烏天狗
それから数日後、私は無事病院を退院した。
…母親はあれ以来お見舞いにも来ず、退院の迎えにも来なかった。
『…やはり迎えは両親がよかったかの?』
時雨は車の中でそう問いかけてきた。
妖である彼が車を運転することに驚きを感じたが、人型になって紛れている妖たちは多くいるらしい。
そして彼らは人間として生きていくため、車の免許を取ったりしているようだ。
「…ううん。
来てもらっても、たぶん私はあの人たちと目も合わせないと思うよ。」
最後の見舞いの日、私は泣いた。
そして多分、涙と一緒に彼らへの感謝や愛情が消えてしまったようだった。
その証拠に彼らに会いたい気持ちはこれっぽっちも湧かない。
時雨にそのことを話すと、彼はなぜか嬉しそうに笑っていた。
その理由はよくわからなかったが…
『…ほれ、ここじゃ。』
「…へ?」
ここじゃ。と言われて連れてこられた場所は
老舗旅館のような大きく立派な日本家屋の前であった。
『ここがこれから其方の住む家じゃ。
…む?
どうしたのじゃ、そんな間抜けな顔をしおって…』
「いや、だって…大きくない?」
『大きくて当たり前!
この方をなんと心得る!
妖怪頭の一角、大妖九尾の狐の時雨様でござるぞ!』
突然、私と時雨以外の声が聞こえたと思うと、黒い何かが私の目の前に現れた。
なんだ、このちっこいのは。
「えーっと…」
『なんじゃ。烏天狗
お主、こんなところにおったのか。』
烏天狗と呼ばれたその黒い物体は、グワッとそれはそれは大きく目を開き今度は時雨に掴みかかる勢いで突進していった。
『当たり前でございます!!!
時雨様のいるところに烏天狗あり!
例え火の中水の中!!!
いつまでも、どこまでも!!お伴しますとも!!!』
『うーむ。
…少しばかり重いの。お主の考えは…』
あの時雨も呆れ顔である。
「あの、時雨?
彼は一体なんなの?」
『小娘に名乗るのも忍びないが、仕方ない。
応えてやろう!
我が名は烏天狗!
時雨様の右腕である!ちなみに小娘!貴様のことも認めてはおらぬぞ!!』
『…おほん。
えー、先ほど本人から紹介があったがの。彼は烏天狗と言って天狗一族である。
其方も、天狗とはどんなものかは知っておろう?』
「えーっと、神隠し…だよね?
小さな子供が山に迷い込むと天狗が現れて攫ってくって聞いたことあるよ。」
『神隠しをする種もおるが、我は違う!
気高き大妖様の手となり足となりその方に忠誠を誓ったのだからな!』
『…烏天狗は昔ちーとばかし悪さをしての。
それを懲らしめてから我に忠誠を誓ってくれておるのじゃ。
む?これこれ。
なぜそんなに複雑な顔をしておるのじゃ?』
複雑な顔にもなる。
右腕?ってことは何。時雨には何人かの家臣みたいなのがいるってことだよね?
それってまさか、この屋敷に…?
「あのね、正直に答えて。
この屋敷は何?
そもそも妖怪頭ってなに?!
時雨も一体なんなの?
っていうか、全てが何?!」




