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肉弾×白兵×遠火×魔戦  作者: 夏目義弘
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 てのが、街にいられなくなった事件。パン職人の息子ストーカー事件は、また別の話である。あれ? その前の話だったか。

 春の陽気にまどろむ。オウマの記憶は、はっきりしない。どころか意識さえ、おぼろけだ。大きな欠伸をして寝返りを打つ。ベンチの背もたれに顔を向ける。ZZZZZ。


 心地良い眠りが突然妨げられる。衝撃に反射的に目を覚ます。人の気配に、寝返りを打って振り向く。寝ぼけ眼に、人影が映る。

「おい、F組ランク

 衝撃にオウマは起き上がる。上体を起こす。どうやらさっきの衝撃は、人影の仕業だったようだ。ベンチの底を足で蹴っている。甲高いバカにした声が、寝ぼけ耳に突き刺さる。

「どけよ。そこは在校生専用のベンチなんだよ。F組れっとうせいは、地面にでも座ってろよ」

 他の人影が一斉に笑う。三影はにやにやして、オウマを見下ろしている。ちょっと寝足りない。

オウマは言われるがままに、立ち上がる。三人はその従順な様子に、また一斉に笑った。

 オウマはベンチから離れ、綺麗そうな地面を探す。アスファルトは桜の花びらで湿っている。仕方なく少し遠くの芝生へと歩く。そこで倒れ込むように座り、いや本当に地面にそのまま倒れ込む。肩を上げ、それを枕にし、横になる。陽気を吸収した芝生が温かい。二度寝を開始する。時計を見るのを忘れた。まあいい。ユウヤが起こしに来るだろう。ZZZ。

 ベンチを乗っ取った三人が、慌ててオウマに近付いてくる。その反応が面白くなかったからだ。てっきり自分達に萎縮したかと思っていたが、無造作に退いただけだった。F組が自分達を畏敬していない。その事実だけで、三人が苛立つのは十分だった。

「おい」

 低い声で、声をかける。

「てめえ。F組の分際で、舐めてんのか?」

 その台詞を最後まで、言えなかった。さきほどより、オウマの眠りは浅かった。元より、男に起こされる趣味はない。

「おい」と同時に目を開け、対象を捉える。寝転がった姿勢のまま、立っていたその足を蹴り飛ばす。直立のバランスを突然刈り取られた対象は、転倒する。突然のことに、受け身もとれず、顔面から芝生へと突っ込む。

