第九話 七月三日(四)
「破城槌だ!」
ディナの叫びでクックが跳ね起き、ディナとナウルの間に割り込んで状況を確認した。
さきほど声を上げたグイムが犬のように吠える。それを合図に破城槌である丸太が塔の壁を破壊しようと突進を始めた。
木が軋みをあげて砕ける重々しい音が下から突き上がってきた。
間髪入れずに二度目の破城槌の攻撃が足元を震わせた。塔がはっきりと揺れるのを感じた。
「ずいぶんと知恵をつけたな」
皮肉交じりにナウルが吐き捨てた。
三度目の振動が空気を震わせた。
ディナは弓矢を取り出したが、外は暗く、また真下では角度悪く矢を射ることができなかった。四度目の攻撃が壁に叩き込まれる。丸太程度の破城槌で壁がそう簡単に破壊されるとは考えられなかった。しかし、そういった慢心がこれまでの敗北を招いてきたのではないのか、と思い直す。
唇を噛む彼女の肩を叩き、クックが右手の人差し指で上を指示した。剣を持って彼はハシゴを上っていく。ディナとクックは無言で後に続いた。
屋上に出て、クックは三角屋根を支える柱の一本に長剣を叩き付けた。
「何をする気なんだ」
ナウルが問いかけたが彼は答えずに黙々と柱を削る。
ディナはクックの意図を理解した。
「屋根を落として潰すんだ」
ディナが代わりに答えた。手斧を取り出して、力を入れずに大きく振りかぶって柱を削る。修道院で長いこと薪割りをしてきたお陰で木を切るのは慣れていた。
冷たい湿気を孕んだ風が強く吹き始める。
ほどなくして雨が降り出した。
四隅の柱を削り終えてクックはその内の一本を蹴りつける。最初はゆっくりと、次第に加速度を上げて屋根は傾く。柱が折れ、破城槌もろとも周囲にいたグイムを巻き込んで屋根は地面に叩きつけられて砕けて飛び散った。
指示を出していたグイムもその下敷きになった様子で、残った連中はしばらく不安げにうろつき回った。それから不意に全員が動きを止め、一斉にディナたちを仰ぎ見た。
ディナは総毛立ち、思わず後ろに退いた。
「来る」
ディナの悲鳴に近い予言どおりに、グイムは壁をよじ登り始めた。多くが途中で脱落して地上の仲間の頭上に落ちていったが、意にも介せずに丸太のわずかな隙間に手をかけて着実に近づいてきた。
「冗談だろ」
「ナウル手を貸して!」
縄を切ってディナは手すりをばらし、ナウルと協力してグイムに向かって落とした。
グイムは何度叩き落されても諦めずに、味方を踏み台にしてでも見張り台を目指す。最後には手すりは綺麗さっぱりなくなり、蹴り落とすしか術がなくなった。しかし四方から一気に来られては対処の仕様がない。
クックが、いまだ抵抗を続けようとするディナとナウルの首根っこを掴んで、三階に放り込む。自分もすぐに下りて蓋を閉めて鍵をかけた。天井が踏み鳴らされて埃が降ってくる。
「なんて無茶をしてくるんだろう」
「指揮官をやられて怒ったんじゃないのか」
ナウルは息を整えながら言った。
「グイムに指揮官がいるなんて聞いてない」
「私もさ」彼は言った後、少し思案した様子で俯いた。「昼に生まれた中に頭のいい奴がいたのかもな。葦毛馬から白馬が生まれたりするだろ」
「そんなのが大勢生まれでもしたら……」
あまり考えたくない未来だった。討伐隊の死体を喰らった彼らは万を越える数になっているだろう。こちらに攻めてきた人数から察すれば、そのほとんどは今も東の砦で留まっているか、王都に向かったはず。武器も持たず、統率も取れていないのが唯一の勝機だというのに、それさえも失うことになる。
窓にはグイムが挟まっていた。爪の伸びた無骨な赤黒い手を突き出し、窓枠に無理やり顔をねじ込んでブチブチと嫌な音をさせて頬の肉を削り落としても、そこを通り抜けることは叶わなかった。ナウルが槍を持ち出して突き落とした。彼はそれからも際限なく現れるグイムに対処していたが、仕舞いには槍が折れて穂先ごと持っていかれた。
クックがグイムを蹴り落として、次々と窓を板戸で塞いだ。
激しい雨音が塔を叩いた。