ゴブリン退治 Ⅱ
1
村長からミッションを受けた真は村を出て現実世界のビルが見える方角に向けて足を運んでいた。時刻はまだ正午にはなっていないだろう。常に吹いている平原の風は、温かい太陽の光とともに平原の緑を彩っている。空が高く、遠くには鳥が飛んでいるのが分かる。穏やかに見える風景だが、真が向かう先は死人が出た地域。
すでに一時間近く歩いている。もうすぐ目的の山砦のある地域に出る。平原が終わり、唐突にアスファルトが出てくる地域。現実世界の街にゴブリン達が徘徊する場所。
平原の終わりが見え始めたところで、真は前方に見知った人を見つけた。草の大地に座って山砦のある方を見ている少女。ミドルロングの茶色い髪の毛が、止むことのない平原の風に流されて日の光を浴びている。
「美月?」
真は少女のことを知っていた。昨日の夕方にミッションのことを聞いた少女だ。どうしてこんなところにいるのか。真は美月に声をかけた。
「真……!?」
じっと一点を見つめていた美月が後ろからかけられた声に少し驚いて振り返った。
「どうしたんだ、こんなところで?」
真は美月が何をしているのか気になって聞いてみた。あれだけ怖い思いをした場所だ。普通に考えれば近づきたくもない場所だと思うが。
「…………待ってるの」
間を空けて美月が返答した。
「待ってる?」
「……うん」
「昨日、一緒に行った人たちを?」
「……うん。もしかしたら、帰ってくるかもしれない……。生きてるかもしれないから……」
美月の言葉そこで止まった。美月自身も十分分かっていた。昨日の仲間はもう、死んでいるということを。それでも、現実をそのまま受け入れることができずに待っているのだ。帰ってくるはずがないことを分かっていて。
真が言葉に詰まっていると、美月が突然、ガバっと立ち上がり、真の腕を掴んだ。
「ねえっ!真も行くつもりなんでしょっ?ミッションをやりに行くつもりでここまで来たんでしょ!?」
涙目の美月が詰め寄るようにして真に聞いてきた。
「いや、それは……」
真はどう答えていいか迷った。『心配ない、俺に任せておけば大丈夫だ。』と言っても通じるかどうか分からない。
「駄目だよ!危ないよ!昨日、私の話を聞いてくれたのに……真までいなくなったら、もう……」
美月の細く奇麗な手は震えていた。心細さが震えとともに伝わってくる。家族も友達もいきなり消えて、一人にされて、なんとか踏ん張ろうとした時に、同行した仲間を殺された。
美月は強いわけではないだろう。弱く脆いただの少女で、ボロボロに傷ついている。折れそうな心が折れないように、この場所で待っているのだ。帰ってくるはずのない、一日限りの仲間の帰りを。
「心配しなくてもいい。俺は山砦には行かない」
「だったら、どうしてここに……?」
「偵察さ。よく考えてみろよ、俺は一人だぜ。昨日、美月から話を聞いて、一人でミッションをやろうなんて考えるわけないだろ」
「そう……だよね……」
真の話を信じたようで、美月はゆっくりと力を抜いて、真の腕から手を離した。
「だろ?でも、いつかはミッションをやらないといけない。その日のために情報を集めに来たんだよ。山砦の周りの情報をな。だから、山砦には入らない」
「そっか……そうだよね。一人で行くわけがないよね」
「ただ、近くにゴブリンの縄張りがあるから、美月はもう村に帰った方がいい」
「……うん。そうするね」
素直に納得した様子ではなかったが、美月は真の提案を承諾した。まだ、ここで待っていたいという気持ちはあるのだろう。昨日見た仲間の死をまだ受け入れられたわけではないのだ。
(ごめん……嘘をついた……)
真は心の中で謝った。美月を納得させるためについた噓。真っ直ぐな少女を騙したことは心苦しいが、こうでも言わないことにはゴブリンの山砦に行くことを反対されただろう。
2
平原を抜け、真はまっすぐアスファルトの道を進み、ゴブリンの山砦がある場所に向かった。前までは無かった場所。アスファルトの道路を瓦礫が邪魔をするように行き止まりになって、先に進むことができなかった場所が今は小高い岩山になっている。その山の地形を利用した砦。そこにゴブリンたちが屯しているのだ。
汚い木の板で作られた雑な柵が山砦の入口に設置されている。山砦の中へと続くスロープのようになっている岩肌を上っていくと、見張りのゴブリンたちが騒ぎ始めた。ゴブリンたちの言葉は分からないが、ギャーギャーと叫んでいる姿から、警戒を強めていることは理解できた。
真は山砦の中をまっすぐ進んでいく。周りをゴブリンたちが囲み始めても構わず真は前に進んでいくと、手に石でできた斧を持った一匹のゴブリンが真に飛びかかってきた。
<スラッシュ>
真が心の中でスキルを唱え、体の動きと意思を連動させてスキルを発動させる。カウンターで入った真の斬撃は一撃でゴブリンを切り捨てた。真はそのまま歩き続ける。おそらく、昨日もこの道を16人が通ったのだろう。そして、もう一度この道を帰って来れたのは元の数の半分以下。
