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合同ミッション Ⅱ

椿姫と咲良に連絡を受けてから三日後の朝、すでに王都は目を覚まし、行きかう人々が一日の始まりを迎えて忙しなく動いている。それは現実世界の人間も王都のNPCも同じ。


王都の城門は一日の始まりと共に多くの人たちが行きかうようになる。主には馬車で運んできた荷物の搬入が多い。王都は供給よりも需要の方が多いため他方から様々な物資が運ばれてくるのである。ゲームの世界のことなのだから、ここまで細かく物流を再現しなくてもいいと真は思いながらも、NPCの生活まで現実世界に即して再現していることに舌を巻く。


そんな朝から往来の激しい王都の城門だが、今日は更に多くの人が集まってた。数は150人~200人に満たないといったところか。そのほとんどがギルド『ライオンハート』のメンバーだ。


集まっている『ライオンハート』のメンバーは余計な雑談はせず、黙って時が来るのを待っている。7割ほどが男性だろうか。引き締まった顔で体つきもよく、まるで訓練された軍人のようにも見える。


その中に異色を放つ2人の女性がいた。一人は栗色のツーサイドアップの少女。小柄であるが、顔つきだけは負けん気でいっぱいだ。もう一人はボブカットの女性。少女というよりは少し大人に近い雰囲気だ。


二人とも真剣な表情をしているが、地顔が可愛らしいため、屈強な男達の中に入っているとまるでゴツゴツした岩場に生える二輪の花のようにアンバランスな目立ち方をしてしまっている。


「あ! 蒼井くーん、こっち、こっち!」


ボブカットのエンハンサーである椿姫が真達を見つけるやいなや声を上げた。場違いに明るい女の声は否応なしにも注目を集めてしまう。屈強な男達の目線が真達の方へと集中した。


「あれが紫藤さんの言っていたベルセルクか……」


「まだ未成年じゃないのか? しかも女子だぞ……」


「紫藤さんが認めるくらいの強さだって聞いてたが……」


無言で待機していた『ライオンハート』のメンバーだったが、真達の姿を見てざわめきが起きた。『ライオンハート』の精鋭部隊と行動を共にするのが5人の美少女だとは思ってもみなかったことだからだ。事前に聞かされた話の中にも美少女のグループだという情報は含まれていなかった。決起集会の時に真達を見た者もいるが、人数が多い中であるため十分に認識していた者は少ない。


だから姿を現した真達の姿を見て一様に驚きを隠せなかった。ギルド名が可愛らしい名前だなと思っていたが、メンバーもここまで可愛いとは想像していなかったのだ。椿姫が呼ばなければ、ミッションに参加するメンバーですらないと思っただろう。


「まぁ、こういう反応になるわよね……」


周りからの反応が予想通りだった華凛が嘆息する。悪意がないことは分かるが、それでも気分の良いものではない。


「仕方ないですよ……私達の見た目は戦うっていう風には見えないですから……」


困った顔で笑いながら彩音が言う。強者揃いの『ライオンハート』と言っても、精鋭部隊の中には椿姫や咲良というイレギュラーもいるのだからここまで反応しなくてもいいのではないかとは思う。


「椿姫さん、おはようございます……」


美月が挨拶をするが、どこか居心地が悪そうな声になっている。いつまでもジロジロと見られているわけではなく、すぐに静かにはなったが、聞こえてきたものは仕方がない。


「はは……ごめんね、みんながあまりにも可愛いもんだからさ……ちょっとびっくりしてるだけだから……」


椿姫としても困ったような顔をしている。身内の人間が失礼なことをしてしまったのだから当然のことなのだが。


「俺は男なんだがな……」


真が不満そうに周りを見る。すでにこちらの方へ視線は向けられてはいないが、間違いなく真のことも女性という認識で見られていたのだろう。それが何とも不愉快だ。


「蒼井君が男だっていう方が余計に混乱すると思うけどな……」


後頭部を掻きながら椿姫が言う。この見た目で男だと分かった方が騒がしくなるだろう。それを考慮して総志が何も言わなかったというわけでなく、単に必要なことしか言わない性格だからだ。


「ねえ、椿姫さんも咲良もさ、『ライオンハート』の精鋭部隊なんでしょ? 他の人は強そうっていう感じの人ばかりだけど、二人とも見た目で言うなら私達と大差ないのになんでこんなに驚かれるの?」


