婚姻届
『あ、そういえば光希ちゃんって高校に通ってるんだっけ?』
吹雪に言われてハッとする。
そうだ。もしこの屋敷に住むとなったら、高校は通えないのだろうか?
『光希ちゃん、もしかして通えなくなるかも〜って心配してる〜?』
「だって、ここに住むってことは…そういうことでしょ?」
すると吹雪はまたコロコロと笑った。
『そんなことは無いわよ〜
時雨様は光希ちゃんが望むことを優先してくれると思うわ〜
だから、高校も通い続けることができるはずよ〜
ただ…』
「ただ…?」
『もしかしたらちょーっと、違う風景になってるかもしれないけれどねぇ…ふふっ』
「え?
それってどういうこと?!
ねぇちょっと吹雪?!」
それから吹雪にどんだけ問い詰めても彼女はその言葉の先を語らず、ただニヤニヤと笑っているだけであった。
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結局吹雪には『時雨様に直接聞いてみなさ〜い』と言われたので…
「し、時雨!」
仕事を終えた本人に突撃することにした。
『む?
おぉ、出迎えてくれたのか?
なかなか情熱的じゃの?
夕食を一緒に摂れずすまなかったの。
ちゃんと食べれたか?』
「あ、うん、すごく美味しかったよ。
って、そうじゃなくてね!
あの、学校のことなんだけど…」
『ほっほっほ
ちょうどよい。
我も色々其方に話したい事があっての。
今から其方のところに行こうと思っていたところじゃ。
お前達、我は少し席を外すがあの事、抜かりなく進めておくように。』
『『御意。』』
時雨の後ろに控えていた2人の男はそう言うと部屋の奥に行ってしまった。
『あの2人は右近と左近。
我の部下じゃ。ちと頼み事があっての。』
「あ、ごめん。仕事の邪魔しちゃったよね…」
『いや、そんなに重要な事でも無い。あまり気に病まなくてよいのじゃ。
ほれ、こっちへおいで。』
部屋に着くと時雨はどこからか一枚の紙切れを出した。
「…こ、これは…」
『人間界でも書くのじゃろ?
“婚姻届”じゃ。』
「え!?
え、今!?」
『ほっほっほ
今以外にいつ書くというのじゃ。
其方は我の花嫁になるという約束でここまで来たのでは無いか。
この用紙に名を書けば其方は晴れて我と夫婦となる。
さて、婚儀はいつにしようかの?』
時雨はまたどこからか雑誌を取り出し〔驚く事に表紙には“人間との素敵な結婚式の挙げ方”と書かれている。そんな雑誌が妖界にはあるのか〕尻尾を振りながら読みふけっている。
心なしか背景にお花畑も見えるほど浮かれているようだ。
「いや、待って。それも大切な事だとは思うけどね?
私はまず学校の事を聞きたいの!」
ウキウキと結婚雑誌をよんでいた時雨の動きがピタリと止まった。
『学舎のこと?
其方は結婚よりそちらの方が大切だと申すのか…?』
え、なんか地雷踏んだ?
そう思わざるを得ないほど時雨の声のトーンは下がっていた。
いや、ダメよ光希。ここで怖気付いたらダメ!
「そ、そうよ!
学校の事は私にとって今とても大切な話題よ!
私は大学まで行きたいもの!
そのためには高校にはしっかりと通って学業に専念したいの!」
私の訴えに対し、時雨はとても衝撃を受けたような表情を浮かべた。
『そ、其方が学び舎に通い続けたいと言うと思ったが、まさか大学まで行きたいとは…』
「今しか学べないものをちゃんと学んでいきたいの。
それが自分の大きな武器になると思うから。」
『武器?
