雨の日
私が一体何をしたというのだろう。
両親は歩けるようになると聞いて喜んでいたが、私は喜べなかった。
だって、もう走れないのだ。
広いグラウンドを、もう2度と。
風を切るように、あの快感を…もう、味わえないのだ。
それからはほとんど無気力であった。
病室から、外を眺めるだけの生活。
両親はそんな私を見ていられなかったのか
徐々に面会が少なくなっていった。
それを悲しいとは思わなかった。
感情が欠落したような感覚。
でも、走れないという現実を見ると不思議と涙が出てくる。
ポロポロも、頬を伝い白い布団を濡らしていくのだ。
…私はなぜ、こんなに泣いているのだろうか…
なぜ、こんなに胸が締め付けられるような気持ちになるのだろうか…
なぜ…
「ーーーー…なぜ、生きているの…?」
『ーーーー…それは、其方が生きたいと願ったからじゃ。』
それは、姿なきところから現れた。
深い紫色の着物を身に纏った、顔立ちの整った長身の男性。
彼の纏う雰囲気は、人間のものとは思えないほど妖しさに満ちていた。
「…貴方は、誰?」
私の問いかけに
その男は妖しい笑みを浮かべ…
『我が名は時雨
其方を死の淵より助け出した者じゃ。』
時雨と名乗るその男は、ゆっくりと私に近づいてくる。
なぜ何もないところから現れたのか?
そんな事は頭になかった。
ただ…
「私なんて、助けなくてよかったのに…」
すると時雨はピタリと歩を止め、苦虫を噛んだような、そんな表情を見せた。
『つまらん女に成り下がりおって。
我は其方が生きたいと、無様に生にしがみついたその姿が美しいと思ったから助けたのじゃ。
お主のように生きながらにして死んどるような人間に興味など惹かれぬ。』
嫌悪、侮蔑、様々な負の感情を時雨は私にぶつけてきた。
私は、ただでさえ絶望を感じているのに。この男は…
お互いに運が悪かったのだろう。
時雨は私の事情を知らなかったこと。
私は、こんな体になってしまったこと。
理不尽に感情をぶつけられた私は…
キレた。