決起集会 Ⅱ
1
『ライオンハート』の招集に応じて開かれた決起集会が終わり、大勢の参加者たちが会場から去っていく中、真達は会場の奥へと足を運んでいた。そこには決起集会主催側が用意した大きなテントがあり、テントの周りにはまだ大勢の人が何やら忙しそうにしている。見た目の装備は一般的な物ではない。以前、『テンペスト』の幹部達が装備していた物と同等の物を纏っている。おそらく『ライオンハート』のメンバーと思われる人達だろう。支配地域を持っていることで装備が他とは一線を画している。
その中に総志と時也がいた。特に誰かと話をするでもなく、黙って立っている。そして、二人は真達がやってきことに気が付くと足早に近づいてきた。
「急に呼びして悪かったな」
時也は真達が来るやいなや眼鏡の位置を直しながら声をかけてきた。
「話っていうのは? 明日ギルドマスターが集まるんだろ? その時じゃダメなのか?」
真が尋ねる。大勢の人の前で『フォーチュンキャット』の名前を出されて、しかも話があると言われたことには少し配慮が足りないのではないかという不満が残っているが、それを口にすることは我慢してた。
「明日の会議に『フォーチュンキャット』は参加しない予定だ。個別に話したいことがある。ここではできない話だ。場所を変えよう。近くにホテルがある。そこで話がしたい」
総志は周りの様子を気にしながら話す。どうやら周りの人には聞かれたくないような話のようだ。
「それは、構わないけど……」
ここではできない話とは何なのだろうか。しかも明日の会議には真が参加しなくていいということだ。その代わりに個別の話があるのだろうが真は検討が付かず、首を傾げる。美月たちも真と同様の表情をしてる。おそらくミッションに関わることであるとは想像できるが、それ以上のことは分からない。
「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」
時也にしては愛想の良い返しをしている。それは『ライオンハート』にとって大事な話をするからだろう。
「では、さっそくで悪いが、移動しよう。ここに居ても話はできないからな」
「ああ、分かった」
総志の言葉に真が素直に従う。
(本当に必要なことしか言わないわよね……)
そんな二人の会話を美月が内心嘆息しながら聞いていた。もっと他に挨拶のようなものとか、今日の決起集会の演説がどうとか言うことがあると思うのだが、そういう会話は一切ない。非常に淡白な会話だけして、目的地に向けて足を運ぶ。
まあ、それでも、流暢に話をしている真と総志と時也の姿は想像できなので、今の方がしっくりくると言えばしっくりくるのだが。
「私達も行きましょうか。このままだと置いて行かれそうですし」
おそらく、美月と同じことを思ったであろう彩音が言う。既に歩き出している真や総志、時也はこのままでは本当に美月たちを置いていきそうな気がした。
「そうしましょうか……」
美月がそう返事をすると、足の速い総志と時也に追いつくために、少し小走りで後を追いかけていった。
2
総志を先頭にして真達が辿り着いたのは、王城前広場にほど近い一軒の豪華なホテル。王室から特別な許可を得て王城前広場に隣接するように建てられており、客室の窓からは王城前広場の全体が見渡せるであろう作りになっている。
アーチ形に作られた鉄柵門には細かい技巧を凝らした意匠が施されており、これだけでも非常に高価なものであることが伺える。
門をくぐると、真っ直ぐ伸びた石畳の道がホテルの入口まで伸びている。その道の両脇には奇麗なバラの花壇とその奥に見える木々。しっかりと庭師による手入れが行き届いており、一切の雑然さを感じせない。
ホテルの入口は重厚な木製の両開きの扉。常にドアマンが待機しており、総志が来るとすぐにドアを開け、深々とお辞儀をする。
「うわぁ、凄い……」
「ほんとだ……」
美月と翼が思わず声を上げた。彩音と華凛は感動して声も出ない。彼女たちの目に入ってきたのはホテルのロビー。ベージュの大理石に複雑な模様の入った赤い絨毯が敷かれている。高い天井には豪華なシャンデリアがキラキラと光り輝き、その美しさで来た者を圧巻する。
「お帰りなさいませ紫藤様。そちらの方々はお聞きしていたお客様でございましょうか?」
総志がホテルの中に入るとすぐに白髪の紳士が出迎えてくれた。ピシッと着こなしたタキシード姿が似合う執事だ。
「ああ、そうだ」
「左様でございますか。それでは、お疲れのところ恐縮ですが、さっそくお部屋の方へと案内させていただきます」
「そうしてくれ」
