決起集会 Ⅲ
「諸君、長らく待たせて悪かった。ただいまより『ライオンハート』の決起集会を開催する」
会議室の一番奥、総志に並んで座っていた時也が立ち上がり、声を上げた。『ライオンハート』のメンバーはその言葉に黙って耳を傾けているが、
「『ライオンハート』の決起集会?」
思わず声を上げたのは、総志を挟んで上座に座っている真だった。その横に並んでいる美月たちも同様に驚いたような顔をしている。
「さっきやったのは他ギルドとの共闘のための決起集会だ。今からやるのはミッション遂行の中心メンバーによる決起集会だ。言葉は悪いが、有象無象と一緒にできないこともある。特にミッションともなれば危険が伴うことだからな。こうして別に集まっているわけだ」
真達の疑問を察した時也が説明を加えた。そして、時也は話を再開させる。
「まずは、ゲストを紹介したい。事前に話は聞いていると思うが、今回のミッションでは『フォーチュンキャット』に協力を要請した。ギルドマスターの蒼井真、サブマスターの真田美月、以下メンバーの椎名翼、八神彩音に橘華凛だ」
時也にざっと紹介されて、真は座ったまま会釈をする。真に続いて呼ばれた美月や翼、彩音は立って頭を下げるが、最後に呼ばれた華凛は会釈すらしていない。
「今回のバージョンアップでミッションが追加された。内容は周知してある通りだが、何らかの罠が仕掛けてあると考えて間違いないだろう。諸君らは一流の戦士たちだ。今までも困難に打ち勝って、生き残った精鋭たちだ。そして、支配地域を手にしたことによって装備も他とは一線を画している。だが、それでも油断はできない。油断をすればそれは死につながることだ。そこで、一つ諸君らに提案をしたい」
時也はそこまで言うと、言葉を止めて総志の方へと目をやった。その合図で総志が立ち上がり、言葉を出す。
「ここに居る『フォーチュンキャット』メンバーには俺と一緒にミッションの最前線に立ってもらう。入ってもらう部隊は第一部隊だ。そこで、今回は第一部隊から数名、第二部隊に回ってもらう」
真っ直ぐな視線で総志が言い放つ。その言葉で黙って聞いていた『ライオンハート』のメンバーがざわめきだした。真達にしても、『ライオンハート』の第一部隊に入ることは今初めて知ったことだ。そもそも、真達は第一部隊がどういうものなのかすら知らない。だから、ざわめいている『ライオンハート』のメンバーをただ傍観することしかできない。
「紫藤さん……。待ってください、いきなりそんなことを言われても納得がいきません! 第一部隊は紫藤さん直轄の部隊ですよ! ここに居る皆は紫藤さんに付いていく覚悟を決めた『ライオンハート』の精鋭部隊です。今回のミッションでも命を張る覚悟で来ています! だからこそ、第一部隊は特に強くて、信頼のできる人で構成されてきました。だから命を張ってこれたんです」
声を上げたのは30代前半のパラディンの男だ。長身で体は鍛えられている。
「そうです! 紫藤さん、私達は今まで多くの困難に立ち向かってきました! 私達のチームワークは完璧です! 危険があるからこそ、紫藤さんと私達が前に出てきたんじゃないですか!?」
更にサマナーの女性が声を上げる。年は20代後半といったところか。
「紫藤さん……すみませんが、意見させてください。普段ならあなたの指示には黙って従います。でも、彼らはみんな未成年でしょ? 言っちゃ悪いですが、彼らに最前線を任せるというんはいささか無理があるのではないですか?」
周りに追従するようにしてスナイパーの男も声を上げた。だが、総志の方には目を向けることができていない。この男が言ったとおり、普段は盲目的に総志の言葉に従っているからだ。
「俺がそう決めた。これが最善であると判断したからだ。文句がある奴は今のうちに聞いておく」
総志が簡潔に理由を述べる。ほとんど有無を言わさないような物の言い方だが、全く聞く耳を持たないわけではない。ただ、総志が決めたことは正しい。総志が最善と言うのであれば理屈抜きにして最善なのだ。それを皆が経験で分かっていた。それでも、一つだけ腑に落ちないことがある。
「紫藤さんがそう思うんだったら……それが正しいと思います。紫藤さんが間違うとは思ってません……。でも、僕達にもプライドがあります。ここまで命を懸けて紫藤さんと一緒に戦ってきて、多くの仲間を失ってきて、それでもここまで生き残ってこれたのは紫藤さんに付いてきたからです。死んでいった仲間たちも一緒に紫藤さんに付いて来てるんです……だから……いきなり現れた人たちに、一番重要な立ち位置に取って代わられるのは納得がいきません!」
20歳代前半のビショップの男が自分の思いのたけを言葉にする。『ライオンハート』の第一部隊は紫藤直轄の精鋭中の精鋭部隊。多くの危険を乗り越え、多くの犠牲を出し、多くの人に恩恵を与えてきた役割だ。それを、見ず知らずの未成年たち5人に取って代わられるというのはそう簡単に納得がいくものではない。
「なあ、総志。ちょっといいか?」
テーブルの側面に並んでいる中では一番奥、総志に一番近いところに座っているダークナイトの男が軽く手を上げていた。年はこの中では一番上、40歳代後半くらいから50歳代前半といったところ。生やした口髭が外見年齢をさらに上に見せている。
