海賊討伐 Ⅲ
海賊船を肉迫して囲むセンシアル王国軍の船と商会連合の船からは、驟雨のように弓矢と魔法が飛んでくる。
死の恐怖など感じることのないスケルトンの海賊は、腕を捥がれようが、足を飛ばされようが関係ない。ただ、生者の魂を貪るために邁進する。まるで光に群がる蟲のように愚直に向かってくる。
「クソッ……結構多いな」
真が愚痴をこぼすのは、斬っても斬っても次々とスケルトンの海賊が現れること。確かに巨大な海賊船ではあるが、これほどの数のアンデットを乗せておくことができるのだろうかと疑問に思うほど。
船上はすでに乱戦状態。センシアル王国軍のNPCや今回の依頼を受けた現実世界の人が入り混じってスケルトンの海賊と戦っている。後方からはビショップが必死に回復をし、強化スキルを途切れさせないようにエンハンサーも気を配っている。
<ショックウェーブ>
真が大剣を振り下ろすと、獣の咆哮のような激しい剣圧がスケルトンの海賊達をなぎ倒す。
ベルセルクの攻撃スキルであるショックウェーブは一直線上にいる敵を巻き込んでダメージを与える。攻撃範囲は直線状に限られるが、その分威力は高い。今のような乱戦状態であれば、一直線上であっても巻き込める敵の数は多い。
「蒼井真……お前は一体何者なんだ……?」
千尋が戦いの場に不釣り合いなほど不思議そうな顔で真を見ている。スケルトンの海賊の数は多いが、真がいる一画だけは、切り取られたように敵がいない。とは言っても、すぐに沸いてきたスケルトンの海賊が押し寄せてくる。それを、一瞬で蹴散らす。ということの繰り返し。
「いや、まぁ……普通のベルセルク……?」
どう答えていいか分からない真が苦し紛れに返事をする。
「おい、千尋。そんなことどうでもいいだろう! 今は海賊どもに集中しろ!」
「ああ、分かった」
信也にどやされて、千尋が引き下がる。信也の声は大きく、きつい感じもするが、千尋はまるで気にしている様子はない。今の状況では信也の言っていることが正しいと理解して素直に受け止めている。
「うわあああああーーー!!!」
突如、騒然とした船上に悲鳴が響き渡った。
「!?」
悲鳴に反応して、真や信也、千尋も声の方向へと振り向いた。
「キ、キールだ! キール・ザ・スラッシャーだッ!」
悲鳴を上げたのはセンシアル王国軍のNPCだった。真が振り向いた時には既に一人のNPCが倒れていた。そして、キール・ザ・スラッシャーの名を叫んだNPCもすぐに甲板の上に倒れ込むことになる。
海賊の船長がかぶる三角帽にボロボロのコート。両手には二刀の巨大なシミターを構えたスケルトン。その身の丈は他のスケルトンの海賊よりもさらに大きく、4メートルはあろう巨体。かつてこの海に恐怖と悪名を轟かせたキール海賊団の船長、別名キール・ザ・スラッシャーがその凶刃でNPCを手に掛けたところだった。
「ようやく大将のお出ましか!」
信也がキールを見上げる。信也も巨漢の方だが、相手は巨人族の末裔。大きさは人の比ではない。だが、信也が恐怖を感じているようには見えない。
「あいつは俺がやる」
「ああ、任せたぜ」
真が大剣を構えて一歩前に出ると、そのまま走り出した。キールの顔は表情のない髑髏だが、その顔は憤怒に満ち溢れているように見える。眼球の無い目からは鋭い殺気が放たれるのを真は肌で感じ取っていた。
<レイジングストライク>
真は走った勢いからそのまま飛び上がり、獲物を狙う猛禽類のような鋭い斬撃で一気にキールとの距離を詰めた。
他のスケルトンならこの一撃で終わる。だが、キールは倒れない。海賊とはいえ、船員を束ねる長としての意地ともプライドとも言えるような強さで強烈な真の一撃に耐えた。
「---!!!」
キールは大きく口を開けると両手を振り上げて、手にしたシミターを一気に振り下ろした。
「うわッ!?」
甲板ごと叩き割るかのような剛撃に真が慌てて後ろに飛び退く。だが、キールはそこからさらに追撃を入れてくる。
キールは横薙ぎに片手のシミターを振り、それを真が避けるともう片方のシミターが追いかけてくる。それも真が大剣を盾にして防ぐ。
