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テンペスト Ⅰ

信也が1人で『テンペスト』が支配するハーティア地域の要塞に行くことを誰もが反対した。だが、信也の意志は固く、動かせるものではなかった。


信也が頑として一人で行くことを譲らない理由は分かり切っている。仲間を危険な場所に連れて行くわけにはいかないから。もし、『テンペスト』の呼び出しが信也と他数人で来いと言われていたとしても、信也は一人で行くことを押し通すだろう。


真辺信也とはそういう人間だから危険な場所に行かせたくなかった。だが、そういう人間だからこそ、一人で危険を背負いこむことを止めることができなかった。


そうして、『テンペスト』とのいざこざについて千尋から報告を受けた信也は、王都でいつも『テンペスト』のメンバーが屯している酒場へと独り赴いたのである。


『テンペスト』の人数は多い。対人戦エリアに出現するレアモンスターを狩ることが許されている上層と王都で待機させられて、攻城戦の時にだけ呼び出される下層に分かれている。信也が向かった『テンペスト』のメンバーが屯している酒場とは、下層のメンバーがいる酒場だ。そこで、信也が呼び出しに応じることを返答し、『テンペスト』のギルドマスター桐山龍斗や上層メンバーが待つ、ハーティア地域の要塞へと一緒に行くことになる。


王都にはVIP専用の高級な酒場があり、そこを利用できるのは『テンペスト』の上層でもさらに幹部でないと行くことを許されない。桐山龍斗や他の幹部が王都に来ている時はその高級酒場に行っているが、今はハーティア地域の要塞に滞在しているため、信也は下層のメンバーに連れられてそこまで行くしかなかった。


信也が出て行った『ボヤージュ』は静まり返っていた。残されたメンバーは誰も口を開けない。どうしていいのかが分からない。信也の代わりに『テンペスト』と話ができるかというと難しい。千尋ならまだ話ができるかもしれないが、信也ほど上手く立ち回ることは無理だ。


だから、信也に任せる他に方法がない。でも、それをやらせたくないが、代替案がない。堂々巡りに頭がどうになりそうだった。


「あ、す、すみません……。あの……信也さんは、どうするつもりなんですか……?」


勇気を振り絞って声を上げたのは彩音だった。周りの空気が重苦しいことは嫌でも理解できる。それでも、何とか言葉を出した。そうしないと、この空気に飲み込まれたまま沈んでいきそうだったから。


「……『テンペスト』のギルドマスター桐山龍斗と話をするつもりだ。襲ってきたのは『テンペスト』の方だと文句を言うつもりだろう。そして、私達の活動の邪魔をするなと……」


応えたのは千尋だった。自分で言っておいて『テンペスト』がそんな話を受け入れるわけがないと自信がなくなっていく。


「そ、その……こんな言い方、あの、失礼だとは思うんですが……。どうやってその交渉をするんです……か?」


「…………」


千尋が言葉に詰まる。彩音に言われるまでもなく自覚していたことだ。返す言葉があるわけがない。


日が沈み、薄暗いランプの明かりだけが『ボヤージュ』を照らす。今の状況を考えると、この頼りない明かりよりも光が見えない状況だ。こんな場末の酒場の明かりにも及ばない光明でどうやって信也は『テンペスト』と話をしようというのか。皆がそのことを理解しているからこそ、黙ったままになってしまう。


「待つしか……信也さんが帰ってくるのを待つしかない……だろう」


意を決して小林が口を開いた。『フレンドシップ』の中では新参者で、信也との付き合いも浅い方だ。それでも、小林は『フレンドシップ』のメンバーとして活動をしている。何とかしたいという気持ちは皆と一緒だ。


「……結局、それしかないのよね……。でも、信也さんが持って帰ってくる答えは……」


園部も口を開いた。だが、出てくる言葉は消極的なもの。状況が好転するというビジョンは見えなかった。


「園部さん、そんなこと言ったら身も蓋もないじゃないですか!? 信也さんがちゃんと話を付けてくれるって私達が信じないと!」


そこに声を上げたのは翼だった。園部が言っていることは理解できる。交渉は決裂して帰ってくる可能性が一番高いことも分かっている。だが、それを認めてしまうということは、今後の活動ができないということを認めてしまうことだ。


