ゆさゆさと華凛の肩を揺らす。真としてもまだ眠たいので、あまり機敏な動きはできていない。


「……ん……んん……。ムニャ………んん……ムニャ……ことくん……」


何やら訳の分からない寝言を言いながらも華凛は真の腕に抱き着いてきた。


「お、おい、華凛、華凛起きろ! 起きろ!」


ぎゅっと腕に抱き着かれて、驚いた真があたふたとしながらも華凛を起こそうとする。いきなり腕に抱き着かれたことで真の眠気は一気に覚醒レベルにまで達していた。


「……ん……くん…………ん?」


薄っすらと目を開いた華凛が最初に見たものは腕。細い女性のような腕。その腕を辿って視線を上げると、赤黒い髪をした美少女のような顔。


「きゃああああああああーーーーー!!!」


突然大声で悲鳴を上げた華凛が転がるようにして真から一気に離れていく。その反動で真自身も突き飛ばされていた。


「エッ!? 何!? 真君ッ!? 私、何!?」


自分が真の腕に抱き着いていたことを知覚した華凛が混乱した脳をフル回転で空回りさせる。


「か・り・ん……ちょっとだけ話があるからこっちにいらっしゃい……」


笑顔の美月が華凛に声をかけた。顔は笑っているが、黒いオーラのようなものが見えるのは気のせいだろうか。


「ヒィィィ……」


手巻きをされている華凛が再度悲鳴を上げた。寝起きの頭でも理解ができる。今の状況は鋭い刃物を突き付けられているのと同じだ。


「椿姫さんまだですか? みんな待ってますよ!」


遅れてやってきた咲良が苛立った声を上げる。真を起こしにいってそれ程時間が経っていたわけではないが、今はミッション中だ。特に時間に厳しい総志がいる中で規律を乱してほしくはない。


「あ、ゴメンゴメン、すぐに行くから。ほら、蒼井君も華凛さんもすぐに準備して」



        2



『ライオンハート』を中心としたギルド連合150~200人ほどが早朝のブラウ村の入口で整列していた。雪山の麓にある村には似つかわしくない、張り詰めたような空気を持っていた。


「全員揃ったな」


少し苛立ったような声をしているのは時也だ。『ライオンハート』のメンバーは早々に集合していたが、他のギルドは集合が遅い。特に『フォーチュンキャット』は最後にやってきている。


ギルドとしての練度に差があるので仕方のないことではあるが、それでもミッションを遂行中であるという意識は持ってもらわないと困る。


(イライラしてるな……)


遅れた原因である真はばつの悪そうな顔で時也の方を見ていた。いつも以上に張り詰めた空気になっているのは時也が苛立っているということだけではない。隣で仁王立ちしている総志も怒っているのではないかと勘繰っているから。


元自衛隊員で時間には厳しい総志だ。しかも、ミッション遂行中であり、これからそのベースキャンプへと向かうところでグダグダとしていれば、この先が思いやられる。


「今からモードロイドのベースキャンプへと向かう。ベースキャンプに居る部隊はモンスターの襲撃にも備えながらキャンプを維持してくれている。疲労も溜まっている頃だ。それでも必死に俺たち来るのを待ってベースキャンプを守ってくれている。彼らを待たせるな!」


総志が一喝する。それだけ言うと総志はすぐに引き下がったが、場は静寂に包まれていた。ベースキャンプがあるのは、向こうから襲ってくる危険なモンスターが徘徊する雪山のど真ん中。街や村の周辺のように手を出すまで襲ってこないというような安全地帯とは違う。


「いいか。規律を守るということは統率を守るということだ。統率の取れていない集団を烏合の衆と言う。強大な敵を前にして集団が力を発揮できるのは統率があってのことだ。時間は規律の基本だ。いいか、時間を守るということは命を守るというこだ。以上だ、行くぞ」


時也の号令にはみんな黙って従った。『ライオンハート』のメンバーにしてみれば当たり前のことなのだが、その他のギルドには荷が重いところがある。特に物資運搬部隊は寄せ集めに近いものがある。裏方としてミッションを支えてきた経験はあるが、前線にまで足を運んだことがない者が多い。


とはいえ、ミッションを遂行中である以上、そんな言い訳は通用しない。時也が言うように統率が取れていない集団は命の危険が高まる。だから、黙って従い、モードロイドへと向かって歩き出したのだ。



        3



モードロイドへはブラウ村を縦断していくことなる。隊列は前日に話があった通り、真達を含む『ライオンハート』の第一部隊が先頭になり、その後ろを物資運搬部隊と護衛の第三部隊とベースキャンプ部隊。最後尾を第二部隊が護衛する形を取っている。


「雪が降って来たな……」


どんよりとした鉛色の空を見上げて真が呟いた。麓にあるブラウ村には雪は積もっていなかったが、モードロイドへと足を踏み入れた途端雪が降りだしてきた。


「あ、本当だね。防寒着を出しておいた方がいいかな?」


美月も空を見上げて呟いた。雪山に行くことが分かっていたので事前に用意した防寒着がある。それを用意した方がいいかどうか迷っていた。


「どうだろうな……寒くないんだよな……」


真も迷いながら返事をする。真と美月が防寒具を出そうかどうか迷っているのは単に寒くないから。雪が降ってきているので気温は低いはずなのだが、体感温度は村にいた時と変わらない。もっと言えば王都に居た時と変わっていない。


「以前に真さんが言ってたことってこのことだったんですね……」


「え? 真がなんか言ってたっけ?」


彩音が口にした言葉に首を傾げる翼。前に真が何か言っていたということであるが、何を言っていたのか思い出せない。


「ほら、前に防寒着を買う話をした時だよ。真さんが雪山でも寒いかどうか分からないって言ってたでしょ」


「ああ、そんなこと言ってたような気もするわね」


曖昧な記憶を辿りながら翼が生返事をする。言われてみればそういうようなことを言っていたような気がしないでもない。


「いいじゃない。寒くないに越したことはないわよ」


あっけらかんとした口調で華凛が言う。雪山で寒い思いをするよりは、寒くない方がよっぽどいいに決まっている。そう思っていた。


「華凛さんって凄いですよね……案外一番逞しいのは華凛さんかもですね」


感心したように彩音が言った。だが、当の華凛は何を感心されているのか理解できていない。


「な、何よ? 別に凄くもないし、逞しくもないわよ」


「いや、雪が降ってる山に来ても気温が変わらないっていう異常事態を、『寒くないに越したことはない』で済ませられるのは大物だと思いますよ」


「だな。華凛と翼くらいだろう、この状況で違和感を感じてないのは」


真が振り向いて声をかける。雪山に来ても寒くないというのは朗報ではあるが、異常な状況であることには違いない。そこに違和感を感じるのが普通なのだが、華凛と翼は気にしている様子がなかった。


「なんか、真に言われると釈然としないわね……あんたもこっち側にいるくせに……」


「俺はそっち側にはいねえよ!」


翼の発言にこそ釈然としない真が抗議する。


「どうだかね……」


そんな真と翼の不毛なやりとりに美月がこぼした嘆息の声は雪と共に山の斜面へと消えていった。






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