いつもの店
センシアル王国軍からの依頼である、アンデットと化したキール海賊団の討伐を無事に終え、報酬もしっかりともらえた真達はオースティンの港町でシーフードを堪能した後、王都グランエンドへと戻ってきていた。
真辺信也がマスターを務めるギルド『フレンドシップ』の手伝いをすることになり、詳しい話をするためにいつも『フレンドシップ』のメンバーが集まっている酒場で落ち合うことになっている。
王都の夜はキスクの街やウィンジストリアよりもさらに活気に溢れている。街の中心地にある酒場は連日のように客が出入りし、日によっては席が空いている店を探すのにも苦労することもある。エル・アーシアやゴ・ダ、コル・シアンから人が合流して、一気に現実世界の人間が増えたことが、ごった返している原因でもあるが、王都は元からNPCの数も多い。特に酒場には騎士団の制服を着たNPCをよく目にする。
そんな街の中心部に位置する歓楽街からは離れた隅っこ、場末の酒場には今日も見知った集団が集まっていた。
酒場『ボヤージュ』。王都の歓楽街からも商業区域からも離れた住宅街とも少し距離のある場所に建てられた小さな酒場。こういう辺鄙な場所にある酒場は、食べ物が美味しいとか、珍しい酒が飲めるとかいう隠れた名店の期待を抱いてしまうものだが、そういうことはなく、食事も大したものがなければ酒の種類も少ない。当然客も来ないといった、本当に場末の酒場だ。
だが、そんな寂れた酒場も今は繁盛している。その理由がギルド『フレンドシップ』だ。王都の中心地に近い酒場はどこもいっぱいで騒がしく、落ち着いて話をすることもできない。それに比べて『ボヤージュ』は他の客が来ない。長居をしても店主は何も言ってこないどころか、金を払っていれば後は好きに使えと先に帰ってしまうほど。
そういうことで今は『フレンドシップ』の活動拠点として『ボヤージュ』が利用されているのである。
「えー、今回の海賊討伐の報酬で得た金で援助物資を買うことになったっていうのは前から話をしている通りだ。それともう一つ、事前に連絡をしてある通り、援助物資をシース村まで運ぶのを『フォーチュンキャット』が手伝ってくれることになった」
木製のカップに入った安酒を片手に信也が話を始めた。シース村とは、世界がゲーム化してから最初の拠点となった村の一つ。真や美月がいたマール村と同じだ。周辺にいるモンスターは弱く、稼ぎも少ない地域で、物資にも乏しい。自立できるとしても戦うことが難しい小学生や60歳を超える高齢者たちはそこから離れることも困難であった。他にも支援物資を届ける村はあるが、今回はこのシース村に届けることになっている。
「っていうかよ、なんでこんなに集まってるメンツが少ないんだ?」
不思議そうな顔で信也が言う。酒場『ボヤージュ』に集まっている『フレンドシップ』のメンバーはざっと10人ほど。そこに真達5人が加わっている。店自体が小さいのこの人数でいっぱいだ。『フレンドシップ』のメンバーは46人。一時期は100人を超える規模を誇っていたが、自分たちの生活だけでも精一杯の状態で他人の援助をする余裕もなく、今の人数まで減っている。それにしても、今集まっているのが10人ほどというのは少ない。
「いや、信也さん。あんたが回した連絡はついさっきのことだろ? これだけの人間が気づいたってだけでも褒めてくれよ!」
木製の丸テーブルに座るエンハンサーの男が抗議の声を上げた。この男が言っている『連絡』とは、数少ないギルド機能の一つで、ギルドマスターだけが書けるギルド専用のメッセージのことである。電話が無くなった世界では、このギルドメッセージが離れた相手に連絡をする唯一の手段になっていた。
「ははは、連絡回すの忘れてたんだよ。よく気づいて集まってくれたな、褒めてやるぞ!」
悪びれもしない信也が笑って返す。
「えっ? ギルドメッセージ回ってたんすか?」
エンハンサーの男と同じテーブルに座るスナイパーの男が声を上げた。
「『回ってたんすか?』ってそれを見てお前も来たんだろ?」
ギルドメッセージを見ていない様子のスナイパーの男に対してエンハンサーの男は疑問を浮かべた。
「いや、俺は昨日千尋さんから話を聞いたんですけど」
「私も千尋さんから聞いて来たわよ。そもそもマスターは滅多にギルドメッセージ使わないんだから、見てる人なんてほとんどいないわよ」
隣のテーブルに座るソーサラーの女も千尋から話を聞いたことを伝えた。周りを見渡してみると、どうやら千尋から話を聞いて来た人の方が多いようだった。
