フレンドシップ
1
信也の訃報を聞いた『フレンドシップ』のメンバーがシース村にやって来たのは真達や総志達に遅れること一週間だった。
誰もが信じられないという表情をしている。しかも信也の遺体は既に消滅しているため、最後を別れを言うこともできない。
ただ、できることは、信也が消滅した場所。シース村と現実世界の境界にある丘の一本の木。そこに行って冥福を祈ることしかできない。
シース村全体が悲しみに包まれていた。真辺信也という人間は単に物資を支援しているだけではない。こんな世界になってしまっても強く生きてけるようにと、心の支えにもなっていた。それは村に留まっている人達だけでなく、『フレンドシップ』のメンバーも同様に、信也がいるから活動を続けることができたのだ。それが自分にとっても支えになっていたから。
『フォーチュンキャット』のメンバーも例外ではない。付き合いこそ短いものの、真にとってもいつの間に信也が心のどこかで支えになっていた。大雑把で豪快。そして優しくて愉快。初対面の時こそ苦手意識を持っていたが、そんなものは気が付いた時にはなくなっていたのだ。
だから、誰もが信也の死を悼み悲しんだのだ。だが、いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。それは他ならない信也が望んでいないからだ。
そして、王都へと帰る前日の夜。村の広場に火を焚き、『フレンドシップ』のメンバーと『フォーチュンキャット』のメンバーが集まった。
「皆聞いてほしい……。私達のマスター、真辺信也は天国へと旅立った……。遺憾だが、『テンペスト』の桐山龍斗の手によって……命を失った……」
千尋が焚き火の前に立って話を始める。集まった皆は真剣な表情で千尋の話に耳を傾けている。
「信也は最後まで『テンペスト』に屈しなかった! 最後まで抗い続けた! その結果が自らの死であったとしても……信也は……信……也は……」
千尋は歯を食いしばって流れようとする涙を必死で堪える。誰もが千尋の言葉の続きを待った。ここで止めるような弱い女でないことを皆が知っている。
「信也は……諦めなかった! 『フレンドシップ』を……。私達の『フレンドシップ』を諦めなかった!」
焚き火の炎が千尋の目に映る。まるで心の炎が燃えているかのように、その瞳には赤い炎が強く映っている。
「だから私も諦めない! 私達は諦めない! 『フレンドシップ』はこれまで通りの活動を行う!」
千尋は一度諦めようとした。信也が王都を離れて、『テンペスト』と話をしに行った時に、もうシース村に支援物資を送ることはできなくなるのだと諦めかけたことがあった。断腸の思いで出した結論だったが、間違いだった。信也は諦めなかったのだから。
「信也はもういない……。だが、『テンペスト』の上層もいない! 私達の活動を邪魔する者はいなくなった! 信也が命を懸けて守ってくれた! 『フレンドシップ』を守ってくれたんだ! だからこそ、私はここに誓う! 私が『フレンドシップ』の新しいマスターとなって活動を続ける! 信也の意志を引き継いで、私が『フレンドシップ』を導く! 『フレンドシップ』は終わらない! 皆、私の力になってくれ! 私を支えてくれ! 私とともに『フレンドシップ』として活動してくれ!」
千尋の声は高らかに響いた。美しく、気高く、そして何よりも力強く。雲の無い夜空の下で透き通った千尋の声が響き渡る。この声なら信也にも届いたはずだ。ここにいる誰もがそう思えるほどに、千尋の声は心に響いた。
そして、歓声の声が上がる。
「千尋さん! 私、ずっとあなたについて行きますから!」
「僕も千尋姐さんの元だったらどこにだって行きます!」
「これから一緒に新しい『フレンドシップ』を作りましょう!」
『フレンドシップ』のメンバーは千尋に掛けよって声を上げていく。誰もが新しいマスターを歓迎していた。信也の代わりになれる人間はいない。だが、信也から『フレンドシップ』を引き継ぐことができる人間はいる。それが千尋だ。他に選択肢はない。満場一致で千尋をマスターと認めていた。
「ああ、皆、よろしく頼む! 信也は湿っぽいことは嫌いだったからな、これからも今まで通りの『フレンドシップ』をやっていくぞ!」
「「「おおおおーーーーーー!!!」」」
