優しい人
「ッ!?」
『…もうよい。我の前でその様に気丈に振る舞うことはない…
今までよう頑張ってきたの。
もう1人で抱え込まなくてもよい。
今は心ゆくまで、本能のままに我の胸でお泣き…
大丈夫。我以外、ここには誰もいない…』
「ーーっう…うぅっ…ッ!!」
それでも光希は、声をあげて泣くことはなかった。
ただ声を押し殺す様に、時雨の胸に顔を押し付け…泣いた。
時雨はそんな光希を愛おしそうに抱きながら、背中をぽんぽんと優しく叩く。
『大丈夫』『よく頑張った』そう言いながら…
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「ーーーズズッ」
どれほど涙を流したのだろうか。
時間の感覚もわからない。数分かもしれないし、数十分かもしれない…
どれほどかはわからないが、時雨はただ静かに私の背中を優しく叩いてくれた。
それはとても心地よく…
私は本能のままに泣いていた。
…なんで、こんなに優しくしてくれるのだろうか。
彼は人間ではない。それなのに、ただの人の子である私に…出会ったばかりの私に…彼はとても優しい。
「…なんで…」
思いは気付けば声に出ていて…
『…ん?』
「どうして、優しいの…?」
胸から顔を離し、時雨の瞳をじっと見つめる。
彼も同じ様に私を見つめ、そしてふわり、初めて見るような優しい笑みを浮かべた。
『なぜ…など、理由は1つしかなかろう。
其方は我の妻となる女じゃ。優しくしない理由が見つからぬ。そうじゃろ?』
私の目尻に溜まった涙を彼はその綺麗な指で拭いながら、なんてことないように言ってのけた。
あ、そうかも。
なぜかこの時、私はすんなりとその言葉を受け入れていた。
泣きすぎて、思考回路がぐちゃぐちゃになったとしか思えないけれど。
この優しい人の妻も悪くないかなーなんて、のんきに考えていた。
そして何をトチ狂ったのか私は…
「…いいよ。
貴方のお嫁さんになっても。」
時雨という妖怪を、受け入れてしまった。
そして時雨はなぜか…
『ーーー…ッ!?!?』
顔を真っ赤にして私を見ていた。
さっきからあんなに恥ずかしい言葉をつらつら言ってたのに、なぜこんなことで紅くなる。
「ねぇ。」
『なんじゃ。』
「なんでそんなに真っ赤なの?」
『こ、これは…
いや!違う!真っ赤などではない!
太陽じゃ!夕日に照らされてるだけじゃ!しかしこの部屋は暑いのう!
ほれ、えあこんというやつを使うべきではないか!?』
「いや、そこまで暑くないし。
そもそも日はもう落ちてるから夕日とかないよね?」
『むむっ』
「むむって…
何言ってるのよ…ふふっ」
『ーーー…やっと笑ったの…』
あぁ、私笑えたんだ。
まだ、笑うことができたんだ。
時雨に言われて気づく。
あぁ、今日はなんだか時雨に助けられてばかりな気がする。
ほっと、安心したらなんだか眠くなってきた…
『…眠るのか…?』
「…ん。
ちょっと、眠い…おやすみ…
…時雨」
一気に押し寄せてきた睡魔に抗うことはできず、私は意識を手放した。
手放す少し前『おやすみ…光希殿…』と、名前を呼ばれたのと額に感じた柔らかい感触は夢であったのか…それとも…