そんなものいらぬ。
其方は我がこの命に変えても守るのじゃから。』
「確かに私は何の力も無い…
でもただ守られているだけなんてまっぴらごめんよ!」
『…っ』
時雨が息を飲むのがわかった。
そして一瞬、複雑そうな顔をしたがすぐにふうっとため息をつき…
『…わかった。
其方の願いを叶えるように善処しよう…
じゃが、この紙には名を書いてもらう!』
「今?」
『今じゃ。』
「どうしても?」
『どうしてもじゃ。ペンはこれ。』
もう逃げられないな。とそう感じた私は
人間界の婚姻届と似ているその用紙に自分の名前を記入した。
『これで我らは夫婦じゃな。
よろしく頼むの!』
「ははは…うん、よろしく…」
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「…それで、高校の事なんだけれど。」
『おお、それについてはこれを見て欲しい。』
時雨は一枚の紙を出す。
あれ、なんかデジャビュ。
「…ん?
“学校の心得”?」
『そうじゃ。
ここからは少し真面目な話をさせてもらおうかの。
…其方は短い期間ではあるが我や吹雪といった妖怪と接触しておるじゃろ?
それによって其方の五感…とくに視覚に変化が現れているはずじゃ。』
「…変化?」
『うむ。
まぁ、簡単に言えば今まで“見えなかったモノ”が“視える”ようになっておる。
そして視えるということはそれだけ他の妖共に狙われる危険が増えたという事じゃ。
…視えるという事は、それだけ霊力が高いという事…
そしてその霊力を妖が喰らえば、大きな力が手に入る。』
「つまり私は、妖に食べられるかもしれないって事…?」
『そんな事はさせぬ。
…じゃが、我がずっと其方に張り付いているわけにもいかぬからの…
じゃから、学び舎に結界を張る事にした。というかもう張ってきた!』
「へ…?」
『そして一番問題なのが登下校なんじゃが、もちろんこれにも対策を考えておる!』
「ま、まさか…
お迎えとかじゃ、無いよね…?」
『む?なぜわかったのじゃ?』
「や、だめだめだめ!
そんな目立つ事しないで!
登下校はできるだけ人通りの多いとこ歩いたりするから迎えだけはやめて!」
『えー』
「えーじゃない!だめ!」
『むー、それなら別の手を考じるかの…』
ぶつぶつと考え出した時雨。
いや、それも何だけれど、この出された神垣になる。
「…それで、この紙は?」
『あぁ、それは基本的な妖の対処法じゃ。
よく読んでおくんじゃぞ?』
内容は知らない人に声をかけられても返事をしないだとか暗い場所に入っていかないとか、1人で行動しないとか…そういう内容のものだった。
なんだろう、小学生に不審者への対策方法を教えてる感じなんだけど。
でも、これを守ればいいってことだもんね?
「これを守れたら、明日から学校に行ってもいいんだよね?」
『まぁ、うむ。
良いんじゃが…』
少し渋る時雨だが、そんな事気にしてられない。
「なら明日も早いからもう寝るね。
今日はありがとう。仕事、頑張って。」
何だか最後の話し合いが一番疲れた気がする。
そんな事を思いながら、部屋に帰ろうとしたその時
『…っ、待て!』
「…うわっ?!」
腕をぐいっと引っ張られ、いつの間にか私は時雨の腕の中にいた。
え、何でこんな事になった?
「ちょっと、急にびっくりするじゃん!」
『いや、これを…』
時雨はどうやら私の首に何かをかけているようだった。
『よし。ついたの。』
時雨の腕から解放されると
首には指輪を通したネックレスがかけられていた。
「…これ…」
『我の妖力を込めたお守りじゃ。
なにかあった時、其方を守ってくれる…
良いか?
これは何があっても肌身離さずつけておけ。
其方の霊力を弱める力もあるから他の妖にも気づかれにくくなるはずじゃ。』
時雨はそう言うとその指輪に口づけを落とした。
「!?」
『…先程言った事、守れるな?』
「う、ん…」
『そうか。引き止めて悪かったの。
もう夜も遅い。
今日は疲れたじゃろ。ゆっくりとお休み…』
その日の夜は、なんだかドキドキとして寝付くのに時間がかかった。
いろいろと、心配な事があるけれど…
時雨にもらったお守りがあれば、何とかなるんじゃないかと…
そう思えた。