「いや、椎名翼。園部さんの言う通りだ……。こちらの話は一切聞き入れてくれないだろうな……。罵詈雑言を浴びせられて、無茶苦茶な要求をされるだろう……。だが、信也なら絶対に屈しない」


千尋が翼を制した。予想されることとして、『テンペスト』が『フレンドシップ』の話を聞かないことは明白だ。それどころか、酷く罵られて帰されるだけだろう。だが、そんなことに信也が負けるわけがないということも明白だ。


「それって、結局、今後の活動はできないってことよね?」


華凛の透き通った声が場末の酒場にはよく響いた。華凛の一言で周りの視線が集まってしまう。


「あっ……」


何も考えずに思ったことを口にしただけの華凛だったが、今の発言が空気を読まないものだと理解して、真の影に隠れるようにして後ろに下がった。そこで、皆の視線が外れる。


「あの……すみません……。この子も悪気があってのことでは……」


咄嗟に美月がフォローを入れた。後ろに隠れられた真も困った顔をしている。


「いや、いいんだ……。橘華凛が言ったことは私達が向き合わないといけないことだ……。いくら信也が『テンペスト』に屈しないからと言って予想される結果は変わらない。だとしたら、今後の活動について、大きく方向転換をしないといけないのだろうな……」


「待ってくれ千尋さんッ! それってどういうことだ!? 方向転換って、まさか、ゴ・ダ砂漠の地域を諦めるってことか!?」


千尋の意見に声を荒げたのは『フレンドシップ』のメンバーの男だった。


「仙田さんが言いたいことは分かっている……。だが、現状を鑑みるとどうしても、他の道を進まないといけない……。ゴ・ダ砂漠以外にも支援を求めている人はいる……」


千尋の声はまるで機械のようだった。感情を押し殺して、想定されることを分析し、冷静な意見を言う。


「あんた自分の言ってることを分かってるのかよッ!? 今まで信也さんと俺達がどんな思いで支援物資を届けてたと思ってるんだよ! どんな思いでツヴァルンを通ってきたと思ってるんだよ! 簡単に諦められるような活動をしてきたわけじゃねえんだよッ!!!」


仙田と呼ばれた男がさらに大声で怒鳴った。今までやってきたことをこんなくだらないことで終わらせられるなど到底納得できるものではない。それを淡々という千尋が信じられなかった。他の誰でもない『フレンドシップ』のサブマスターがそのことを口にしたのだ。部外者や新参者が言う言葉とはわけが違う。


「お前は私がどんな気持ちでこの言葉を口にしたのか分かっているのかッ!!! 私と信也で作った『フレンドシップ』だぞ! ずっと信也と一緒に活動をしてきたんだッ! ずっと支援をしてきたんだ! 誰よりも長く、信也と一緒にやってきたんだッ! 簡単に諦められるわけがないだろうッ!!!」


千尋が感情をむき出しにして叫んだ。普段の千尋からは想像もつかないような怒気をまき散らしている。仙田の声を上回る勢いだ。


「だったら、なんでそんなことを言うんだよ! 諦めるなよ! 信也さんは『テンペスト』と話をしに行ってるんだぞ!」


「お前にこの状況を打開する策はあるのかッ? 今後の私達の活動に大きく影響を及ぼすことだぞ! 何も考えずにただ信也の帰りを待ってるだけか?」


「それでも信じて待ってるのが俺たちの役目だろうが!」


千尋と仙田の怒鳴り声が小さな酒場を揺らすように響く。


「二人とも、そこまでです。落ち着いてください」


小林が千尋と仙田の間に入ってきた。


「新参者が出てくる場面じゃねえんだよ!」


仙田の怒りは収まる様子がなく、小林を威嚇するように怒気を露わにしている。


「信也さんは二人が喧嘩をすることを期待して出て行ったんですか?」


小林は仙田の目を見て静かに言う。


「うっ…………それは……」


「どうなんですか?」


「……すまない。今の状況を受け入れることができなくて……」


目線を外して仙田がぽつりと謝罪する。


「私の方も悪かった……。サブマスターとして意見をしたつもりだったのだが、配慮が足りなかった……」


千尋が冷静さを取り戻して頭を下げた。


喧嘩は終息したが、それ以後誰も意見を言う者はいなかった。結局は堂々巡り。千尋が言っていることと仙田が言ったことが頭の中を回り、結論が導き出せない。そのまま夜は更けていき、千尋が最後に解散を口にして話し合いは終わった。




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