 やべ、やりすぎた。せめて、身体を丸めて肩で受け身を取ると思っていた。まさか、顔面から直撃で地面に突っ込むとは。

 鼻を強打した対象が、鼻血を出しながら、飛び起きる。目が怒りに充血している。

「てめえ、コロすぞ」

 ヌルっとした鼻を押さえながら、顔を真っ赤にしている。寝ている場合ではない。対象とは逆方向に転がる。転がりながら、その勢いで跳ね起きる。転がって距離を取る。

 三回転でオウマの動きが、ぴたっと止まる。進行方向の芝生に、赤色の小さな物体が見えたからだ。それは天道虫だった。

 そのまま回転しても、潰してしまう可能性は低かったが、思わず見とれてしまった。芝生の緑と、天道虫の赤のコントラスト。自然の美しさに、魅了されてしまったのだ。

 ドゴ! げぷー。

 明後日の方向を向いたまま、無防備に止まるオウマ。その背中肋骨に、革靴のつま先がめり込む。肺が強打され、息が詰まる。対象が怒りに任せ、思いっきり蹴ったのだ。

 痛みに身体を丸めるオウマを、対象はそのまま蹴り続ける。

「てめえ、ドゴ! 劣等生が、ドゴ! 在校生に、ドゴ!」 

 背中を蹴られる度に、オウマは縮こまり、苦しげに、あえぐ。

「逆らってんじゃねえぞ、ドゴ! ドゴ! ドゴ!」

 背中では飽き足らないのか、後頭部めがけ容赦の無い蹴りが放たれる。オウマは両手で庇い、何とか直撃を避ける。革靴のソールに、手の甲が擦れて切れる。

 このまま蹴り殺しそうな勢いに、残る二人が割って入る。

「おいおい、やめろって。殺しちまうぞ」

 一人が対象を羽交い締めにし、引き離す。一人がオウマに近寄る。しゃがんで、倒れたままのオウマに声をかける。

「悪かったな、劣等生。アイツ気が短くて、俺らも困ってんだわ。だからって」

 言うなり立ち上がる。見下ろした位置に戻るなり、

「劣等生が在校生に逆らっちゃ、ここじゃやってけねえ、ぞっと」

 片足でオウマのわき腹を踏みつける。そのまま一本足になり、全体重をかける。あばらが軋み、圧迫された肺が空気とともに苦鳴を吐き出す。痛みにオウマが身を縮める。

 五秒ほど苦しむ顔を楽しんだあと、一本足はオウマから降りる。身をよじるオウマに、嬉しそうな笑みを見せた後、きびすを返す。

 残る一人が羽交い締めしながら、促す。

「そろそろ、行くべよ」

「分ーった、分ーったよ」

 対象は力を抜いて抵抗をやめる。羽交い締めが解かれ、対象は乱れた上着と襟元を正す。

 オウマはぐったりしていた。背中を丸め、芝生に横たわっている。死に至るほどの暴行ではないが、固い革靴の蹴りは、骨を軋ませ、肉を打った。衝撃は、内臓にまで達しているかも知れない。

「あーあ、やっちまったな」

 羽交い締めが、やれやれと言った表情で頭の後ろで手を組む。

「うっせーよ」

 対象が、ピクリとも動かないオウマに近づき、唾を吐きかける。

 挑発された訳でも、殴られたわけでも、女を取られた訳でもなく、また無抵抗の人間に、ここまで容赦なく加虐できる、その精神構造に、オウマはただただ感心していた。中世における拷問人ならば、良い自白を引き出せたかも知れない。名を馳せたかも知れない。だが、今ここは近代国家だ。それに、男の唾を、ぶっかけられる趣味は無い。

 とっさに寝転がって避ける。

 あっ。

 そう思うが時既に遅し。オウマは、天道虫を発見したゾーンを転がってしまった。怒りに跳ね起きる。

「てめえら、天道虫を潰してしまったじゃねえか!!」

 と言う怒号を叫ぶより早く、身体が反応する。

 憤怒の紋章が左手に浮かび上がり、敵に襲いかかる。

 蹴った手応えはかなりあった。肉を打った確かな気持ち良さだった。なのにこの劣等生は何だ!? 何事も無かったかのように、素早く立ち上がっている、

 ナンダコイツ?

 得体の知れない存在に、防衛本能が反応する。我知らず構え、ジャブから入る。素早いパンチで相手を牽制、詰めさせない。相手との距離を測る。

 だが拳より、オウマの方が早かった。遅いかかる突進のまま、そのジャブを額で受ける。拳が軋み、指関節が捻挫する。対象が運が良かった。重いストレートを放っていたら、拳にヒビが入っていた。痛みに拳を戻すよりも早く、オウマが対象の懐に飛び込む。

 左掌打が、止まっていた鼻血を再開させる。親指と薬指が、両こめかみを掴む。顔面を鷲掴みにした左手が、憤怒の力で加速する。

 次の瞬間、対象の天地が上下する。後頭部を強芝生で強かに打つ。地面に頭をめり込ませたまま、静止する。足を宙に投げ出した、ひっくり返った形で気を失う。

 一本足と羽交い締めは、何が起こったのか? 理解できずにいた。気づいたら、対象がひっくり返っていた。投げられた訳でもない。足を刈られて転倒させられた訳でもない。当然スリップダウンでもない。

 片手の膂力、シングルハンドのパワーとスピードだけで、人一人の天地を逆さまにする。

 あり得なかった。圧倒的すぎる。爆発的な破壊者が、掴んでいた手を放す。対象が、木が切り倒されたように、ゆっくりドン! と倒れる。破壊者がこちらに振り向く。

 ナンダコイツ?

 過剰の反応した防衛本能が、身体も思考も硬直させる。二人は動けずにいた。

 その背中に、気合いと衝撃が打ち付けられた。

「きぃえぇぇぇい!!」


 時は遡ること、少し前。

 玲瓏学院の藍色のいかずち(ハイスクール・サムライ・ガール)こと、塚原正宗の朝は早い。

 毎朝六時には、ここ第一練武場で汗を流している。木刀を大上段から振り下ろす。板間にドンと足が踏み込まれ、正中線を走る骨盤、背骨、肩胛骨が一直線にしなる。切っ先が朝の新鮮な空気を切り裂き、風切り音を鳴らす。

