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対人戦エリア Ⅲ

ツヴァルン周辺の地域一体はギルド『テンペスト』によって、新たに対人戦エリアに指定された地域だ。攻城戦で獲得した支配地域を対人戦エリアにするか、非対人戦エリアにするかは支配権を獲得したギルドの意向によって変えられる。ただし、攻城戦が行われる地域だけは常に対人戦エリアに指定されており、支配権を獲得したギルドでも変更はできない。


通常のMMORPGでは、どこを対人戦エリアにするのかはゲーム開発側の一存で決まるが、このゲーム化した世界ではプレイヤーが決めることができるという他にはない要素がある。


では、非対人戦エリアから対人戦エリアに指定をすることによるメリットは何なのか。一つは、現に『テンペスト』がやっているように、対抗するギルドに対する妨害がある。その他のメリットとしては、対人戦エリアに限定して出現するモンスターがいること。


対人戦エリア限定のモンスターは希少価値が高く、倒すことで他では手に入らないアイテムを入手することができるようになる。数がそれほど多くいるわけではなく、一度倒してから再度出現するまでに時間がかかることから、対人戦エリアを増やすことで、この希少なモンスターの数自体を増やすことも可能になるのである。


当然のことならが、『テンペスト』もその希少モンスターを狙っている。ただ単に『フレンドシップ』とその同盟関係にある『ライオンハート』に対する妨害工作をするためだけに対人戦エリアを増やしたわけではない。


この希少モンスターを倒すことで得たアイテムの中には強力な装備も含まれており、攻城戦に勝利したギルド以外に対人戦エリアに足を踏み入れる人もいないため、ほぼ完全に独占状態となる。


攻城戦に勝利したギルドにはさらに税金の収入があるため、希少モンスターを倒して入手する装備と膨大な金銭を使い、更に強力な装備を整えて、より一層強力な集団へと進化していく。


だから、その日の昼下がりも『テンペスト』のメンバーはいつものようにツヴァルン周辺地域で希少なモンスターを探していた。


「なぁ、いたか?」


弓を手に下げた二十歳前後のスナイパーの男が気だるそうに言う。眉毛が薄く、一重瞼のため外見の印象は悪い男だ。


「あぁ? いねえよ。お前も探せよ」


隣で辺りを見渡しているソーサラーの男が苛立たし気に応えた。身長は高いが小太りでもあるため、非常にガタイが大きく見える。


希少なモンスターは当然だが、そう簡単には姿を見せない。『テンペスト』のメンバーも複数に分かれてどこにそのモンスターがいるのかを探している。


希少モンスターは一種類ではなく、豹のような猛獣から硬い鎧に覆われたサイのようなモンスター、蛇型や昆虫型など多様。他のモンスターに比べれば強い方だが、数人でも狩ることはできる。


「この辺りって、前はいつ頃やったっけか?」


スナイパーの男が碌に探しもせず質問を投げる。


「一週間ほど前だったか? 俺がやったわけじゃねえし、詳しいことは知らねえよ」


ソーサラーの男は半分諦めているような感じで返事だけはする。他のメンバーからこの辺りに出た希少モンスターを一週間ほど前に狩ったという話を聞いたことがあるくらいだ。


「だったら、そろそろ出てくる頃なんじゃね?」


「だから探してるんだろうがよ!」


ソーサラーの男もさすがに苛立って声を荒げた。そんなところに別に男が声をかけてきた。


「おいコラ、ちゃんと探せや!」


片手斧と甲冑を着込んだダークナイトの男が怒鳴り声を上げる。こちらも希少モンスターを探してこの辺りを探し回っている偵察隊の一人だ。


「あ、剛さん……。いや、あの、こいつがちゃんと探さないから……」


ソーサラーの男が言い訳をする。事実そうなのだから、それ以外に言いようがないのも確かだが。


「ごちゃごちゃ言ってるんじゃねえよ! 俺は探せって言ってるんだよ!」


剛と呼ばれた男はそんな言い訳を聞くような人間ではなかった。


「剛君はねぇ、こういうすぐに結果が出ないことは嫌いなんだよ。それは知ってるよね? だから苛立ってるんだよ」


剛とペアで偵察をしているスナイパーの男が笑いながら言う。飄々とした立ち振る舞いをしていて、雲をつかむような男だ。顔は優しそうだが何を考えているのか分からないところがある。


「裕也さん……あの、はい。分かってます……」


ソーサラーの男が恐々とした声で返事をした。一見すると、剛の方が強面だが、実のところ裕也と呼ばれたスナイパーの男の方が底知れぬ怖さを持っている。


「じゃあさ、分かってるなら探そうね?」


裕也が相変わらず笑顔を崩さない。だが、これをそのまま取っていいのか分からない。だから、ソーサラーの男はどう答えていいかが分からない。


「お、おい、お前もちゃんと探すんだよ! おいコラ聞いてんのか? おい!」


分からないので、ソーサラーの男は相方の方のスナイパーの男へと話を振った。さっきから碌に話にも入らず、一人だけ説教されているような形になっており、ソーサラーの男としては非常に損をした気分になっている。


