返事
日が沈み切る前、真達は王都中心地の裏通りにある一軒のカフェ『トランクイル』の前に来ていた。この店は夜になるとバーとして違う一面を見せる。
飾り気の少ないレンガでできた外観。木の扉は古いがそれはそれで味が出ていて、店の名前の通り、穏やかな店構えをしている。
この店に、紫藤総志が来ているという情報を得ている。最強最大と言われるギルドのマスターが一息つくためにはこれくらい静かな店でないといけないのだろう。真はそんなことを思いながら店の中へと入っていた。
店の中はダークブラウンの床にカウンターテーブル。奥には背の高い丸テーブルが置かれている。光源は南から入ってくる沈みかけた夕日と数個のランプ。どれもシンプルな意匠が施された、品の良い物ばかりだ。
大人の店という雰囲気に真達は場違いな感じを受けながらも店の奥へと進んでいく。
「あの……すみません。紫藤さん……少しだけお話させてもらってもいいですか?」
真の横にいる美月が紫藤に声をかけた。紫藤は『トランクイル』の一番奥の席でコーヒーを飲んでいた。紫藤と一緒にいるのは『ライオンハート』のサブマスターである葉霧時也。この二人だけだ。
「ああ、構わない」
相変わらず愛想のない総志が応える。こういう愛想のないところが美月や翼、彩音にとって苦手なところなのだが、当の本人が気にしている様子は微塵も感じられない。
「あ、ありがとうございます。それで、ですね……話なんですけど……」
「なんだ?」
総志への苦手意識からすんなりと言葉が出てこない美月に対して、低い声で促してくる。この低い声色はどうしても機嫌が悪いように聞こえてしまう。そこが総志に対する苦手なところの一つだった。
「ミッションのことなんです……」
「そうだろうな」
先日、『オウルハウス』でミッションに協力することを要請しているので、今日、会いに来たのはその話をするためだろう。それは総志にとって容易に分かることだ。
(なんで、こう威圧的な言い方しかできないかな……)
どうも尋問されているのではないかという錯覚すら覚えることに美月は心の中で独り愚痴を漏らす。
「俺たちはミッションに参加することにした」
真が『フォーチュンキャット』としての答えを言う。ギルドのマスターとして、こういう大事な返事はマスターがしないといけないところだ。
真としては総志に対してそれほど苦手意識は持っていない。それは『テンペスト』の要塞での一件が大きいのだろう。『テンペスト』のメンバーを殺そうとした真と殺した総志。やろうとしていたことはお互いに同じで、真は美月に止められたが、総志は誰も止める者がいなかった。ただそれけの違い。
あの時に漠然と対等であると真が感じたことが、総志に対する苦手意識が他のメンバーと違う要因だった。
「そうか。それなら、10日後に開くミッションの決起集会に来い。場所は王城前広場。時間は正午だ」
「分かった」
必要なことだけを言う総志に真が頷いて答える。話はそれで終了。『お互いに頑張ろう』などという励まし合いは一切ない。
「…………あ、それでは、失礼します……」
どうやら話が終わったような空気になったので、美月は頭を下げた。翼や彩音もこれで終わりなのか、というような顔をしている。あまりにも無味乾燥な会話しかしていなかったような気がするが、それでもミッションに対する返答はしたのでよしとする。
踵を返して、店を出るために歩き出そうとした時だった。
「ちょっと待ってくれるか」
先ほどから黙って話を聞いていただけの時也が声をかけてきた。眼鏡の位置を修正しながら真達の方を見ている。
「あの……なんでしょうか?」
美月が立ち止まって返事をする。総志ほどではないが、時也も美月にとっては苦手な部類だ。常に上からものを言われる。実力も頭脳もずば抜けているのだろうが、やはり好きにはなれない。
「君たちはエル・アーシアでのミッションを遂行してきたんだったな? 今回のように協力してミッションにあたったギルドはあるか?」
「えっと……エル・アーシアのミッションをやった時は今、『フレンドシップ』の一員になってる、小林さんと園部さん……それと木村さんっていう方と一緒にやりました。その時は誰もギルドは組んでなくて……。協力したギルドっていうのはないです」
時也の質問の意図が分からず、美月がありのままを答える。
「8人でミッションをやったということか?」
眉間に皺を寄せながら時也がさらに質問を重ねてくる。
「私はその時、別のギルドに入ってたから知らない」
華凛が『フォーチュンキャット』に加入したのは、エル・アーシアのミッションが終わった後のことだ。
「7人か……」
華凛の言葉を聞いてさらに時也の眉間に皺がよる。こめかみを手で押さえながら何か考えている様子だった。
「話を変えよう……。ドレッドノート アルアインを倒したのも君たちだったな。その時に一緒に挑んだギルドはどこだ?」
少し考えてから、時也が別の質問をしてきた。先ほどの話はまだ納得していないような顔ではあるが、そのことは一旦置いていた。
「あれは、真君が一人で倒したのよ」
華凛が言った想定外の答えに時也だけでなく、総志も真の方を凝視している。総志にしては珍しく驚いた顔をしていた。