 踏み込みの早さに、道着から覗く首筋から、汗が飛び散る。

 三百本の素振りは、正宗の日課だった。稽古と言うよりは、身体を目覚めさせる準備運動に近い。

 練武場の窓と言う窓、扉と言う扉は開放され、早朝の大気が場内を駆け巡っている。

 まだ四月だ。朝には寒気が残る。そんな肌寒さを吹き飛ばすように、正宗は黙々と刀を振り続けた。


 練武場の建物内に設置された、シャワールーム

。かいた汗を熱いお湯で流し、最後に冷水で引き締める。頭を洗っている時間はない。正確には洗うより、乾かすのに時間がかかる。なので頭は洗わず、頭まわりはデオドラント・スプレーでごまかす。

 今日は入学式だ。正宗は本日で三年生となる。部活動の朝練習も今日は休みだ。練武場にいたのは、正宗だけだった。

 制服に着替え、練武場を後にする。今日は風紀委員活動も休みだが、一人で校内の巡回を開始する。手には、竹刀を携えている。

 今日は、何事も起こらなければ良いが。

 そう思うも、心は裏腹だ。素振りをしても今一集中できなかった。心身の調子は良かった。だが、何か胸騒ぎがした。何かが起こるとの、予感があった。

 知らずに竹刀を握る手に力が入った。

 校内は静かだった。入学式典のため、全部活動、全委員活動が休日のため、人影は少ない。

 入学式典会場は賑やかだろうが、他はひっそりしている。入学する一年生以外の、二年生、三年生の授業は明日から開始される。

 知らない内に、いつもの巡回ルートを回っていた。学院は広い。高等部だけでも、半日かけても一人では目が届かない。人気も少ないので、今日は死角は回らない。体育館や講堂などの建物の裏側、中庭に生い茂る樹木の昼なお暗い部分などは、見回らない。歩道を回る。朝の空気は新鮮だだ。少し寒い春風は、日課に火照った身体に、ちょうど良い。

 気のせいか?

 胸騒ぎも、小鳥のさえずりが、どこか遠くに運んでいた。

 中庭の一つに差し掛かる。生徒会室が入っている白亜色の建物が見える。三階建ての最上階、真ん中に位置する窓を見上げる。そこが生徒会室だった。

 聞くところによると、今年の新入生代表は、編入生から出たらしい。創立以来、前代未聞の出来事だった。

 学院の生徒の割合は、幼稚舎からの生え抜き、または中等部からの編入が大部分を占める。基本的には、幼稚舎から初等部、初等部から中等部、中等部から高等部、高等部から大学校へと、エスカレータ式で進学していく。一貫教育機関である賜物だ。

 そのため、高等部への入学試験の門は狭く、その枠も、学費などが優遇される特待生クラスと、通常クラスの二クラス分しか、編入はできない。編入試験に合格するだけでも、成績優秀な人材だ。

 だが、いくら特待生クラスだといっても、当学院の恵まれた教育環境で、幼少の頃より学業の邁進してきた人財には及ばない。事実、今まで特待生クラスが、試験においてトップ百に入ったことはない。ちなみに、一学年の生徒数は四千人に迫ってる。

 在校生が特待生クラスに成績的には入ることは可能。むしろ圧倒しているので、特待生の生殺与奪は在校生が握っている。

 しかし、当然生え抜きの在校生には富裕層が多く、経済を回すという、近代貴族の役割ノブレス・オブリージュのため、学費優遇などは、あえて受けはしない。

 それが今年の特待生に、ずば抜けた成績優秀者がいた。転入生は入学試験、在校生は形だけの進学試験を受ける。名前は違っても試験内容は、全く同じだ。同試験内容だが、試験内容への肌感覚として、その歴史の中に身を置く在校生の方が有利な勝負だった。

 それなのに、最高成績=新入生代表挨拶に付いたのは、転入生である特待生だった。今年の在校生のレベルが低かった訳ではない。事実、その特待生以外は、二百位以内にも名を連ねていない。

 そいつだけが飛び抜けていた。その高得点ぶりに、これはオフレコだが、カンニングどころか、試験問題の漏洩さえも疑われたらしい。入念な調査の結果、全くの事実無根が証明され、逆に実力の一位が強調されることになった。

 特待生、在校生、それに通常転入生か。

 窓から反射する日光に、顔をしかめつつ正宗は内心呟く。その問題が、よく風紀を乱すからだ。

 前述のとおり、在校生は古くから学院にいるので、その縄張り意識も強く、また当学院は名門校だ。名士を排出する学び舎として、メディアへの露出も多く、在校生の選民意識も強い。

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