抱擁
『ふむ。そういえば其方には詳しい事は何も話してなかったの。
…烏天狗。
彼女と話す場を確保しておくれ。頼む』
『はっ、仰せのままに。
小娘!
くれぐれも時雨様に迷惑をかけるでないぞ!良いな!!』
烏天狗はそう捨て台詞を残すと風のように去って行った。
「まるで嵐のような人だね。いや、人という表現であっているのか?」
『ほっほっほ。
我ら妖怪と人間は少しばかり違うだけで根本はあまり大差ない。
我らも家族を持ち、働きながら暮らしておる。
ちと見目が人と違うだけじゃ。
そうじゃろ?』
「…へぇ。そうなんだ…って、なんでそんなにニコニコしてるの?」
時雨は先ほどからニコニコと私を見てくる。
さっきまでは普通だったのに、今はとても嬉しそうだ。なんで?
『いやいや、其方が我ら妖に興味を持つことが嬉しくての。
思わず頬が緩んでしまったようじゃ。』
「ふーん、嬉しいんだ…」
私の中の切り替えが早いのか、少なからず彼らに興味を抱いている。
いったい彼らはなぜこの街にいるのか。私が選ばれた理由とか。
気になる事はたくさんある。
『そろそろ場所も空いたじゃろ。ほれ、向かうかの。』
時雨は目の前の大きな屋敷の敷居をまたぐ。
私はそんな彼についていくのだった。
…通された部屋は庭のししおどしが良く見える風情のある場所だった。
『やはり我が家は落ち着くの。』
いきなりくつろぎだした時雨。
だが私は広い部屋に慣れずにいた。
『ほっほっほ。
なんぞ緊張しておるの。
どうした。慣れぬ場所じゃからか?』
「…まぁ。」
おまけに口数も減ってしまった。
『ほっほっほ
どれこっちへおいで。』
コロコロ笑いながら、手招きしている時雨の元へ近づくと
「わっ!」
手をぐいっと引っ張られ、気づいたら彼の腕の中にいた。
…抱きしめられているのだと認識するのに数秒かかった。
「!?」
これは、意識すると、なんだか恥ずかしい…ッ
頬が熱い。今きっと私は茹でたタコのように真っ赤になっている事だろう。
そんな私には気づいていないのだろう。
『柔こいの、其方は…
そして折れてしまいそうなほど細い。』
彼は確かめるようにそう呟く。
そして
ギューっと、潰れるんじゃないかというほど抱きしめてきた。
それはとても心地の良いものであった。
そう、まるで護られているかのような…しかし
「し、時雨…っく、くるし…っ」
力が強すぎて、私は酸欠状態になりかけた。
『おっと、すまんかったの。大丈夫か?』
「だ、大丈夫…っ」
『ふむ。緊張も解けたようだし、早速話をしようかの。』
ニッコリ、笑顔を浮かべた時雨。
嗚呼、本当だ。いつの間にか随分と緊張もほぐれている。
これを狙って、彼は私を引き寄せたのだろうか?
…そうかもしれない。
この男はどこか飄々としていて掴みどころがない。
…本心をそう易々と見せるものかと。そんなことを思ってそうなんだよね…
「…先が思いやられる…かも…」
『ん?
どうした?』
「ううん、なんでもない。」
彼の事を少しずつでいい。知っていけたらいいなと、思えるほどには彼に心を開いているのかもしれない。