「はい」
総志がその男の方を向いて返事をする。真達が驚いたのは、総志が『はい』と言ったこと。言葉使いが明らかに他とは違っている。
「そこに居るお嬢ちゃんたちはたしか、『テンペスト』を半壊させたんだったよな?」
「そうです」
「で、半壊っていうか、全員レッドゾーンだった連中をお前が仕留めたってわけだろう?」
「正確に言うと、蒼井が一人でレッドゾーンに追い込んでます」
「どうやって『テンペスト』の連中をレッドゾーンにしたのか、俺たちは見てないからそれは分からん。でもな、あの『テンペスト』の幹部連中全員をレッドゾーンにまで追い込んでたっていうのはお前らも見てるよな?」
口髭のダークナイトは総志の方から、文句を言っている周りの精鋭部隊に目線を変えて言った。その言葉に誰もが意見を言えずにいる。総志が『テンペスト』の幹部らを斬ったその時に、『ライオンハート』の精鋭部隊も同行していたのだ。
「まぁ、俺たちは直接、『テンペスト』の連中とやり合ったわけじゃねえけどよ。奴さんらの実力は分かってるよな?」
口髭のダークナイトは更に言葉を続ける。この男が言いたいことは誰もが痛いほどよく分かっていた。
「お前らの言いたいことは俺もよく分かるぜ。俺だってこれまで最前線で戦ってきたんだ。仲間を失ったのも一度や二度じゃねえよ。死んでいった仲間のためにも俺らがこの世界を元に戻すって思ってるさ。遊びやスポーツでやってるわけじゃねえからこそ、引けない気持ちってのがあるよな。だがよ、これだけの力を見せられてるんじゃ文句言っても通らねえわな」
「剣崎さんの言う通り、これは競技ではない。命がかかっていることだ。だからこそ、より強い者が前に出て、ミッションを遂行していかないといけないんだ。それに、何も後方に下がれと言っているわけではない。これまで通り、総志と一緒に行動をしてもらうし、戦力として貢献してもらうことになる」
時也が剣崎と呼んだダークナイトの言葉に追随して補足する。メンバーの気持ちは時也もよく分かっている。分かっているからこそ、より確実な手段を投じたい。
「俺はお前たちの力を高く評価している。それと同時に蒼井の実力は俺も計り知れないものがあるというのも事実だ。俺と蒼井の援護をお前たちがやってくれるのであれば、このミッションは必ず成功する。やってくれるか?」
総志にここまで信用していると言われると、もう反論することができる者はいない。
「私、総志様のためなら何でもしますッ! だから、一緒に連れていてください!」
声を張り上げたのは七瀬だった。座っている位置からすれば総志と一番離れた席に座っているため、大声を出さないといけないというのは仕方がないことだったが。
「君はちゃんと理解しているのか?」
訝し気な表情で苦言を呈しているのは時也だ。毎度のことながら、七瀬という少女はどこまで話の流れを理解しているのか怪しいところだ。ただ、誰よりも妄信的に総志の言葉に従うため、大きな問題になったことはない。
「他に意見のある者は?」
時也が周りを見渡して訊ねる。全員が総志の方に視線を向けている。誰も異論を言う者はいない。
「よし、それでは細かい打ち合わせに入る」
時也は全員に合意が取れたことを確認すると、早々に次の話へと進んでいった。テキパキと進行を進めていく時也を尻目に、美月は小声で話をしていた。
「ねぇ、私達最前線に行くっていう話になってるけどさ……大丈夫なの?」
少し顔を伏せて美月がぼそぼそと言う。真は最前線でも問題はないだろうが、美月たちはどうなのだろうか。
「そもそも、真さんが強いっていう話しかしてませんよね……。最終的に紫藤さんと真さんの援護をしてくれって言ってましたし、私達のことは出てきてないですよね……」
彩音も腑に落ちないところがあって、この小会議に参加している。
「それって、つまりは私達も援護に回れってことじゃないの?」
これは華凛だ。話を聞いている限りでは真の力を頼りたいとしか聞こえない。
「援護って言っても、最前線に行くことには違いないんでしょ? 『ライオンハート』の人達も最前線で戦うことになるんだしさ」
「それは、そうだと思いますよ……。っていうことはやっぱり私達も最前線に行くんですよね……?」
美月の意見に彩音が肯定するも、次第に最前線に立つということの不安が顔を覗かせていた。
「最前線って、真君ならともかく、私達は危ないんじゃないの!?」
華凛も心配そうに言葉を出す。大きな声を出しそうになるが、そこは会議中ということでなんとか踏みとどまる。
「え、でもさ。それって今まで私達がやってきたことじゃないの? エル・アーシアのミッションだって私達が最前線に立ってたわけだしさ」
翼がふと気が付いたように意見を言う。ミッションの最前線に立つということは、今まで真に付いていってやってきたことと何が違うのか。
「あっ……そういえばそうだね」
『ライオンハート』が主導するミッションの大規模さに圧倒されてしまい、失念していたが、エル・アーシアのミッションをクリアしたのも、ドレッドノート アルアインを倒したのも『フォーチュンキャット』だ。今からやろうとしていることと何ら変わりがないことに今更気が付いたのであった。