歓喜の雄叫びが上がる。信也の死を悲しむばかりではいられない。外ならぬ信也がそれを嫌がるから。だから、希望を胸に声を高らかに上げる。それが信也の『フレンドシップ』だ。
「それとだな、皆聞いてくれ。もう一つ重要なことがある」
歓喜の渦巻く中を一旦治めるように千尋が制する。皆素直にその指示に従っている。
「私が新しいマスターになるのと同時に、新しいサブマスターも決めたい」
千尋は静かに言う。次のサブマスターを誰にするのか。ギルドを運営していく中でサブマスターはマスターを支える重要なポストだ。
「おおー! 確かにそうだね! 新しいサブマスターも必要になるよね!」
「でも、千尋さんなら一人でも問題ないんじゃないの? 信也さんは千尋さんがいてくれないとあれだったけど」
「確かに、千尋さんの後継者って結構ハードル高いよな」
それぞれに意見を言っている。言っていることは確かにその通りであり、間違ったことを言っている者はいない。だが、その言葉は千尋にとって想定の範囲内だ。
「ふふ、それくらい分かっているさ。サブマスターは私が指名する。文句はあるまいな?」
「ええ、まぁ。千尋さんが指名するなら俺たちは文句ありませんけども……」
千尋の言葉に『フレンドシップ』の男が応えるが、一体誰を指名するというのか。全く見当がつかない。千尋の代わりになれる人などいるのだろうかと皆が顔を見合わせていた。
「では、発表するぞ。私の次のサブマスターだ……」
「えっ!? ちょっと待って! もう決まってるの?」
もうサブマスターを発表すると言う言葉に『フレンドシップ』の女が驚きの声を上げた。後日改めて発表するものと思っていたが、あまりも急な話だ。
「ああ、もう決まっている。私がマスターになると決めた時に、サブマスターも決めた。迷いはなかった。即決だ」
皆が固唾をのんで見守る。千尋の言葉を待つ。千尋はここで溜めるような無粋なことはしない。信也ならやっていただろうが、千尋は違う。すぐに答えを出した。
「小林さん。次のサブマスター、頼まれてくれるか?」
千尋が指名したのは小林健だった。『フレンドシップ』の中では園部と並んで新参者。その小林を千尋が指名したことには一同驚きを隠せなかった。これにはこの場に参加させてもらった真達も驚いていた。
「はい! マスター御影千尋の指名を受けまして、この小林健、微力ながらサブマスターとして尽力させていただきますので、これからもよろしくお願いします!」
千尋に指名された小林が前に出て、千尋に深々と頭を下げた。皆は知らないことだが、千尋と小林は既に話が付いている。千尋が小林にサブマスターの打診をした時には二つ返事で了承を得られていた。
「ああ、こちらこそよろしく頼む。ということだ。皆、これからは私と小林さんが『フレンドシップ』のマスターとサブマスターだ。信也に負けないように、信也に笑われないように、信也が喜ぶように『フレンドシップ』を盛り上げていくから、一緒に付いて来てくれ!」
「「「おおおおおおーーーーー!!!」」」
再び歓声の雄叫びが上がる。よくよく考えてみれば妥当な選択だった。『フォーチュンキャット』と『フレンドシップ』の橋渡しをしたのも小林だったし、千尋と仙田が喧嘩をした時に見事の仲裁したのも小林だ。さらには『ライオンハート』を動かして『テンペスト』の要塞まで行ってもらったのも小林の働きによるものだった。この短期間でもこれだけの実績を上げていれば、新参者と揶揄するメンバーもいない。心からマスターの腹心として認められる人材だ。
その後は信也の弔いと新しいマスターとサブマスターの誕生に酒が振舞われた。湿っぽいことが嫌いな信也のことだ、騒いだ方が信也にとって弔いになる。だから、騒ぐ。思い出話を肴に酒を飲み大いに笑う。
2
「俺たちは戻ろうか」
「そうだね。ここは『フレンドシップ』の場所だからね」
真の提案に美月が同意する。ここは黙って姿を消すのがいいだろう。『フレンドシップ』のメンバーは気にしないだろうが、やはりここは部外者が入る場面ではない。
「ちょっと残念な気もするけどね。皆と騒ぎたいし、信也さんも入れって言うと思うんだけどね……。でも、仕方ないか」
「そうだよ、翼ちゃん。私達は私達で信也さんを弔ってあげましょう」
翼は少しこの場所に居たい気持ちがあったが、ここは空気を読んで退散するのがいいだろう。彩音も翼の意見に同意している。
「ま、私はこいうの苦手だからね。彩音の言う通り、私達のやり方で信也さんの冥福を祈りましょう」
