合同ミッション Ⅲ
1
「メンバーは全員揃ったようだな」
整列してる『ライオンハート』の部隊の前に現れた時也が声を上げた。その横には総志が立っており、腕を組んで精鋭部隊を含む仲間の雄姿を見ている。
「諸君らには事前に説明をしてあるが、再度確認させてもらう。まずは馬車でモードロイドに向かう。旅程は二日だ。モードロイドの中腹には先遣隊がベースキャンプを張っている。そこで合流する予定だ」
時也が話を続けている。かなり慣れているようで、大勢の前でも堂々とした口調をしている。
「ベースキャンプ部隊はすでに先遣隊として派遣している『ライオンハート』の部隊と交代だ。そのままベースキャンプの維持に努めてもらう。物資運搬部隊は物資を渡した後、先遣隊と一緒に速やかに王都に帰還してくれ」
『ライオンハート』のメンバーは真剣な面持ちで時也の話を聞いてる。咲良もこの時は年相応の少女ではなく、いっぱしの精鋭部隊の一員の顔をしている。
「第一部隊から第三部隊はベースキャンプより奥の調査をする。現在判明しているのは、ベースキャンプ周辺までだ。その奥は徘徊するモンスターが強力になり、探索を困難にしている。危険なモンスターはフロストワイバーン、フロストエレメント、アイスゴーレムだ。特にアイスゴーレムは巨大な上に堅固で力も強い。炎系の攻撃で対応はしたが、どれだけ効果があったのかは疑問だということだ」
第一部隊と第二部隊は『ライオンハート』の精鋭部隊と呼ばれる部隊。特に第一部隊は総志と共に最前線に立つ。第二部隊は第三部隊を指揮しながら前線でサポートをすることを主な役割としているが、状況によっては第一部隊と共に最前線に立つことも多い。
「今回のミッションでは『フォーチュンキャット』に第一部隊へ入ってもらうよう要請をした。指揮系統は俺と葉霧で変わりはない」
時也が一通り説明をしたところで総志が話を始めた。総志の言葉でチラチラと視線が向けられているような気がしたが、それでもかなり自制を利かせてはいるのだろう。本心からすればここで疑問の声を上げたいのだ。真はそう思いつつも総志がそれをさせていないことに感心する。
「今のところ、ミッションで大きな問題は出ていない。だが、これから先どんなことが起こるか分からない。だからこそ、『フォーチュンキャット』に協力要請をした。特にギルドマスターの蒼井真の実力は本物だ」
「総志が言った通りだ。『フォーチュンキャット』の蒼井真は戦闘の実力で言えば、紫藤総志がもう一人いると思ってくれて差し支えない。見た目で判断をするな。この世界は常識が通用しないことくらいよく分かっているはずだ」
総志に続いて時也も声を発した。『紫藤総志がもう一人いる』という言葉に一同は驚愕の表情を見せている。紫藤総志は常にミッションの最前線で凶悪なモンスターを屠ってきた人物だ。何人もの犠牲が出ている中でも恐れることなく大剣を振り続ける。まさに英雄と呼ばれるにふさわしい雄姿を見せてきたのだ。その英雄と同じ力を持った人間がいるなんて想像もしていなかったことだ。だが、総志と時也が言うのであれば黙るしかない。
「細かい指示については各々の部隊のリーダーに従ってくれ。それでは移動を開始する!」
時也はそう言い放つと足早に馬車の方へと向かって行った。総志も同じく足早に進む。歩く速度の速い二人はすぐに集団から離れていく。
「俺がもう一人いるか……随分と過小評価だな」
総志が呟いた。周りに人がいないところまで来ているが、それでも注意をして時也にしか聞こえない声で言う。
「総志よりも強いなんて誰が信じるんだ? それに人心を掌握するには、『総志がもう一人いる』でも十分すぎるくらいだ。蒼井真のことを知らなければ過大評価も甚だしい」
時也が眼鏡の位置を直しながら返事をする。『ライオンハート』だけでなく、ゴ・ダ砂漠の出身者からしてみれば、総志に並ぶなどと信じられる者はいない。だが、当の総志が『実力は本物だ』と言った以上、信じるしかない。
「実際に戦闘を見れば納得するだろう」
紫藤総志を英雄視し過ぎるあまりに妄信している人も多い。そういう人は総志が認めたという真に対してどういう反応を示すか。総志の言っていることを信じないといけないという気持ちと総志に認められたという嫉妬。この二つが葛藤する。咲良がまさにその状況になっている。そのため、総志は椿姫に見張り役を任せた。
「楽しそうだな」
「ああ、蒼井の強さは漠然と理解しているだけだからな。どこまで強いのかは見てみないと分からない。俺が想像できないくらいだ。驚かせてくれると期待している」
総志の妄信者を抑えるという目的だけではない。総志自身も真の本当の力を見てみたいと思っていたのだ。
2
「蒼井君、『フォーチュンキャット』の皆は私達と一緒の馬車ね」
総志と時也が馬車の方へと移動を始めたのと同時、集合していたメンバーも素早く自分たちの乗る馬車の方へと移動を開始していた。そこに椿姫が声をかけてきた。
