テンペスト Ⅴ
夕方に『テンペスト』の下っ端達が千尋を呼び出しに来てから、次の日の朝にはハーティア地域の要塞へと向かうことになった。
『テンペスト』の下っ端連中にしてみれば龍斗を待たせることは怖いため、早く行かないといけないという焦りがあった。真達にしてみても信也が人質に取られているという不安から気持ちが急いていた。
馬車に乗り込んで王都を出発し、行けるところまで馬車で向かう。馬車の中では『テンペスト』の下っ端どもが下種な笑いを浮かべて真や美月、千尋の方を見ていた。何を考えているのか容易に想像ができるいやらしい笑みに千尋が睨み返すと、視線を外し、しばらくするとまた見てくる。
時折聞こえてくるのは、『龍斗さんが羨ましい』であるとか、『回してもらえるかな?』など。『テンペスト』の下っ端連中は、こちらに聞こえてようが聞こえていまいが関係なくそんな会話をしている。
そのため、馬車の中は非常に居心地が悪かった。特に美月は真の手をずっと握ったまま黙り込んでいる。真はその手をぎゅっと握り返してなんとか美月を落ち着かせていた。
『テンペスト』の下っ端は言葉では下品なことを言いながらも直接手を出すことはしてこない。それは決して紳士的なものではなく、龍斗が手を付ける前に手を出したとなればどんなことになるか分からないから。
皮肉にも龍斗に対する恐怖が美月や千尋を守っていた。
ほとんど会話のない馬車の旅は対人戦エリアの境目にある関所で終わる。その後は徒歩になるが、馬車と違い、少し離れて歩くことができるため、幾分気持ちはマシになる。だからと言って会話が弾むこともなく、ただ只管目的地に向かって足を進めるだけだった。
王都を出発してから数日。ようやく辿り着いた場所はハーティア地域にある『テンペスト』が所有する要塞の前。
灰色の壁が周りを囲む大きな建物。正面の門は黒鉄の大きな門。人を拒絶しているかのように聳えたつ要塞を見た時、真は刑務所を想像した。
「開け」
『テンペスト』の下っ端の一人が要塞の鉄城門に手を翳して唱える。すると、数秒遅れてズズズと地面を引きずる低い音とともに門がゆっくりと開きだした。
これから会いに行くのは信也だけではない。無法者のボスと会わないといけない。何ができるか分からないが、真は刑務所に入る囚人はこういう気持ちなのかと、不安と緊張でいっぱいだった。
「付いて来い」
その言葉には誰も頷くこともなかったが、素直に従って要塞の中へと入っていく。要塞の中は広い。調度品などの飾りがないのと、一階部分のロビーに人がいないせいで余計に広く感じる。
無機質な灰色の石材が奇麗に並べられただけの床を複数人の足音だけが響く。きっちりと測って作られているのだろうが、機械的過ぎて無味乾燥な要塞の内部は居心地がいいとは決して言えない。
そうして、連れてこられた場所は要塞の三階部分にある大きな会議室だ。木製の扉も、木の暖かさより、木目の不気味さの方が際立っているように思えてくる。
コンコンコン
先頭を歩いていた『テンペスト』の男がノックする。中から返事が返ってくるようなこともなく、間を空けてからノックした男が扉を開けた。
「失礼しまッス!」
扉を開け、深々と頭を下げる。そのことで前方の視界が開けた真に見えたのは30~40人程はいるであろう柄の悪い顔ぶれ。
「入れ!」
奥から機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。怒鳴っているわけではないが、非常に威圧的な声。誰も信用していない、周りは敵しかいないというような声だ。
「ハイッ!」
部屋の奥から聞こえてきた声に素直に従い、全員が会議室の中へと入る。
「お前が赤髪の女か……」
会議室の奥にはナイフを持って椅子に座っている男がいた。その両脇を『テンペスト』の構成員が並んでいる。聞こえてきたのはこのナイフを持った男の声だ。
「桐山! 信也はどこだ!?」
千尋が吼えるようにして声を上げる。一人一人であれば信也が後れをとるようなことはない。だが、この人数が相手となれば、完全に力で負けてしまう。まずは、人質に取られている信也の安否を確認したかった。
「おいコラ御影! 今俺が喋ってるとろこなんだよ! てめえ真辺がどうなってもいいのか? あぁ?」
龍斗が怒鳴り返す。あくまで主導権は自分にあることを主張し、優位な立場を明確にする。
「くっ……。すまない……」
信也を人質に取られている以上、どう考えても相手のペースで動かざるを得ない。少しでも有利な方へと持っていきたかったが、打つ手はなかった。
「御影と赤髪の女、こっちに来い。……で、お前は誰だ?」
龍斗が美月を指さす。龍斗が呼んだのは千尋と赤髪の女だけだ。その横にいる少女は呼んでない。
「彼女は……今回の支援活動に同行してくれたギルドのサブマスターだ……」
千尋が渋々答える。本当は答えたくなかった。それどころか連れてきたくなかった。だが、同行を指示された以上逆らうことはできなかった。
「はぁ? なんでそんなのがいるんだ?」
「俺のギルドのサブマスターだ。俺たちは『フレンドシップ』のメンバーじゃない。別のギルドだ。そのことを伝えたら、マスターとサブマスターも来いと指示された……」
