次の道
1
【メッセージが届きました】
平原からマール村に戻る途中の美月の頭に突然声が響いた。何度か聞いてる声だが未だにこの声は慣れない。直接頭の中に誰かが入ってきているような気持ちの悪い違和感がある。真のことが気になって、不安な状態にある時にこの声はあまり聞きたくはなかった。
美月は目の前に浮かぶレターに手を差し伸べた。一体何の通知が来たのかは分からないが、見てみるしかない。
【山砦に巣くうゴブリン達のリーダー、ダーティーハンド ゴルゴルドが討伐されました。これにより、封鎖されていたキスクの街への道が全ての人に開放されます】
「えっ!?」
美月が思わず声を上げた。メッセージの内容を見る限りでは誰かが、あのゴブリンのリーダーを倒したということだ。真が周辺調査に行くと言ってから1時間も経過していない。
「誰が……?」
美月が知る限り今日、山砦に行った者はいない。真はあくまで山砦の近くに行くと言っていただけだ。自分の知らないところで誰かがミッションに挑んでいたのだろうか。とはいえ、自分の知っている範囲など、たかが知れているため、考えたとしても想像の範囲を超えることはないことだが。
(でも、良かった……。これで真は無事でいられる)
誰か知らないが、ゴブリンのリーダーを倒してくれた。ということは、近くにいる真に危険が及ぶ可能性はかなり下がる。
(キスクの街への道か……)
ゴブリンのリーダーを倒した誰かは、そのまま山砦を超えてキスクの街に行くのだろうか。近くにいる真はこの知らせを受けたらどうするだろうか。たぶん、真ならこのままキスクの街に向かうのではないかと美月は思った。根拠はない。知り合って間もない真のことをそれほど多く知っているわけではない。漠然とそう思っただけだった。
(だったら……また、会えるかな)
ミッションがクリアされたことで、真の安全は確保されたと言っていいだろう。それなら、道の先でまた会うこともあるかもしれない。
2
真は草原の街道を歩き続けた。日が沈むまでにはまだ時間がかかりそうだが、もしこのまま夜になってもキスクの街にたどり着けなければ、この街道で野宿することになる。だが、ここまで来て戻るわけにも行かない。それこそ、日が暮れる前に村まで戻れない。
真は野宿を覚悟しつつ歩く速度を速めた。歩き進めていくと次第に木の数が多くなっていく。やがてそれは森になり、木々の間を割るようにして街道が伸びるようになっていた。
土でできた森の中の街道は、木の根っこが街道まで伸びてきて、凸凹とした道を作っている。生い茂る木々の葉に日差しは遮られて少し暗い街道を真は進んでいった。
聞こえてくる音は、吹いた風に葉っぱ同士がガサガサと擦れあう音くらい。鳥の鳴き声も聞こえない静かな森の中だった。
(この森、どれくらいの大きさがあるんだ? 野宿するなら、まだ草原でした方がましだぞ……)
真は少し不安になってきた。野宿初心者の真にとって森の中での野宿はベリーハードモードだ。できればしたくない。
そんな心配事を考えていると、森の街道の先が光で溢れているのが見えた。日の光を遮られた森の中にいるため、余計に明るく見えるが、それは森が終わっていることを示す光だった。
(よしっ!)
小さくガッツポーズをした真が小走りに森の街道を抜けると、そこはアスファルトの道路だった。ぶつ切りにされたように森と土の地面がなくなり、いきなりアスファルトの道が現れた。
深い森の中だったが、ゲーム化の浸食が途切れて現実の街がある場所に出た。だが、人の影は見当たらない。道路はかつてそれなりに交通量の多い国道だったのだろう。4車線の道路の真ん中を横たわるようにして緑地帯がある。
道路の両端には店やマンションが立ち並んでおり、交差点の角には大きな商事ビルがあった。これだけの施設が立ち並んでいるのに、誰も人がいない。人の代わりに道路を横断しているのは大きな角を持った鹿のようなモンスター。好戦的なモンスターではないようで、真の近くにいたモンスターは何も関心を示していないように、真を素通りしていく。
他には羽が退化して飛べなくなった大型の鳥がいるくらい。特に危険な場所であるとは思えなかった。
(とりあえず、入れる建物を探そう)
現実の街の中にある建物の中に入ることはできても中の物を持ち出したり使用したりすることは大きく制限される。例えば、コンビニに置いてある商品は見えない壁に阻まれて触れることさえできない。だが、建物の中に入ることができるのであれば少なくとも野宿する必要は無くなる。
暫く街の中を歩いていると銀行を発見した。地元の銀行なのだろう。銀行の看板にはその地域を現す名前が入っていた。銀行の中に入ってみると、当然人はいないが、広い窓口にはソファーが設置されていた。
(ここにしよう)
既に日は傾いてきていた。夕暮れにはまだ少し時間があるが、今日はゴブリン退治をした後、ずっと歩き続けているので、流石にここで休憩することにした。
真は疲れた体を休めるようにして、ソファーに体を預けた。
(結構歩いたな。ここまで来たら、流石に家に戻るってことは難しくなってくるな)
ゴブリンが屯していた山砦でさえ、マール村から歩いて1時間かかる。いちいち家に戻るということはもう考えられなくなった。
(そういえば、バージョンアップで追加されたダンジョンっていうのは、まだどこか分からないな。この先のキスクの街の近くにあるのか?)