華凛が素っ気なく言う。だが、華凛も信也のことは嫌いではなかった。最初は真と同様に信也が苦手だった。ずけずけと人の領域に勝手に入ってきては、勝手に輪の中に入れてしまう。人間不信の華凛だったが、不思議と悪い気はしなかったのを覚えている。
「蒼井真、待ってくれ!」
立ち去ろうとしたところに千尋が駆け寄って声をかけてきた。千尋の背後では酒を飲んで騒いでいる『フレンドシップ』のメンバーの笑顔が見える。
「千尋さん、いいんですか? 抜け出してきて」
美月が千尋に言う。千尋はこれから『フレンドシップ』を率いるマスターだ。部外者のために抜け出してきていいとは思えない。
「ああ、大丈夫だ。少しの間だけ、小林さんに任せてきた」
「それでも、すぐに戻らないと……」
「それはそうなんだが……。『フォーチュンキャット』の皆に話があるんだ」
真剣な面持ちで千尋が言う。真達はそれぞに顔を見合わせた。千尋から話があるというのは何なのだろうか。今すぐに話をしないといけないことのなだから、ここにいるのだろう。だったら聞かないわけにはいかない。
「分かった、話を聞くよ」
「ありがとう、蒼井真。では、時間がないから、さっそく本題を話させてもらう。端的に言う。お前たち、『フレンドシップ』に入らないか?」
千尋が率直に訊いてきた。回りくどいことはしない。真っ直ぐな勧誘。実に千尋らしい勧誘だ。
「俺は……」
「あの、申し出は嬉しんですが、私はやっぱりこの世界を何とかしたい……。どうすればいいか分からないけど、でも、離れ離れになった家族とか友達とか、大切な人を探したいから……。すみません」
真がどう言おうか迷っている間に美月は自分の意見を述べた。この世界を何とか元に戻したい。そのために力が必要だと感じた。だから、真に付いてきた。その気持ちは今でも変わらない。
「私は、『フレンドシップ』の活動には興味あるんですけどね。でも、真と美月にギルドを組んでくれって頼んだのは私なんですよね……。自分の力の無さを思い知らされたから……。だから、私も『フレンドシップ』には入れません。ごめんなさい」
続いて翼が返答した。美月と同様、真に付いていくと決めた時の気持ちは今でも変わってはいない。強くなって皆を守れるようになりたいと願っている。
「私も翼ちゃんと同じ意見です。『フレンドシップ』の皆さんは尊敬できる人ばかりですけど、私達は私達の目的があって行動してますから。何か機会があればお手伝いさせていただきます。でも、すみません、やっぱり申し出は受けることができません」
彩音が頭を下げる。千尋に付いて行くことには魅力を感じるが、今は真に付いていくことが大切だと感じている。自分に何ができるのかは分からないが、それでも真についていけば何かできるのではないかと漠然とした思いは捨てられなかった。
「私は真君が行くところに付いてだけよ」
華凛は分かりやすかった。真に付いて行く。ただそれだけ……というわけでもない。実のところを言うと、真だけでなく、美月や翼、彩音とも離れたくはない。皆がいるところに華凛もいたい。それが本音だった。
「俺は……『フォーチュンキャット』を守るよ。俺が守れるのはこの手の中だけだ……。俺は美月や翼、彩音や華凛がやりたいことを守る。それに……信也さんが死んだのは俺を庇ってのことだから……申し出は嬉しいけど、受けることはできない……」
最後に真が答えを出した。皆の意見は一致していた。『フレンドシップ』に出会うのがもっと早ければ違う道を進んでいたかもしれない。だが、『フォーチュンキャット』はこうしてある。信也と千尋が『フレンドシップ』を作ったのと同じように『フォーチュンキャット』もあるのだ。
「そうか、そう言うとは思っていたが、ここまではっきりと言われるとはな……。分かった。『フォーチュンキャット』は今まで通りに行動してくれ。それと、蒼井真。信也が殺されたのはお前のせいではない。信也は絶対に仲間を売る様な真似をしない。信也の心が『テンペスト』に負けなかったということだ。だから、これからも『フレンドシップ』の同盟でいてくれるな?」
「……ああ、こちらこそ、同盟ギルドとしてよろしく頼むよ」
真がそう言うと、美月や翼、彩音も千尋に笑顔で応えた。華凛は少し恥ずかしそうにしているが、小さな声で『よろしく』と言ったのを千尋は聞き逃さなかった。