「なんでこいつらと同じ馬車なのよ……」
小さく愚痴をこぼしているのは咲良だ。総志自身が皆の前で真を認める発言をしたことでモヤモヤとした気持ちになっている。真のことを認めなければ総志の言ったことを反故にすることになってしまう。かといって素直に認められるかといえばそうではない。誰よりも総志に認められたいと思っているのは咲良自身であるから。
「あなた達のマスターが『本物だ』って言った真君と一緒の馬車に乗れて良かったわね」
不貞腐れている咲良に対して勝ち誇ったような顔で華凛が言う。小生意気な少女に対して一番効果のある嫌味を言って、清々しい気分になる。
「……ぐッ!?」
咲良が歯を食いしばって耐える。言い返したい。すごく言い返したいが、言い返したところで返ってくる言葉は『総志が認めた真を認めないのか』ということ。さらには『総志のことは信頼してないのね』と言われるとぐうの音も出なくなる。
「華凛! そんなこと言わないの。これから一緒にミッションをやるんだから仲良くね!」
美月が窘めるように言う。どうも華凛と咲良は仲が悪い。元々は咲良の方が文句を言ってきたのだが、流石にこれ以上は止めておかないといけない。
「分かってるわよ……」
華凛としては美月に言われると弱い。ドレッドノート アルアインを倒してもらった後、虚無感に打ちひしがれているところに救いの言葉を差し出してくれたのは美月だ。同じ境遇を味わった理解者でもある。
「なぁ、華凛。面倒なことは止めてくれよ」
真も一言釘を刺す。女同士のいざこざというのはよく分からないが、ネチネチとしたイメージがある。男の真としては女子同士で面倒なことになったら手に負えなくなる。
「うっ…………ゴメンナサイ」
華凛は呻き声の後に小さく謝罪の言葉を口にするが、小さすぎて誰も聞き取れない。華凛にとって真に窘められるのは美月に言われる以上に弱い。ドレッドノート アルアインを討伐するために真を利用しようとした。そのことを怒ることもなく許してくれたのは真だ。さらに復讐を果たした後にぽっかりと開いた心の穴を埋めてくれたのも真だ。
「咲良ちゃん、ごめんね。うちの華凛はちょっとアレなところあるから」
翼が両手を合わせて謝罪する。片目を閉じて許してねというサインを送る。
「べ、別に相手にしてないから……」
咲良は一言そう言うとそそくさと馬車の方へと向かって行った。機嫌は直っていないが、それでも強がっていられるくらいには持ち直している。
「俺たちもさっさと乗り込もう」
ひと段落ついたとろこで真が言う。ここで小競り合いをしていても仕方のないことだ。
「あ、そうだね。他のところはもう出発してるところもあるみたい」
美月が周りを見ながら慌てて馬車の中に乗り込んでいった。それに続く様にして真と翼も馬車に乗り込み、少しばつの悪そうな華凛も馬車に乗り込んだ。
「うちの咲良がまた迷惑かけたわね……。あの子悪い子じゃないんだけど、紫藤さんのこととなると頭に血が上るから、あまり刺激はしないでね」
まだ馬車に乗っていない椿姫が残っている彩音に声をかけた。
「迷惑をかけたなんてそんな、さっきのは華凛さんも悪いと思います……」
両手を小さく振りながら彩音が返答する。きっかけは咲良の方かもしれないが、嫌味を言ったのは華凛の方だ。
「元はと言えばうちの咲良が原因なんだけどね……。どうして仲良くできないかな……」
椿姫は腰に手を当てて困り顔で馬車の方を見る。総志に咲良のことを任されているが、これでは先が思いやられるばかりだ。
「それは同族嫌悪っていうことかもしれませんよ」
「同族嫌悪? あの二人が?」
「ええ、似てるんですよ。性格とかもそうですけど、欲しい物にどうしても手が届かないところとか……」
「ああ……なるほどね。でも、華凛さんはうちの咲良ほど絶望的な状況じゃないと思うけど?」
椿姫はなんとなくだが理解をした。咲良がいくら望んでも総志を手に入れることができないのと同じように、華凛も真を手に入れることができないでいるのだ。だが、華凛の容姿からしてみれば真に近づくことは、咲良と総志の関係よりも遥かにハードルは低いように思える。
「華凛さんの場合は、なんていうか性格がかなり難儀なもので……。それにこっちにも色々と事情がありまして……」
はははと乾いた愛想笑いで彩音が言う。華凛には真を利用したという後ろめたさと素直になれない性格がある。本当はもっと真と話がしたい。もっと近づきたい。もっと触れたいという思いがあるが、それを素直にできない難儀な性格。そこに理解者である美月との関係。彩音は傍から見ていても非常に難解なパズルであることは分かっていた。
「そっか、お互い色々と大変だね。でも、私達は同志なんだから、助け合っていきましょう」
「ど、同志じゃありませんッ!」
彩音は必死に抗議をするも椿姫は笑顔で『分かってるって』という表情をしたまま、馬車へと乗り込んでいった。