プロローグ
1
深夜午前3時。世界はほぼ寝静まっている時刻。町の中を照らすのは街灯と、まだ寝ていない民家の部屋の明かりだけ。
蒼井 真、25歳(男性)は高校2年生の時に出会ったMMORPG『World in birth Online』にハマッてから学校には行かなくなった。MMORPGとはネット回線を利用したゲームの一種であり、見知らぬ大勢の人と交流しながらストーリーやダンジョンを攻略していくゲームだ。広大で美しいゲームの世界で色々な人との出会いがあり、冒険があり、達成感がある。どれだけゲームをやり込んだかがその世界での評価に直結し、誰よりも強くなりたい、誰もが欲しがる装備が欲しい、誰よりも早く攻略したいという思いが真をますますゲームの世界に引き込んでいった。
その結果、高校は中退し、その後はほとんど家でゲームをし、仕事もしていない。そんな生活を続け生活リズムはずれて昼夜逆転した生活になっている。当然彼女もいない。いたことがない。
父と母は真が中学の時に離婚した。今は母の収入で生活をしている。母は真に何も言わなかった。離婚したことの責任を感じているのだろうか、自分の育て方が悪かったと思っているのだろうか、分からないがとにかく何も言ってこない。
だが、真は今そんなことを考えている暇はない。パソコンの画面を見つめて意識を集中している。画面に映っているのは中世西洋ファンタジーをモチーフにした『World in birth Online』の世界。灰色の肌をした筋肉隆々のキャラクターが赤く染まる大剣を背負って仲間と会話をしている。これが真の使っているゲーム内でのキャラクターだ。真が使うキャラクターはゲーム内ではギガント族という種族で、大柄で巨人族の末裔という設定だ。見た目がゴツイことから使用する人は少なく、マイナーなキャラだ。だが、真はそんなギガント族が好きだった。他の人があまり使わないものを使いたい。見た目も嫌いではない。強そうでかっこいいと思う。仲間からゴリラと言われても誉め言葉だと思っている。
レイヴァン:[準備はいい?]
ロクソー:[おk]
ちーたら:[おk]
ネメシス:[待って、装備変える]
ニャンタン:[いいよー]
ヴォン太:[ほいよ」
このヴォン太というのが真が使うキャラの名前だ。モニターに映るチャット画面を見ながら真がキーボードを打って会話をしている。
今、真達がいるところは、現バージョンでの最難関コンテンツ、『神々の塔』の最上階の一歩手前。最新のバージョンアップで実装されたのが一カ月前。未だにこのダンジョンの最終ボスを倒して完全攻略をした者はいない。真も十数回挑戦しているが、まだ勝てない。
ネメシス:[お待たせ。おk]
レイヴァン:[じゃあ、いくよー]
ヴォン太:[うい]
レイヴァンと名乗るギルドのマスターを先頭にして最上階に続く扉を開ける。この扉を開ければダンジョンの最終ボスとの戦闘が始まる。
パソコンのモニターにはボスの登場シーンのムービーが流れ始めるが、即座にスキップで飛ばす。
画面に映っているのは真っ白な大部屋にいる真を含めた6人の勇者たちの姿。全員がレベル100。それぞれが持っている装備は現状手に入る物の中でも最上級の物をさらに限界まで強化している。真も苦労して手に入れた武器『インフィニティ ディルフォール グレートソード+10』を手にしている。これは真の使うキャラクターの職業である『ベルセルク』が装備できる武器では最強の物であり、『深淵の龍帝 ディルフォール』を何度も討伐してようやくドロップした逸品をさらに最大強化した物だ。
その6人が見つめる先には巨大な天使。体は銀色の金属色をしており、翼は真っ黒で体の倍はある大きさをしている。顔に表情はなく、丸い鏡のような頭部が周りの景色を反射するだけだった。これが未だ誰も攻略したことのない最強のボス『調律者 ラーゼ・ヴァール』だ。
レイヴァン:[今日こそ勝つぞ!]
ニャンタン:[おおー!]
ロクソー:[俺この戦いが終わったら(ry]
ちーたら:[www]
レイヴァン:[GO!]