「なぁ、あれ……」


そんなスナイパーの男が声を漏らす。


「お、見つけたのか!?」


ソーサラーの男が期待を込めて聞き返す。今まで散々探してきたのは自分なのに、手柄だけを取られるのは癪に障るが、それでも今の状況を打破できるのであれば、いくらでも受け入れる。


「いや、モンスターじゃねえけどさ。あいつら見てみろよ」


「はぁ? 何見つけたんだってんだよ!?」


まるで空気を読んでいないスナイパーの男に対する苛立ちは頂点に達しようとしていた。だが、何かを見つけたようなことを言っているので、ソーサラーの男もそちらを見る。


「おい、何やってんだ?」


剛の声には怒気が含まれていた。さっきから言い訳ばかりで、しかも何か見つけたとか言いながらも、探しているモンスターではないと言う。


「ああ、あれかい? あれは『フレンドシップ』の連中だね。……でも、見慣れない顔がいるね……」


裕也はスナイパーの男が示す方向に目をやった。そこに居たのは『フレンドシップ』のメンバー。事前に連絡を受けている通り、支援活動とかいうくだらないことで自己満足している最中なのだろう。いつもと違うのは、見慣れない顔が5人ほどいること。


「めっちゃくちゃ可愛くないですかッ!?」


スナイパーの男が意気揚々と声を上げた。『フレンドシップ』の一団が近くの道を進んでいる。その中にいる新顔がものすごい美少女だったことにテンションが一気に上がっていた。


「うわ、可愛いな……って、今はそれどころじゃねえだろうが!」


ソーサラーの男が思わず声を上げる。確かに可愛い女の子がいる。男ならそれに目を取られるのは仕方のないことではある。だが、相手は『フレンドシップ』のメンバー。『ライオンハート』と同盟関係を結んでいるギルドだ。ちょっかいをかけるわけにはいかないし、今はやらないといけないことがある。


「ああ、あれはマジで好みだ……。ちょっと声かけてくる」


剛は呆けたようなことを言い出した。ソーサラーの男からしてみれば、怒られると思っていたところにそんなことを言い出したので、一瞬訳が分からなくなっていた。だが、


「いや、剛さん。あれは『フレンドシップ』のメンバーですよ! 声掛けたら不味いですって! 龍斗さんにバレたらどうするんですか!?」


ソーサラーの男が慌てて静止する。龍斗とは『テンペスト』のギルドマスター桐山龍斗のことだ。敵対関係にあるギルドの同盟の女をナンパしたなんて知られたらどんな目に遭わされるか分からない。


「そ、そうだけどな……。あの、赤黒い髪の毛のショートカットの子いるだろ? あれ、すげえ好みなんだわ……」


「あの、分かります、すっげえ分かります。めっちゃ可愛いですあの子。でも、不味いですって」


ソーサラーの男も声をかけたいのを我慢しているのだ。相手が『フレンドシップ』のメンバーでなければ、絶対にナンパしている。


「ねぇ、龍斗君が何に怒るのが心配なんだい?」


裕也の顔は相変わらず笑っている。今の質問の意図も表情からはよく分からない。


「それは、その、『ライオンハート』の同盟と仲良くなったら、裏切るんじゃないかとか……だと思います」


ソーサラーの男が不安げに答える。この回答が正解なのかどうかが分からない。


「そう、そうだよね。よく分かってるじゃないか」


裕也は笑顔を崩さない。自分の回答が正しかったことにソーサラーの男は安堵した。だが、それも束の間。


「だったらさ、襲っちゃおうよ? 仲良くなるからいけないんだろ? あの5人の女の子たちだけ残してさ、他は殺しちゃえばいいんだよ。こっちの装備は格が違うし、あいつらに人を殺す度胸なんてないんだからさ、余裕で殺れるよ。あ、千尋ちゃんも可愛いから残しておこうか」


裕也の言葉に戦慄が走った。まるで想定していないことを言い出した。


「おい、裕也……。そこまでやったら『ライオンハート』が黙ってないんじゃないのか?」


あまりにも衝撃的な話に剛は逆に冷静になっていた。


「あれぇ、剛君にしては弱気だねぇ? でもさぁ、『フレンドシップ』のメンバーが行方不明になったとして、何が原因かなんていう証拠はどこに残るのかな? 僕達が攫いましたなんてどうやって証明するのさ? 証人は死んでるんだよ? 対人戦エリアに徘徊するモンスターに襲われて全滅してしまったってこともあり得ないことじゃないよね?」


裕也の顔は笑っていた。小さい蟲を殺すことが好きな子供はこんな風に笑うのではないかと、他の3人は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。



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