次々と向かってくるゴブリンはすべて一撃で終わる。真の歩みを止めるには石ころほどにも効果を発揮していのではないかと思えるほどに、真は悠然と進んでいった。
ゴブリンの数はそこそこいるが、山砦の規模はそれほど大きなものではなく、そもそもゴブリン自体が小柄なため、ゴブリンのリーダーであるダーティーハンド ゴルゴルドがいると思われる区画にはさほど時間を取られることなくたどり着いた。
雑に切られた木の板の上によくわからない装飾が多数施されている。その板に囲まれた区画がこの山砦の中心なのだろう。汚いが装飾が派手にされているため、すぐに分かった。
「ギィヤァァァァァァァァァー!!!」
真が山砦の中心に足を踏み入れると、すぐに大きな雄叫びが聞こえてきた。金切り声のような不快な音が真の耳をつんざく。
そこに居たのは一際大きなゴブリン。他のゴブリンと比べて倍以上の大きさ。人間と比べても、このゴブリンの方が大きいだろう。筋肉は隆起し、手には石でできた巨大な棍棒。こいつが、リーダーのダーティーハンド ゴルゴルドと呼ばれるゴブリンで間違いなかった。
「お前か……」
真は歩みを止めずに前に出た。握った大剣を構えながら前に足を進める。
「ギィシャアアアー!!!」
真がゴブリンのリーダーがいる区画の丁度中ほどにまで来た時、再度、ゴブリンの金切り声が聞こえてきた。すると、木の板の後ろに隠れていた部下のゴブリンたちが一斉に姿を現した。
「聞いてるよ、それ……」
正面には真よりも大きなゴブリンのリーダー。周りは部下のゴブリンに囲まれた状態。後ろもゴブリンに塞がれている。
「折角だ、誰もいないならお前らに見せてやるよ」
真はそう呟くと、装備の外見変更を一気にオフに切り替えた。初期装備とベルセルクの組合支部で買った大剣の形に装備の形状を変更していたものが、一斉に解除され、元の装備の姿に戻る。
白と黒を基調としたコートの軽装鎧に紅蓮の炎のように真っ赤な刃を持つ大剣。目立つため地味な外見に変更していた真の最強装備の本来の姿。深淵の龍帝 ディルフォールを倒して手に入れた装備の姿。
「来い!瞬殺してやるよ!」
真の心にあるのは怒りにも似た感情であった。ふざけたゲーム化で人が死に、少女が涙を流した。こいつらもその一部だ。
「ギェエエエエーーーーーー!!!」
部下のゴブリンたちが叫び声を合図に飛びかかってきた。連携など何もない、ただ叫び声に反応して標的に向かって飛びかかってくるだけ。数にものを言わせた単純な戦術だった。
<ブレードストーム>
真が体ごと一回転させて、真っ赤な大剣を振るう。刃が通った跡が残像のように赤い軌跡となって、浮かび上がった。そして、暴風のような斬撃の嵐が周囲にまき散らされる。
真が使ったスキル、ブレードストームはベルセルクが持つ範囲攻撃スキルの一つ。威力は低めだが、攻撃可能範囲が広く、その攻撃範囲に入った敵すべてにダメージを与えることができるスキルだ。
威力が低めと言っても、レベル100の最強装備が使うスキル。同心円状に広がった、刃の暴風は周囲にいた部下のゴブリンを全て切り刻んだ。
残ったのは一体。巨漢のゴブリン、ダーティーハンド ゴルゴルド。真の範囲攻撃の外にいたため生き残ったゴブリンのリーダーは手に持っている石の棍棒を振り上げて襲い掛かってきた。
<レイジングストライク>
真は飛び上がって、正面から突っ込んでくる巨大なゴブリンに強襲をかけた。空を飛ぶ猛禽類が地上の獲物を襲うかのように、空中から急速に大剣を振りかざす。ベルセルクが持つスキル、レイジングストライクは離れた敵に対して、一気に距離を詰めて強襲をかけることができるスキルで威力もある。
交差するようにしてゴブリンの巨体を真が斬り抜けた。一撃で終わる、完全にオーバーキルの攻撃。
「ギョオオオオーーーーーー!!!」
だが、ゴブリンのリーダーは倒れることなく、大きな唸り声を上げ始めた。
(一撃に耐えた……!?)
真は驚いていた。自分の攻撃を喰らって倒れていないことに。だが、真が追い込まれたわけではない。もう一度スキルを使って攻撃を繰り出そうとするが、それはできなかった。スキルが発動しない。
(まさか……)
ゴブリンのリーダーは真を見もせずに、叫び声を上げながら走り出し、木でできた柵を壊してどこかに逃げて行った。
(二回倒さないといけないってやつか……)
RPGではよくあるパターンの一つ。一回ボスを倒しても、イベントが起きて、再度戦って倒さないといけないパターン。このゴブリンのように逃げる場合もあれば、変身する場合もある。
(この山砦の中にいることは間違いないはずだ。だったら、もう一回斬るだけだ。)
真は赤い大剣を握り直し、ダーティーハンド ゴルゴルドの逃げて行った方へと走り出した。