総志は短く相槌を打つと、白髪の執事の後に付いていく。それに時也も同行する。
「えっ!? ホテルって執事がいるの?」
華凛が思わず声を出していた。その立ち居振る舞いから、ただのホテルの従業員というわけではなさそうだ。間違いなく一流のプロだ。
「いや、私に聞かれても、そんなホテルに泊まったことないよ……」
美月が困惑した表情で返す。
「でも、実際に執事が付くホテルってあるみたいですよ」
彩音が昔テレビで見たことを思い出しながら言う。あの時、テレビを見ていて、いつか自分も執事のいるホテルに泊まってみたいと夢を描いていた。
「じゃあ、あの人って、紫藤さん専属の執事ってこと!?」
翼が驚いたような声を上げた。総志が帰ってきてすぐに対応しており、名前も知っていて、自分たちが客であることも聞いている。ということは、総志専属でついているとしか考えられない。
「おい、何やってんだよ、早く行くぞ!」
立ち止まって何やら話をしている女子連中に、真が振り返って、文句を言いたそうな声をかけてきた。総志と時也は執事に連れられて既に移動しているところだ。ただでさえ、歩行速度の速い二人なのに、雑談していては完全に置いて行かれてしまう。
「あ、ごめん、すぐに行くから!」
既に距離を離されている、総志と時也を見失わないように美月たちは再び小走りで後を追いかけて行った。
3
「こちらでございます」
白髪の執事に案内されたのは客室ではなく、会議室だった。木扉は艶やかに磨かれており、細かいバラの彫刻が施されている。
この扉だけでも一体いくらするのだろうか。そんな疑問を思い浮かべながら、真が促されるままに部屋の中へと足を踏み入れる。
会議室に入ってまず出迎えてくれるのは中心にある大きなテーブル。木目が途切れることなく続いていることから、この大きなテーブルは一枚の板だけで作っているのだろう。かなり樹齢の長い大木を使わないとこうはいかない。
そして、その大きなテーブルの両端に20名ほどの人達が座っていた。齢や性別はバラバラだが、20歳代~30歳代が多いように思われる。中には明らかに10代と思わしき少女や、50歳近い人もいるようだ。また、着ている装備は決起集会で見た『ライオンハート』のメンバーの物とはまた違う装備。見た目だけで判断するなら、今ここにいる人たちの方が格上の装備をしているように思われる。
「あッ総志様! おかえりなさい」
いの一番に声を上げたのはテーブルから入口に一番近い側に座っていた少女だ。外見から判断すると美月や翼より少し下くらいか。栗色の長い髪の毛をツーサイドアップにしている。真はその少女を見て、どこぞのお嬢様がいらしているのかと思っていた。
「七瀬、席に着け」
小走りによってきたツーサイドアップの少女を足蹴にするように総志は言い放つ。
「はい……」
しょんぼりとした表情を見せながらも、七瀬と呼ばれた少女は素直に総志の言うことに従って自分の席へと戻って行く。
「俺たちはどこに座ればいいんだ?」
トボトボと席に戻って行く少女の背中を見送りながら真が質問をする。一番奥の席が空いているようだが、あそこは総志と時也の席だろう。
「蒼井、お前は俺の横に座れ」
「えッ!? 総志様の横!?」
即座に反応したのは、七瀬だった。振り向いて真を睨み付けている。その目には憎悪、殺意、嫉妬といった負の感情がまざまざと浮かび上がっていた。
「七瀬、大人しくしていろ」
「……はい」
総志に一喝されて、七瀬はすぐに大人しく席に座った。だが、それでも真を睨み付ける目に宿った感情は悪意以外にはあり得ない。
「君たちは蒼井君の横に並んで座ってくれ」
時也が美月たち女子に指示を出す。真の横に座るということは、上座に並んでテーブルの奥に座るということだ。
「えっ……いいんですか? 大事な話をするんですよね?」
美月はここにいるメンバーに見覚えがあった。『テンペスト』が支配していた要塞に総志と一緒に来た『ライオンハート』の精鋭達だ。先ほど総志に怒られた少女や年齢の近そうな人もいるが、ほとんどが自分より倍ほど上の人達。その人達を押しのけて上座に座るのは流石に気が引ける。
「ああ、そうだ。大事な話をする。話の内容は君達にも非常に重要な話だ。そして、君達はゲストとして招かせてもらった。座る席に気負わなくてもいい」
時也がそういうと付いて来いと言うようにテーブルの奥へと進んで行き、仕方なく美月も後についていく。
気負わなくていいと言われても、周りの雰囲気に気圧され気味の美月と彩音がおずおずと着席するなか、翼と華凛は何事もないように平然と座っている。真はというと、案の定居心地の悪そうな顔をしていた。