ゴブリン退治 Ⅲ
1
逃げていくゴブリンのリーダーは、山砦内にある粗悪な柵を壊しながら走っていた。そのため、どこに逃げていったのかが一目で分かった。
ゴツゴツとした岩肌の露出する山砦の中、真は逃げていく巨漢のリーダーゴブリンの後を追いながらも、襲い掛かってくる部下のゴブリンたちを切り伏せて行った。
それ程長い距離を走ったわけではなかった。そもそも山砦の規模がそれほど大きくない。何枚目かになる破られた木の柵を超えると広い場所に出た。山砦の中心にある、ゴブリンのリーダーがいた場所よりもさらに広い。だが、装飾はなく、岩山の中にあるただ開けた場所という感じだった。
「ここまでだな」
大型ゴブリンであるリーダーのダーティーハンド ゴルゴルドが広場で待ち構えていた。広場の奥には岩山の断崖が壁のようにせり立っており、その山肌の中には檻があった。岩山をくり抜いて、扉をつけただけの檻。雑な作りだが、大きさはある。その高さだけでも3m近くはありそうだ。
「ジョオオオオオーーーー!!!」
真が広場に入ってきたところで、ゴブリンのリーダーが雄叫びを上げた。その雄叫びを聞いた部下のゴブリンたちが、岩山に付けられた檻の扉を開ける。重そうな鉄の扉。数匹のゴブリンたちが必死になってその重い扉を開け、ギィギィと錆び付いた鉄が擦れあう嫌な音が響いた。
檻の中から出てきたのは熊よりも大きなワイルドボア。高さだけでも2m近くはある。鎖に繋がれてはいるが、突然暴れ出したワイルドボアは周囲にいるゴブリンを突き飛ばして、静まることなく荒れていた。これをゴブリンたちは止めることができないでいた。
興奮状態になっているワイルドボアは更に激しく暴れ出し、ついには繋がれた鎖もその力で引きちぎってしまった。こうなるともはや縛るものは何もない。暴走する野生の怒りは力の限り暴れて破壊する。
完全に我を忘れたワイルドボアは真を標的にして、勢いよく突進してきた。
<ソニックブレード>
地響きを鳴らしながら猪突猛進に突撃してきたワイルドボアを真が放つ真空のカマイタチが襲う。一直線にワイルドボア目がけて飛んで行った音速の刃は、ワイルドボアをいとも簡単に両断した。ワイルドボアはそれで力尽きる。
一撃で終わらせた真はゆっくりとゴブリンのリーダーに目をやった。
「ギィイヤアァァァーーーーーー!!!」
ワイルドボアを倒されて、ゴブリンのリーダーは大きな両手を振り上げながら地団駄を踏んだ。思惑通りに行かないことに、怒り心頭のような様子で、山砦の地面をガンガンッと踏み鳴らす。
その奇声と地団駄を踏む音に反応して、部下のゴブリンが6~7匹ほどゴブリンのリーダーの近くに集まってきた。それぞれの手には石でできた斧を持っている。
「そろそろ、終わりにしてもらおうか」
燃え盛る業火のように赤い大剣を手に真が歩き出した。真っ直ぐに標的を睨み付けて歩みを進める。視線は一切ずらさない。身に纏った白と黒を基調としたコートが歩く風になびいて軽く浮き上がる。
「ガアァァァァァーーー!!!」
ゴブリンのリーダーが巨大な石の棍棒を振り上げ、歩いてくる真に向かって走り出した。それに並ぶようにして部下のゴブリンたちが雄叫びを上げながら走ってくる。
それを見て真が歩みを止めた。右足を半歩後ろに下げ、半身になって背筋を伸ばし、剣を構える。大剣を握った拳は頭よりやや後ろ、剣先は少し斜め上に向けている。目線は外さず真っ直ぐ敵を見据える。
「グォオォォォォォォーーーーーー!!!」
ゴブリンの集団が勢いだけで突撃してくる。考えは何もなく、作戦もない。ただ、力に任せて突撃を仕掛けてくる。場合によってはそれは有効な手段なのかもしれない。場合によってはの話だが。
<イラプションブレイク>
真がスキルを発動させて跳躍した。素早く高いジャンプから、大地を叩きつけるようにして大剣を振り下す。大剣を突きつけられた地面は四方八方にひび割れ、その隙間から真っ赤に燃え上がった灼熱の業火が噴き出した。
ベルセルクのスキル、イラプションブレイクは火炎属性の範囲攻撃。ブレードストームほど広範囲に広がるわけではないが、その分威力が大きい。
「グギィヤァァァァァーーーー!!!!」
大地から噴出した紅蓮の炎は怒りを爆発させたかのようにゴブリン達を襲い、一瞬の内にその猛火で焼き尽くし、消し炭にした。
巨体のゴブリン、リーダーであるダーティーハンド ゴルゴルドもその例外ではない。真が放つ焦熱の炎に焼き尽くされ、抵抗することもできずに地面に横たわる。
「ふぅ……終わったか」
倒れたゴブリンのリーダーの体が白く光る靄が出ている。モンスターを倒してアイテムがドロップした証拠だ。間違いなくダーティーハンド ゴルゴルドは倒れた。