キールの放つ斬撃は雑だが鋭い連撃だった。おそらく反撃されることを想定していない、攻撃一辺倒の剣技だからだろう。敵を斬ることだけに集中している。この攻撃方法で幾多の屍を築いてきたのだろう。スラッシャーの名前は伊達ではないということだ。
「ブチギレてるようだな」
声帯のない髑髏でも、口を大きく開けて放たれた斬撃から、何を言ったのか想像ができる。具体的なことまでは分からないが、かなり汚い言葉で罵られたということは声がなくても伝わった。
<ソニックブレード>
キールの連撃から一旦距離を取った真が大剣を振ると、真空のかまいたちが見えない刃となって敵を斬りつける。
<クロス ソニックブレード>
更に大剣を十字に斬るようにして振り払う。ソニックブレードから派生する連続攻撃スキルのクロス ソニックブレードが音速の刃となってキールに襲い掛かる。
甲高い音を鳴らしながら飛んでくる見えない鋭刃の直撃を受けたキールはそこで動きを止めた。睨み付けるようにして真を見ている。
じりじりとにじり寄るようにして、キールが真との距離を測る。
(こいつ、モンスターのくせに戦闘の駆け引きができるのか)
以前戦った巨大なドラゴン、ドレッドノート アルアインは駆け引きや計算など微塵もなく、ただ圧倒的な暴力をぶつけてくるだけの相手だった。あの巨体でそれをやられると確かに脅威ではあったが、その分単調な行動で、真にとっては戦闘をパターン化することができていた。
だが、キールは間合いを測って攻撃のタイミングを狙っている。攻撃ができるとなれば、反撃を考慮しない捨て身の連撃を加えてくるだろう。
(だけど、俺はそれに付き合う必要なないんだよッ!)
真は心中で叫ぶとバネを開放したように飛び出し、キールの懐へと距離を詰めた。
<スラッシュ>
猛然と走った姿勢からそのまま踏み込みの一撃を加える。
<シャープストライク>
切り返す刃で鋭いに連撃を放つ。スラッシュから派生する連続攻撃だ。
懐に飛び込まれたキールは右手のシミターを真に目がけて振り下ろした。だが、真はその攻撃に対して回避行動はとらない。
「反撃を無視するってのは、お前だけの戦い方じゃないんだよ!」
真が獰猛な笑みを浮かべて声を上げる。駆け引きをしてくる相手に対して、こちらも素直に駆け引きに応じる必要はない。ただ敵を倒すことにだけ傾倒する。それがベルセルクの戦い方だ。
<ルインブレード>
キールの正面にルーン文字と幾何学模様の魔方陣が現れると、その魔方陣ごと斜めに両断するようにして大剣を振り下ろす。
ルインブレードはスラッシュ、シャープストライクから続く連続攻撃の三段目。攻撃とともに敵の防御力を下げる効果がある。
「--ッ!?」
攻撃を受けても怯みもせず、連続攻撃を放つ真に対して、キールは攻撃の手を止めて後方へと大きく跳躍した。
<レイジングストライク>
後方へ飛び退いたキールの動きに合わせて、真がスキルを放つ。丁度、初手で使用したレイジングストライクの再使用時間が経過したため、もう一度、一気に距離を詰める。
「--!!!」
キールはしつこく纏わりついてくる真に苛立ちの声を上げているのだろう。空を仰ぎ、雄叫びのように口を開ける。
すると、周辺で戦っていた部下のスケルトンたちが一斉にキールの元へ駆け寄ってきた。人間の耳には聞こえないのだろうが、キールの雄叫びによって緊急招集されてきたスケルトンの海賊たちが真へと群がる。
<ソードディストラクション>
真は向かってきたスケルトンの群れにタイミングを合わせて、空中で斜めに一回転するように体ごと大剣を振るう。
そこから放たれる破壊の権化ともいうべき、強烈な衝撃が夜の船上を震撼させる。ソードディストラクションはベルセルクが持つ範囲攻撃スキルの中では最強の攻撃力を誇り、しかもスタン効果まで付与されている強力なスキルだ。
破壊の衝動を形にしたような斬撃により、キールが呼び寄せたスケルトンの海賊は一網打尽にされた。
「--…………」
ソードディストラクションの直撃を受けたキールはガクッと膝が折れる。それでも、まだ戦いは終わっていないと言わんばかりにシミターを甲板に突き刺して立ち上がろうとするが、そこで腕も折れる。
そして、そのまま腐った木のように崩れると、二度と立ち上がることはなかった。