「おう、千尋よくやってくれた!」
「想定の範囲内だ」
上機嫌な信也に対して呆れることもなく千尋は当然のことのように誉め言葉を受けている。信也が大雑把なのは『フレンドシップ』のメンバーなら誰でも知っていること。千尋もギルドメッセージを直前まで回さなのだろうなということは想定できていた。ただ、普段はバラバラに活動しているギルドメンバーに声をかけるのは難しく、大半のメンバーは今日集まることになっていること知らないままでいる。
「まぁ、いい。どうせしばらくしたら何人かここに来るだろう。その時に話をすればいいだけだ」
ボロ酒屋であるが、ほとんど『フレンドシップ』専用の店となっている『ボヤージュ』には毎日メンバーの誰かが来ている。多いときは店の中に入りきれないので、店の奥から出るこのできる庭で飲むこともある。
「それでだ。本題に戻るが、そこに座ってる『フォーチュンキャット』っていうギルドが今回の支援物資の運搬を手伝ってくれることになった」
信也が真達の方を指さすと周りの視線が一気に集まってきた。事前に連絡があったのだが、店に来た時から注目を集めていた。それは、活動を手伝ってくれるのが美少女5人組だとは思ってもいなかったから。
「蒼井、『フォーチュンキャット』を代表して一言くれ」
「はぁッ!?」
急に振られた真が驚嘆の声を上げる。この場で一言挨拶をしないといけないなど聞いていない。
「なんでもいい、一言挨拶してくれればいいんだよ」
「いや、そんな急に言われても……」
真は人前で挨拶をすることがないため何を言って何を言っていいのか分からない。何か気の利いたことを言わないといけないのではないかというプレッシャーを感じ、余計に何を言っていいか分からなくなる。
「え、えっと……その……なんと言うか……『フォーチュンキャット』です……」
真がそこまで言うが、そこから言葉が出てこなくなる。数秒の間を置いて、困り果てた真のことを察した周りの人達が『よろしく』と言って疎らに拍手をした。
「よろしく頼むな。んでだ、運搬のメンバーなんだが、俺はまた遠征に行くから、千尋、お前がリーダーとして先導しろ」
本題に戻った信也が指示を出す。真が困惑していたことについてはまるで気にしている様子もない。取りあえず何らかの形で挨拶をしたということで終わらせている。
「了解した」
千尋が指示に了承する。マスターである信也が遠征のために不在にするのであれば、サブマスターである千尋が引っ張っていくのは当然のことだった。
「あとは……小林と園部、お前らは『フォーチュンキャット』と知り合いだったよな? 同行してくれるか?」
「分かりました」
「ええ、いいわよ」
信也の指示に対して小林と園部が快諾する。もし、信也が指名をしなくても小林と園部は手を上げるつもりでいたのだ。
「それと、誰にするかな……。俺と一緒に遠征に行く奴は抜いてだな……行きたい奴はいるか?」
信也が物資の運搬を希望する人を募る。王都グランエンドからシース村までは距離があり、しかも『テンペスト』が支配する対人戦エリアを通らないといけない。通行料を支払うので安全なのだが、それでも『テンペスト』の連中と顔を合わせるのを嫌がるメンバーもいる。そのため、支援物資を届けるという活動目的の結果を出せる役割も最近では人気がなくなってきた。ところが……。
ハイッ! ハイッ! ハイッ! と一斉に手が上がる。そのほぼすべてが男性のもの。『フレンドシップ』の男女比は5:5であり、ここのいる男性全員が手を上げている。
「仙田、お前は俺と遠征に行くんだろうが! 手を下げろ!」
「信也さん……こんなチャンス滅多にないんだよ!? 遠征の件、何とかならないか?」
仙田と呼ばれたエンハンサーの男が懇願するように信也に頼む。
「ダメだ、お前がいないと誰が回復するんだよ? 遠征のメンバーからは外せない」
「あぁ、そうなるよな……分かったよ……チクショウ」
仙田は美少女達に同行することを諦めざるを得なかった。もっと早い時期に美少女達と近づける機会があることが分かっていれば遠征に参加するなどと言わなかった。
「じゃあ、今手を上げてる奴が今回の支援物資の運搬係だ。今回は量が多いが、これだけいれば足りるだろう。残りは支援物資の買い出しに行ってくれ」
信也の指示に『フレンドシップ』のメンバーは快諾する。こうして、海賊討伐の報酬による支援物資を届ける手はずは整ったのである。