真が静かに靄に手をかざす。
『ゴブリンリーダーネックレス』
この砦のボスを倒して手に入れたのはアクセサリー。ゴブリンが付けている動物の骨でできたネックレスだ。装備の等級はレアグレード。これも真には必要のない装備ではあるが、金を稼ぐ手段が限られている現状では、これを売って金に換えることができるので、成果としてはまずまずといったところか。
【メッセージが届きました。】
山砦のボスを倒してアイテムを拾った直後、真の頭の中に何度か聞いた声が流れた。目の前にはレターのアイコンのようなものが浮いている。真は宙に浮いているレターに軽く手を伸ばした。
【山砦に巣くうゴブリン達のリーダー、ダーティーハンド ゴルゴルドが討伐されました。これにより、封鎖されていたキスクの街への道が全ての人に開放されます。】
受け取ったメッセージの内容はミッションの終了を知らせるものだった。『キスクの街への道が‟全て”の人に開放』と書かれているということは、誰かがダーティーハンド ゴルゴルドを倒せば全員が与えられたミッションをクリアしたのと同じになるということだろう。
(ゲームなら一人一人がミッションをクリアしないといけないんだけどな。このあたりは妙に親切だな。)
だが、それはありがたかった。真がミッションを達成したことで、他の人も道を通ることができるようになったため、美月も命を危険に晒す必要がなくなった。
(よし、それなら、俺がキスクの街って所に一番乗りさせてもらうかな)
周辺にはすっかりゴブリンの姿は消えていた。数分前までゴブリンが屯していた山砦が、今は雑で汚い木の板が残っているだけの山砦になっていた。
真はここで装備の外見変更をオンにした。少し名残惜しい気もするが、ベルセルクの最強装備である『インフィニティ ディルフォール』装備一式は目立ちすぎるため、初期装備の外見に変更した。
2
山砦の奥を抜けるとそこには草原の間に伸びる街道があった。マール村の周辺の平原よりも背の高い草が街道の脇を生い茂り、所々に大きな木もあった。道は一本だけ、道の先にはまだ長そうであり、今の場所からだとまだキスクの街と思わしき施設は見えない。
真はまたしばらく歩かないといけないということに辟易としながらも、気を取り直して、歩き始めることにした。その時だった、突然、真の後ろから大きな影が覆いかぶさるようにして現れた。
「なあ、あんたがゴブリンどもを倒してくれたのか?」
突然、低くのんびりとした声が真の後ろから聞こえてきた。
「うわっ!?」
いきなり後ろから声をかけられて驚いた真が振り返ると、真は更に驚かされることになった。そこにいたのは大木。樹齢数百年になろうかというほどの太い木の幹には老人のような穏やかな顔が浮かんでいる。歩く大樹、トレントだ。
「ごめんよ、驚かせたみたいだね」
「あ、いや、いいんだ。大丈夫だ」
真はトレントの声に敵意がないように思われたため、驚きはしたが警戒は解いて返事をした。
「ゴブリンどもを退治してくれたのはあんたかい?」
ゆっくりとした声がもう一度質問をしてきた。
「ああ、そうだけど」
「そうか、ありがとう。あのゴブリンどもには、みんな嫌なことをされてたんだ。あんたが倒してくれたおかげで、また安心して暮らすことができるよ。」
「ああ、いいよ。俺も自分の目的があってやったことだしな」
(ゴブリンの山砦が実装されたのはつい先日のことだ……なのに、このトレントは前から被害を受けているような言い方をしてるな……。バージョンアップでNPCの記憶も書き換わるってことか?)
真は疑問に思ったが、おそらく考えは当たっているのだろう。実装されたばかりの山砦の被害を村長が把握していたのも、早すぎる。バージョンアップでNPCの記憶や出来事も書き換えられたと考えるのが自然だろう。
「それでも感謝してるよ」
「気持ちは受け取っておくよ……あ、そうだ。キスクの街って知ってるか?」
「それなら、この道をまっすぐ行けばいいよ」
「どれくらいかかる?」
「俺だと二日あれば行けるな」
「そんなにかかるのかっ!?」
「俺の足は根っこだからな。歩くようにはできていない。人間の足ならもっと速くつくだろ」
「なるほどな、そういうことか。ありがとう助かった」
「いいんだ、こっちの方が助かったからな」
真はトレントと別れを告げ、再び街道を歩き出した。トレントの足の速さは知らないが、真が歩いて二日かかるということはないだろう。それでも何時間かかかることは覚悟をしておかないといけない。
新しい街に向けて、解放されたばかりのエリアを真は進みだした。