真が説明をする。美月の立場を明確にしておかないと、美月の身が危険になると考えたからだ。『テンペスト』はどこの誰だか分からない者を放置しておくようなギルドではないだろう。下手に誤魔化した方が危険だ。
「ってことは、赤髪。お前の仲間なんだな?」
「そうだ……」
真はまっすぐ龍斗の方を見て返事をした。気持ちで負けないためにも目線を外すことはしないようにする。
「まぁいい。取りあえず全員こっちに来い!」
龍斗の言葉に従って最初に歩き出したのは千尋だった。まずは自分が矢面に立つ。できれば真や美月に矛先が向かないように、全て千尋が受け止めるように前に出る。
「お前のところの真辺がな、この前ここに来たんだがよぉ。交渉が決裂したんだわ。でだ、俺の仲間がそこの赤髪の女にやられたわけなんだが、どう落とし前つけてくれるんだ?」
「……その前に、信也はどこにいる?」
千尋はどうしても信也のことが気がかりだった。どの道、理不尽な要求をされることは目に見えている。だからこそ、先に信也の姿を確認して、気持ちの安定を図りたかった。
「こっちが聞いてんだよッ! どうしてくれんだってよぉ! それとも何か? 真辺の死体を持ってきたら素直に言うこと聞くか?」
龍斗が怒声をまき散らす。まるで千尋の言葉を聞こうとはしていない。圧倒的に有利な立場を利用して一歩的に攻撃をしてくる。
「……ッ。す、すまない……。だが、どう落とし前を付けたらいいか分からない……」
屈辱で千尋の顔が歪む。だが、信也の安全と真と美月を無事に帰すためだ。相手の言うことを聞いて、只管我慢するしかない。
「落とし前の付け方だがな。お前ら3人、今から俺の奴隷だ!」
「は……?」
千尋は理解が追いつかず声が漏れていた。真と美月も同様の顔をしている。
「聞こえなかったのか? お前らは俺の奴隷になったんだよ!」
龍斗が苛立った声で言う。何度も同じことを言わせるなと言いたげだ。周りにいる『テンペスト』の幹部らはその様子をニヤニヤとしながら見ている。
「ま、待て……。奴隷……だと?」
再び千尋が聞き返す。奴隷の意味くらい知っている。知っているからこそ、龍斗が言っていることが信じられない。
「奴隷だっつってんだろうが! お前らは俺の言うことをなんでも聞く奴隷なんだよ! いいか、俺の機嫌を損ねたら殺す。お前だけじゃねえぞ! 他の二人も殺すからな! せいぜい俺の機嫌を損ねないように頑張ることだな!」
龍斗が矢継ぎ早に攻め立てる。誰か一人でも逆らえば、他の2人も殺すと言っている。これは千尋が抵抗することを見越してのことだ。人質を盾にすれば千尋は逆らうことができないと分かっていてるのだ。
「龍斗さん、いいっすねぇ。俺らにも回してもらえますか?」
『テンペスト』の幹部の一人が嗤いながら言う。下品にもほどがある笑みを浮かべて、真達を見ている。それは他の男達も同様だった。まるでケダモノ。人とは違う、下等な生き物にしか見えない。
「ああ、分かってる。俺が楽しんだ後はお前らにも楽しませてやるからよ」
龍斗のその言葉に『テンペスト』の幹部から歓声の声が上がる。
「そ、そんなこと信也が許すとでも思てるのか!?」
千尋が声を荒げた。信也は絶対にそんなこと許さない。ここまで『フレンドシップ』に対して危害を加えるのであれば、それはもう『ライオンハート』が出てくる可能性もある。ここまでされて信也が黙っているはずがないのだ。
「ああ、真辺な……。おい、真辺を連れて来い」
「ハイ」
龍斗の指示に従い、『テンペスト』の男が二人、部屋を出て行った。
「会わせてくれるのか……?」
意外といった表情で千尋が聞き返した。奴隷のことを言われて気が動転していたが、信也がここに来るのでれば心配することはない。奴隷にされるなど信也が絶対に阻止してくれる。
「会わせてやるよ」
龍斗はそう言うと暫く黙り込んだ。ほどなくして、信也を迎えに行った2人が会議室に戻ってきた。だが、そこに信也の姿はない。代わりに見えるのが、布に包まれた大きな何か。大柄の人間一人分くらいはある大きさだ。
「そこに置け」
「ハイ」
龍斗に指示した場所は真と美月と千尋の正面。龍斗との間にある床だ。その場所に布で包まれた何かが乱雑に置かれる。
「御影、開けてみろ」
龍斗が顎をクイッと動かして千尋に指示をする。
「……」
千尋は恐る恐る布に手をかける。嫌な予感がする。大きさは信也と同じくらいだ。だが、布の中身はまだ分からない。もし、仮に布の中が信也だとしても、眠らされているだけなのかもしれない。
「……ッ!?」
布をめくって出てきのは信也の顔だった。青白い顔をしていて、一切動かない。呼吸する小さな動きすら見ることができない。恐る恐る顔に触ってみると体温はなかった。
「そいつな、赤髪の女のことしゃべれって言っても『知らねえ』とか言いやがったんで、殺したわ」
龍斗の言葉に千尋の思考が凍結する。見開いた目は一点に信也の顔だけを見つめる。顔に触れた手は張り付いたように離さない。
「それとな、こいつ、土下座させてたんだが、死ぬ時も土下座したままだったぜ!」
龍斗がそう言うと『テンペスト』のメンバーが一斉に笑い出した。『馬鹿』だとか『間抜け』だとか好き放題に罵りながら大声で笑う。
「ハハハハハハッ! こいつはなぁ、ただの犬死なんだよ!」
ブチッ!!!
その瞬間、真の理性が吹き飛んだ。