「いや、華凛……それは、ちょっと……」
あっさりと暴露した華凛に対して美月が戦々恐々とした顔をしている。『ライオンハート』というギルドは信用に値するギルドではあるだろう。だが、ドレッドノート アルアインを真一人で倒したという事実を出していいものかどうか疑問だ。そもそも、そんな話信じてもらえるのだろうか。
「ん? 何? どうかしたの?」
何が不味かったのかを理解していない華凛が不思議そうな顔で美月を見る。彩音もあたふたしている姿が華凛の視界に入った。
「待て……。情報を整理したい……。僕達がいたゴ・ダ砂漠では、タイラント ジャヌークという巨大な三つ首蛇が現れたんだ。普段は地中に潜っていて、突然現れる神出鬼没な怪物だった。あの巨体でどうやって地中を移動してたのかは分からないが、兎に角、どこから出てくるか分からない上に、非常に凶悪で強大なモンスターだったから、犠牲者の数も多かった……」
時也も自分を落ち着かせるために自分たちの情報からまず話をしだした。かなり早口になっているので、多少混乱しているところがあるのだろう。こんな時也は『ライオンハート』のメンバーでも滅多に見られるものではない。
「タイラント ジャヌークを討伐しに行った時も『ライオンハート』が先頭には立っていたが、複数のギルドと協力して討伐にあたった。『フレンドシップ』にも協力してもらったんだ」
総志が腕を組みながら続きを話す。タイラント ジャヌークを討伐に行った時も決して少なくない犠牲者が出たのを覚えている。それでも、勝つことができたし、自分はこうして生き残ることもできた。
「は、はい……。あの、言いたいことは……大体分かります……」
彩音が恐る恐る声を出す。総志と時也の方を見ることはできない。
「タイラント ジャヌークの討伐にあたったのは約200人だ。それも手練ればかりを集めて討伐にあたった。無駄な犠牲を出さないためにもな。それでも50人以上の犠牲者が出た!」
タイラント ジャヌークとの壮絶な戦いを思い出しながら時也は話をした。本当はもっと人数を集めたかったが、悪戯に犠牲者を増やさないという総志の意向を尊重してこの人数になった。討伐に参加した人の半数は『ライオンハート』のメンバーだった。だが、『ライオンハート』から出た犠牲者の数が十数人だったのは、やはり練度の違いからくるもの。
「そんなこと言ったって、真君が一人で倒せるって言うから」
「あのッ! 私達はふざけてるわけではないんです……。華凛も悪気があって言ってるんじゃなくて、その……」
美月が慌てて火に油を注いだ華凛のフォローに入る。だが、どう言っていいのか分からない。大勢の犠牲を出して討伐した怪物と同等の怪物を真が一人で倒したという話は、ふざけていると取られてもおかしくはない。だが、事実である以上どうすることもできない。
「いや、僕はふざけているかどうかと言ったつもりはないんだが……。ただ、あまりにも信じられない話だったから……。そもそも、ミッションを7人だけで成功したというのも無茶苦茶な話なんだ……」
少しだけ落ち着きを取り戻した時也が眼鏡の位置を修正する。それでも、まだ半信半疑という気持ちは抜けてない。
「僕も少し冷静さに欠けたところがあったようだな……。本当に聞きたいことは、他にあるんだ」
「他にある……?」
時也の話の意図が今一つ読めないでいる真が聞き返す。真達がどうやってミッションやドレッドノート アルアインの討伐を遂行してきたのかを聞きたいのではないのか。
「ああ、そうだ。僕が聞きたかったのは、エル・アーシアでミッションを遂行できるほどのギルドが他にあるのかどうか。今回のミッションのこともそうだが、これで最後というわけではないだろう。それに、さっき僕が話していたタイラント ジャヌークのようなモンスターが再び現れる可能性もある。だから、力のあるギルドにはできるだけ協力を要請していきたい」
「それで、私達と一緒にミッションをやったギルドがあるのかどうかを確認したかったわけですね」
合点がいった彩音が声を上げた。『ライオンハート』はゴ・ダ砂漠から来たギルド。エル・アーシアやコル・シアンのギルドの情報を収集したいのだろう。今後、協力体制を組めるギルドがあるかどうかを。
「ああ、エル・アーシアの出身者からの情報では、ミッションを成功させたギルドがどこなのか皆目見当もつかなかった。『テンペスト』の要塞で蒼井君を見るまではな。ただ、確信を持てなかったから昨日の夜に鎌をかけてみたら、あっさりと認めてくれたんだが……。それでも、君たち以外に強い力を持ったギルドがあるんじゃないかって考えたんだ」
「そういうことだ。お前らのことを疑っているわけではない。ただ、エル・アーシアの出身者に知られていない、強力なギルドがあるのであれば、今後、俺達とも協力体制を組みたかっただけだ、が……蒼井が一人でやったとはな……」
総志が小さく笑ったように見えた。あまりにも小さい笑みだったため、すぐに消えてしまったが、確かに総志は楽しそうに笑った。
そうして、今度こそ話は終わり、真達は『トランクイル』を後にしたのであった。