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テンペスト Ⅳ

信也が王都を離れてから数日が経過していた。もう『テンペスト』が支配するハーティア地域の要塞に到着していてもおかしくない頃だ。今頃どんな話し合いがされているのだろうか。『テンペスト』のことをよく知らない真達には分からない。だが、想像はできる。向こうから襲ってきたにも関わらず、こちらが襲ってきたなどと平然と言えるような輩だ。まともな話し合いができるわけがない。信也のように芯の強い人間だからこそ単独で行くことができるのだ。


真達は連日のように王都グランエンドにある寂れた酒場『ボヤージュ』に来ていた。ここは『フレンドシップ』のたまり場であるため、来れば誰かしら『フレンドシップ』のメンバーがいる。空が黄昏るにはまだ早いが、それでも複数人が『ボヤージュ』に集まていた。


まだ、帰ってくるには早いと分かっていてもみんな信也の帰りを待っているのだ。たとえ良い結果を持って帰って来れないにしても、今後の方向性は信也がいないと決めることができない。今後の活動が不安だからこそ、真辺信也という心を支えてくれる大木が必要なのだ。


「蒼井真、それに『フォーチュンキャット』の皆も、毎日ここに来る必要はないんだぞ……。お前たちは普段の生活を送っていてくれ……」


千尋が申し訳なさそうに言う。『フレンドシップ』の揉め事に『フォーチュンキャット』を付き合わせるわけにはいかない。


「何を言ってるんですか千尋さん!? 私達だって信也さんの帰りを待ってるんです!」


すぐに返答したのは翼だった。翼は『フォーチュンキャット』の中でも一番正義感が強い。特に筋の通らないことは許せない。だから、今回のような到底納得することができないものは我慢がならない。信也が持って帰ってくる結果をどうしても聞きたかった。


「しかしだな……。これ以上巻き込むわけには……」


千尋は責任を重く感じていた。自分たちの出身地域の揉め事に、善意で手伝ってくれているギルドを巻き込んでしまった。しかも、危険な目にも合わせている。真面目な分、千尋は人一倍責任を感じるのだ。


「千尋さん、私達は信也さんにお世話になったんです。海賊討伐の時も信也さんが守ってくれてました。私達は私達の意思で信也さんを待ってるんです」


美月が真っ直ぐ千尋を見て言う。ここに居るのは何も惰性で来ているわけではない。自分たちがそうしたいから信也の帰りを待っているのだ。


「そうですよ、私達は信也さんの帰りを待ちたいんです。でも……私達に何ができるかっていうのは……分かりませんけど……。でも、待ちたいんです!」


彩音が続いて話をした。彩音は翼のように直感で動くことができないため、どうしても先のことを考えてしまう。つまりは、『テンペスト』との交渉が決裂してしまう可能性。そして、予想されるのはツヴァルンを通ることができなくなるということ。それに対して自分たちができることはないということ。


「そうか……分かった。すまないが、一緒に信也の帰りを待っていてくれ」


千尋が頭を下げる。部外者を巻き込んでしまったということは申し訳ないと思いながらも、信也を待ちたいから待っていると言ってくれたことは嬉しかった。


「千尋さん、そこは『すまない』じゃなくて、『ありがとう』ですよ」


美月が微笑みながら言う。美月の優しい笑顔はそれだけで心を和ませてくれる。


「ああ、そうだな。一緒に信也を待ってくれてありがとう」


ふふっと千尋の頬が緩む。不安だらけの数日間を過ごしてきたが、ここにきて少しだけ心が安らいだ気がした。


「おい! 御影はいるか?」


唐突に乱暴な声が響いた。が鳴り声が聞こえてきたのは『ボヤージュ』の入口からだ。名前を呼ばれた千尋以外も皆が入口に目をやった。


そこにいたのはガラの悪そうな3人の男。一言で言うなら安物のチンピラ。迷惑な存在ではあるが、こいつら自身は決して上には上げれないタイプ。弱い者を虐めて粋がっているのが関の山。そんな3人の男達だ。


「私はここにいるぞ!」


千尋が即座に応答する。毅然な態度で口調もきつい。千尋は相手が誰なのか分かっていた。『テンペスト』の下っ端連中だ。こういう奴らには力でどちらが上か分からせる必要がある。理屈の通じない動物と同じと考えれば対応方法は自ずと出てくる。


「お、おう……。龍斗さんがお前らを呼んでるんだ。すぐに来い! それと赤髪の女も一緒に連れて来い!」


鋭い口調で返され、しかも相手は怯む様子もなく足早に近づかれた『テンペスト』の男は、若干怖気づいてはいたが、龍斗の名前を出したことで気を取り直していた。


「赤髪の女だと?」


眉間に皺を寄せて千尋が聞き返す。高圧的な態度は崩さない。


「お前らのところに新しく入ってきたんじゃねえのかよ!? ショートカットの赤い髪でベルセルクの女だよ!」


まくし立てるようにして『テンペスト』の男が言う。千尋は真が男であると知っていたから、最初に『赤髪の女』と聞いて分からなかった。だが、ここまで聞くと真のことであるのは間違いなかった。相手は真が男だということを知らない。見た目だけで判断するなら真は美少女だ。


