時雨side
“置いてなど行かぬ”
…となぜか言えなかった。あんなに待ち望んでいたはずなのに。この娘との再会を。それなのになぜ…
『(なぜ、こんなにもこの声の先にいる者を愛しく思うのだ‥)』
もう一度。声が聞こえた。嗚呼、すまないハルよ。我はまだそなたの元には行けぬ。
『…ハル。すまない‥我は…』
我の血で汚れたハルの手をそっと握る。すると彼女は何かをつぶやいた。
『…?ハル、どうし…『行かせない!!!』
顔を勢いよく上げたハル。しかしその双眼には闇のように深く暗い空洞が広がっていた。
『な、ぜ…』
『時雨、なぜ私を置いていくの?あの時、私は貴方のせいで命を落としたというのに‥!あなたは忘れてしまったの?!あなたのその手は私や、自身の親兄弟の血で汚れていることを。あなたが愛したものは、必ず命を落とす。私のように…!』
ハル‥いや、ハルであったものはそう言ってまるで縋り付くように時雨に詰め寄る。
『あなたは決して幸せにはなれない!あなたの周りにいる者もいつかは貴方のせいで死んでいく。呪われた妖狐である貴方のせいで!!』
『…っ!』
先ほどまで緑豊かな情景が広がっていたその場所はいつの間にか闇に覆われていた。自分が闇と同化してしまいそうな、そんな錯覚まで起こしそうなほどの、闇。
『さあ、ともに逝こう。』
ハルであったものに手を引かれる。
嗚呼、もうこのまま闇に溶けてしまった方が良いのかもしれぬ…
そっと、目を閉じ誘われるまま闇に溶けようとした、その時であった。
『ぎゃあああぁぁぁああああああ!!!!!!!』
天を裂くような悲鳴と共に「時雨!」と我を呼ぶその声が聞こえたのは。




