夢
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その日、私は夢を見た。
夢の中で私は、2人の人物を見ている。
着物を着た男女。
女性の顔はしっかりとわかるのに、男性の顔はモヤがかかっているようでよくわからない。
その女性は美しかった。
少し気の強そうなつり上がった瞳。化粧っ気はなかったがどこか利発そうな顔立ちだった。
そして、男性に向ける表情が…とても美しかった。
2人は恋仲なのだろうか。仲睦まじい姿が眩しかった。
…なぜ、私がこんな夢を見ているのだろうか…
その疑問が脳裏に浮かぶ。
でもそれを解決する手立ては私にはない。
どれぐらい2人の姿を見ていただろうか。
急に体がゆっくりと引っ張られる感覚に陥った。
嗚呼、目覚めるのか。
そう理解した時、場面が一変した。
次に見たのは先ほどとは違う闇に包まれた情景だった。
何故?
何故今度は夜に…?
その思いとともに、突如走った腹部の激痛。
反射的に痛みのある場所を抑えると、ヌメッとした感覚が私を襲った。
「?!」
私は何故か、腹部から血を流していた。
あまりの痛さに倒れこむ。
意識が、遠のいていく…
“嗚呼、まだ目を閉じてはダメ。
あの人に伝えなくては…”
誰かが頭の中でそうつぶやく。
誰だろう。何故、私の頭の中で声が聞こえるのだろう…
朦朧とする意識の中、その疑問が浮かぶ。
そして、体がゆっくりと動く。
いや、無理に動かしている。地を這い、この体はどこかに向かおうとしている。
“最期に、一目でいい…
彼の姿を見て、伝えたい…
貴方を永遠に、愛していると…”
脳に響く声、その思いを聞くと思わず涙があふれた。
【嗚呼、そうだった。
私は彼を“愛していた”】
だからこんなに苦しいのだ。
彼とともに生きようとした。今日この日に…
私は死ぬのだから。
徐々に動きが鈍くなる。
瞼を上げるのも億劫になり、体が鉛のように重くなる。
そうか、これが…これが、死か…
薄れゆく意識の中、誰かが私を抱き上げた。
ごめんなさい、目がもう見えないの。
嗚呼、でもわかる。この温もりは…
いつも感じていたものだから。
「“愛しているわ…貴方を…とわ、に…”」
だから悲しまないで。
どんなに時が過ぎようと、私は貴方の元に戻ってくるから…
だから、泣かないで…
必ず戻ってくるわ。
貴方の元に…
だから、その時は…私を見つけて。
そうしてまた抱きしめて…
彼が私の名を呼ぶ。
もう答える気力もない。
ここで、終わりか…
死の気配を感じる…
そんな不思議な気配を感じながら、私は夢から覚めようとしていた。
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「…ッ!?」
目を覚まし、一番に思ったことは
生きていてよかった。
ということだった。
…理由はわからない。
でも何か、そう思わせるようなことがあったのだろう。夢の中で…
「…?」
目元に触れると、濡れていた。
何故、泣いているのだろうか。
これも夢が関係しているのか…
一体どんな夢を見ていたのか…
どんなに思い出そうとしても、思い出すことはできなかった。