十数回目の戦いが始まった。何度も負けている相手だが、ネットの情報を集めて攻略法を話し合い、徐々にその牙城を崩してきている。ボスの攻撃パターンを頭に入れて常に最善の動きをする。誰か一人でも失敗すればそれは全滅に繋がるため少しのミスも許させれない。
前半は慣れたものでボスのHPの50%までは大きな被害もなく順調に進んだ。だが、問題はこれから。このボスはHP50%を下回ると攻撃のパターンが変わる。姿も翼が二枚から4枚に増える。通称4枚モードと言われる段階だ。攻撃力が上がり、ボスの部下が数体出現する。
これも何度も経験している。各自が最善の動きをして出来レースであるかのように乗り切る。
ボスのHPが25%を切ってからは更に凶悪化する。ボスの翼の数が6枚になる。6枚モードと言われるこの段階を乗り越えた者が誰もいないのである。
ボスの理不尽なまでに強烈な攻撃が旋風の如く吹き荒れる。高額なアイテムも惜しみなく使って全員が必死で食らいついていく。だが、
ネメシス:[ごめん;;]
最初にやられたのはソーサラーのネメシスだ。魔法攻撃による超火力が持ち味のソーサラーであるが、撃たれ弱いのが弱点で真っ先にやられることが多い。
火力職が一人沈んだことによって戦闘が長引けばそれだけジリ貧になっていく。更に強烈なボスの攻撃にさらされて回復役であるビショップのニャンタンの回復も追いついていない。
そして、一人、また一人と倒れていく。だが、ボスの残りHPも僅か、このまま押し切れるかどうかギリギリのラインであった。
最後に残ったのは真が使うキャラクター。ベルセルクは高い近接攻撃能力を持っており、HPが少ないほど攻撃力が上がるスキルを持っている。ほぼ壊滅状態で残りのHPもごくわずか。真は祈るようにしてスキルを連打した。
突然、ゲームの画面がムービーに切り替わり、『調律者 ラーゼ・ヴァール』が雄叫びを上げながら崩れていった。
「っしゃあああああーーー!!!」
真がパソコンの画面を見ながらガッツポーズをした。心臓がバクバクいって手には汗が滲んでいる。
ヴォン太:[やったあああああああああーーーー!!!]
真が興奮した状態でチャットを打つ。挑戦すること十数回目。ようやく最強のボスを倒すことができた。
ロクソー:[うおおおおおおおおおおーーーー!!!]
レイヴァン:[ヴォンさんGJ!!!!!]
ニャンタン:[ドロップは何が出た?]
興奮状態冷めやらぬ状態だがボスを倒したら良いアイテムを落とすはずなので、何を落としたのか確認する。これが一番の楽しみと言ってもいい。ただ、絶対に欲しい物を落とすとは限らず、どちらかと言えばいらない物を落とす方が多かった。
ヴォン太:[こ……これはっ!?]
ちーたら:[そういうのいいから早くwwwww]
ヴォン太:[ハズレwwwwwゴミばっかりwwwww]
ネメシス:[あららwwww]
ボスは高価な物を落としてはいるが、最高の装備で固めた真達にしてみれば特に必要のない物ばかり。売れば金になるのでゴミというわけではないが欲しい物はなかった。
レイヴァン:[倒せたからいいじゃんwまた倒しに来ようw]
ニャンタン:[だねw]
ロクソー:[それじゃあ、俺は落ちるね。お疲れー]
ヴォン太:[俺も落ちるわ、お疲れ]
チャットで挨拶を済ませた真はシステムを起動してログアウトした。ゲーム開始画面に戻ってきたので、あとはこのままゲームを終了させればいい。
(ん?なんだこれ?)
ゲーム開始画面に戻ってきた真はいつもと違う物が写っていることに気が付いた。画面の中心に手紙のアイコンが大きく表示されている。アイコンの下に表示されている説明からゲームの運営からのメッセージであることが分かった。真はとりあえずメッセージを開いてみることにした。
― 調律者 ラーゼ・ヴァール討伐おめでとうございます。あなた様は、World in birth Onlineにおいて、調律者 ラーゼ・ヴァールに止めを刺した最初のプレイヤーです。つきましては、特別報酬として、World in birth Onlineの続編に当たる新作ゲームで使える特典を贈呈させていただきます。特典は次の通りにです。①レベル及びスキルの引継ぎ。②装備の引継ぎ。③一部アイテムの引継ぎ。④専用アバターの付与。以上の4点になります。特典を受領されますか? ―
➡ はい いいえ
「おおおおおーー!!!何?続編!?WIBOの新作出るの!?まじか!?」
真は迷わず『はい』を選択した。World in birth Onlineの新作が出るなんて情報は見たことがない。だが、運営からのメッセージで続編に当たる新作のことに触れている。しかも、レベルや苦労して手に入れた装備を引き継いでプレイできるという。新作ゲームでいきなり強くてニューゲーム状態になるということだ。
時刻は午前4時前。最難関コンテンツをクリアしたことと、その報酬と続編の情報を得た真は興奮状態になっていた。誰かにこのことを話したいが信じてもらえるだろうか。今からゲームに戻ってもおそらくみんな落ちている。
「まぁいい。寝るとするか」
いつもより少し寝る時間は早いが、良いことがあったため今日はこれで寝ることにした。若干興奮していて寝るのに時間がかかりそうだが、良い夢を見れそうな予感がした。
2
その日の正午。いつもと変わらない晴れた日の昼。サラリーマンが主婦が学生が、それぞれに昼休みを取ろうとしている最中、それは突然起こった。
― 皆様、本日正午を持ちまして『World in birth Real Online』を開始いたします。 ―
外から大音量で聞こえてきた声に驚いて真は目を覚ました。どこから聞こえてきたのかは分からない。ただ、大きな音で声が聞こえてきた。
それが、狂気の始まりだった。