真はそこであることに気が付いた。
(もしかして……追加したダンジョンってゴブリンの山砦のことかっ!?)
ダンジョンだから勝手に迷宮や洞窟をイメージしていたが、そもそもダンジョンの意味は地下牢や地下の監獄を指し、その語源は城を守る守備兵たちが最後に立てこもる砦だ。ゲームとしての意味は迷宮や洞窟だが、ゴブリンの山砦もダンジョンと言えばダンジョンだ。
勝手な思い込みから、徒労に終わった一日を思い出す。ただ平原を歩き続けた一日。
(まぁいい……。キスクの街の周りにも何かダンジョンがあるかもしれない。それを探そう)
真は少し不貞腐れたようにして、ソファーに寝転がった。
3
次の日、真は朝から道路を歩いていた。キスクの街まであとどれくらいかかるか分からないが、できれば今日中にたどり着きたかった。ゆっくりしていて、日が沈むまでにたどり着くことができなければ、こんどこそ、草原や森の中で野宿しないといけないかもしれない。
そんな思いを持ちながら真は歩いていくと、30分ほどでアスファルトの道が途絶えて、急に林が出てきた。木々の間を縫うようにして街道が蛇行しながら伸びているため、先は見通せない。
時折、角の生えたリスのような生物が姿を見せる。道を横切るだけで何かしてくるわけでもない。この林に生息している小動物の一種なのだろう。現実の世界ではテレビでも見たことのない生き物だ。
木々の間からこぼれた日の光を浴びながら真は進んでいった。午前中の晴れた日に林の中を歩いていくというのは、なかなか気分の良いものだ。爽やかな風が頬をくすぐり、赤黒い真の髪を躍らせる。
さらに30分ほど歩くと、林を抜けることができた。そして、続いている道の先にあるものは、レンガでできた壁で覆われた大きな街だった。
(あった、あれだ!)
おそらくあれがキスクの街だ。真が出発してから1時間ほどで到着した。実は昨日の時点ですでに近くまで来ていたのだ。昨日、トレントが二日かかると言っていたので、もう少し距離があると思っていた。歩けるとはいえ、木が歩いていくのだから、これでも二日くらいはかかる距離なのだろう。
真は早足になって、街の中を目指した。近くに来てみると、結構立派な壁で周りを囲んでいる。マール村とは大違いだ。マール村は決して貧相というわけではないのだが、やはり、街と比べれば村の規模は小さい。
真はさっそく街の中に入ってみた。街の中に入ってまず気が付いたことは活気があること。いろいろな店が軒を連ね、屋台も出ている。そして、もう一つ気が付いたことは、いろいろな人種がいること。人種族だけでなく、大柄の種族に半獣人というのか、獣の耳と尻尾のついた種族もいた。
商談や世間話など、ざわざわと話声がしている中を、みんな活気に満ちた顔をして、石畳で舗装された道を歩いてる。
舗装された道の先には大きな広場と何かの像が建てられているのが分かった。ここからでは遠いのでよく分からないが、それでも見えるほどの大きさがある像だ。その先にもまだまだ街は続いているように思える。
ここが新しい拠点となる街、キスク。想像していたよりも大きな街に真は少し驚いたのと同時に、活気にあふれる街に何かは分からないが期待を膨らませていた。