「なあ、あいつじゃねえのか? ってか、すっげえ可愛いなあの子」


千尋と話をしていたのとは別の男が真の姿を見つけた。赤髪と言うよりは赤黒い感じの髪だが、そんなことは些細なことだ。どっちでもいい。


「お、マジで可愛いな。周りの子もめっちゃ可愛くねえか!?」


「彼らは『フレンドシップ』のメンバーではない! 部外者だ!」


チンピラ風の『テンペスト』の下っ端たちの視線を遮るようにして千尋が立ちはだかる。この先は本当に巻き込むわけにはいかない。


「はぁ!? 知らねえよそんなことは! あいつベルセルクだろ? 龍斗さんはお前らと一緒にいる赤い髪のベルセルクの女を連れて来いって言ってるんだよ!」


「だから、彼らは別のギルドだと言ってるだろ! 関係ない者を巻き込むな!」


千尋は一歩も引かない。これは『フレンドシップ』の問題だ。龍斗が真を連れて来いと言ってる理由は分かっている。真が『テンペスト』を退けたからだ。だからこそ、余計に要求を飲むわけにはいかなかった。


「関係ないことはねえんだよ! そこの赤髪の女が俺達に攻撃をしたんだよ! そいつらが別のギルドっていうなら、そのマスターとサブマスターも一緒に来い!」


「断る! 攻撃を仕掛けてきたのはお前たちの方だ! 彼らを連れて行く理由はない!」


怒鳴るような声で千尋が返す。断じて真達を巻き込むことは避けたかった。この押し問答がどれだけ続こうが、譲つもりはなかった。そこに、3人の『テンペスト』の男の中で黙って様子を見ていた男がすっと前に出てきた。


「断るんだな?」


『テンペスト』の男は静かに言った。不気味な余裕が伺える。その余裕の根拠は千尋には分からない。だが、何か嫌な予感を与える余裕だ。


「あ、ああ。そうだ! 断る!」


「本当に断るんだな?」


「何度も言わせるな! 断ると言っているだろう!」


「そうか、分かった。なら、真辺は殺すことにする」


ここで『テンペスト』の男が切り札を出してきた。余裕の根拠はこれだ。


「なッ……!?」


『テンペスト』の男の言葉に動揺が走る。周りにいる者も立ち上がり、どうしていいか分からない表情をしている。言葉の内容があまりにも衝撃的だった。


「そ、そんな脅しが通じると思ってるのかッ!?」


千尋は動揺する心を無理矢理に押さえつけて声を出した。いくら『テンペスト』でも人殺しまではしないはずだ。


「いいか、御影。真辺は人質なんだよ。この世界に警察はいないってことくらい分かってるよな? 実際に殺したところで俺たちは誰に捕まるんだ?」


『テンペスト』の男が悪意のある笑みを浮かべる。非常に幼稚な理屈ではあるが、事実として警察機構は機能していない。王都には軍の治安維持部隊があるがNPCだ。現実世界の人間のトラブルに対応してくれることは期待できない。


「貴様ら……ッ」


千尋が歯を食いしばって何とか声を出すが、それ以上の言葉は出てこない。頭の中をグルグルと嫌な想像が駆け回り、かき乱していく。


「……分かった。言う通りにする」


返事をしたのは真だった。険しい表情をして『テンペスト』のメンバーを見る。信也を人質に取られている以上は従うしかないと判断したのだ。


「待てッ! ダメだ巻き込むわけには――」


「信也さんが人質に取られてるんだ……他に方法はない……」


慌てて止めに入った千尋を真が静かに制す。真が言ったことに千尋は何も言えなくなる。真達を巻き込むわけにはいかないが、巻き込まないと信也の無事が担保されない。結局黙って真に頼るしかなくなる。


「最初からそう言えよ! で、マスターとサブマスターはどいつだ?」


『テンペスト』の男が威圧的に言う。圧倒的に有利な立ち位置にいるため、態度も大きく横暴になっていた。


「……俺がギルドマスターだ。サブマスターはいな――」


「私がサブマスターです!」


真の言葉を遮るようにして美月が声を上げた。真が美月を庇おうとすることは明白だった。だが、真だけを千尋に同行させるわけにはいかない。真だけに責任を押し付けることはしたくなかった。それに、力では圧倒的に真が上だが、口下手の真が上手く交渉することができるか不安もあった。かといって、美月がこんな不法者達相手にどこまで立ち回れるのかと言われれば、まるで自信はない。それでも、真だけを千尋に同行させたくはなかった。


「美月……ッ!?」


真が美月の方を見る。怒っているのは美月にも分かった。


「ごめん、真。でも、私も行くから……」


美月の声が震えている。怖いのは一目瞭然だ。しかし、怯えているだけではない、真を見つめる目には力があった。


「いや、でも……」


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ! お前がマスターでこいつがサブマスターなんだろ! 二人とも来い! 来なかったら真辺を殺す!」


『テンペスト』の男が怒鳴り声を上げる。『真辺を殺す』。この言葉に逆らうことはできない。結局のところ、信也を人質に取られている以上は相手の要求を飲む以外に選択肢はないのだ。


「すまない……。本当にすまない……」


千尋が呻くような声を出す。ここまで巻き込んでしまったことを心の底から申し訳ないと思う。守り切れなかった自分の不甲斐なさを呪いながらも、どうすることもできない現実に従うしかなった。











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