翼の疑問はもっともだった。『ライオンハート』の精鋭部隊には女性も何人かいるが、ほどんどは男性で顔つきも凛々しい。年齢も20代~30代が多い。中には50歳くらいの人もいるが、鍛えられた肉体から歳を感じさることはない。その中に椿姫と咲良が混じっているのであるから、今更真達が現れたとしても慣れていることではないのか。


「お嬢ちゃん、そいつはなこの二人が異質だってことを証明したからだ」


翼の疑問に答えてきたのは渋い男の声だった。口髭を生やしたダークナイトの中年男性が割り込んできたのだ。


「えっと、おじさんは確か決起集会の時にいた人ですよね?」


「『ライオンハート』の剣崎 晃生こうせいだ」


「ちょっとあんた! 剣崎さんは『ライオンハート』のナンバー3よ! おじさんなんて言ったら失礼でしょ!」


翼が『おじさん』と言ったことに対して咲良が抗議をする。総志、時也に続いて『ライオンハート』の中核をなす剣崎 晃生に対しておじさん呼ばわりするのは許せなかった。


「咲良、それは俺らの中だけの話だ。このお嬢ちゃんからしてみれば俺は『おじさん』で間違ってねえよ」


晃生は窘めるようにして言う。晃生が『ライオンハート』のナンバー3であろうがなかろうが、部外者の真達には関係のないことだ。内輪の階級を外に押し付けるようなことはしない。


「その『異質』っていうのはどういうことなんですか?」


翼が再度疑問の声を出す。屈強な男達の中に混じって少女がいたら確かに『異質』ではあるが、晃生は『異質を証明した』と言った。


「ああ、この二人は戦闘能力だけを取ってみれば精鋭部隊の中でもトップクラスだ。総志と俺に次いで時也といい勝負をする。それを証明してみせたんだよ」


晃生が椿姫と咲良の方を見ながら答えた。


「この二人が『ライオンハート』の中でトップクラス……」


驚いた顔をしたのは真だった。椿姫も咲良もどう見たとしても戦闘系の人間ではない。


「いやいや、蒼井君。その驚きはあなただって同じことだよ。確かに私も咲良もさ、この世界では強い方だと思うよ。それなりに努力もしてきたしさ。特に咲良は紫藤さんの隣に立つために死にもの狂いで強くなってきたから。それでも紫藤さんの強さは途方もない領域にあるんだよ……。その紫藤さんが認めたっていう蒼井君の方が驚愕だよ」


椿姫が苦笑しながら言う。『ライオンハート』の精鋭として総志についてきたからこそ分かるその強さ。椿姫と咲良が『ライオンハート』のトップクラスの戦闘能力を持っているとしても、頂点に立つ総志には到底かなわない。


「そうよ! 総志様はすっごく強いの! 本当だったらあんたみたいなのが横に並べるような人じゃないのよ!」


「おい咲良、その辺にしておけよ!」


晃生が低い声で一言だけ発する。声量は少ないが、静かな圧力がある。


「……ッ!? ……はい」


咲良はシュンとなって俯いてしまった。真が総志に認められたなんてことは絶対に認めたくない。だが経験上分かる。晃生がこの声になったのであればもう引き下がるしかない。ここで止めておかなければ本気で怒られる。それは非常に怖い。


「身内のせいで気分を悪くさせてしまってすまねえな。ただ、俺らにとって紫藤総志っていう人間はそれだけ特別な存在なんだよ。だから、今はまだ動揺の方が大きい。それも次第に治まってくるから、それまでは勘弁してくれ」


晃生の口調は元に戻っていた。咲良には困ったものではあるが、咲良がどれだけの死線を潜り抜けてここまで来たのかを知っている。晃生としては少女を危険なミッションに参加させたくはないが、現状では力のある者が前に出るしかない。だからこそ、変な対抗意識から危険な目に遭わないようにしっかりと見ておかないといけないと思っていた。


「俺は別に気にしてないから……」


真は複雑な表情であった。『ライオンハート』の中で紫藤総志という人物が特別視されていることは知っているし、ゴ・ダ砂漠出身者からも絶大な信頼を持っている。そこに入ってきた部外者の人間。しかも、総志のお墨付きとくれば内情が荒れないわけがない。


これは見た目のことも関係してくるだろう。気の強そうな顔をしているが、16~17歳くらいの美少女にしか見えない。強い者に憧れている真はもっと大きくて筋肉質の多少強面の姿になりたかった。もし、見た目が真の理想とする姿であれば、文句を言う者は少なくなるはずだ。


特典として付与された専用アバターは結局のところ真を困らすことにしかなっていなかった。そのことを改めて思いながら、赤黒い髪の毛を掻き上げ自嘲した。






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