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肉弾×白兵×遠火×魔戦  作者: 夏目義弘
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奉仕活動、受験勉強、お別れ

 翌日から、オウマは門の修理と、雪かきなどを手伝った。頭を丸坊主にし、お詫びと反省の奉仕作業に精を出す。

「おめえ、良い度胸してんな。早死にしそうだから、鉄砲玉に向いてんぞ。卒業したらウチに来いよ」

 正確なヘッドショットを決めた門番は、そう言って笑った。何でも射撃が趣味が、初めは海外の射撃場で満足していたものの、人を撃ちたくなって893さんになったらしい。狩猟銃ではなぜか燃えず、対人用の銃だけが燃えるとのことで、自分でも壊れているのを自覚していた。

 戦闘民族なんですね。

 とフォローを入れたら、俺はヤサイ人かよと突っ込みを入れてくれた気のいいオッサンだった。

 中学生が無免許運転で893のお屋敷に突っ込む。

 三姉妹の権力により、事件は隠蔽された。対外的には、高齢者によるアクセルとブレーキを踏み間違えた暴走事故。

 あの時、護衛が門番しかいなかったのも、三姉妹の圧力らしい。屋敷内の護衛は全て人払いしたそうだ。流石に無防備になるので、自分らを守るためにも、門番だけは許可したとのこと。

 さらに言えば、あの妹からの拉致監禁なうメールは、三女が妹を連れだしたときに、兄の連絡しようとする妹からスマートフォンを取り上げ、素早く三女が入力したとのこと。すべては、三女の悪戯心のせいだった。やはり三女は最凶である。訂正メールのチャンスがあった妹は、目の前に届いたパフェに目を奪われ、その機会を逃した。

 車はと言えば、フレームがイカれたので廃車となり、代わりに皮肉のつもりか、軍用の高機動多用途装備車両を民生仕様にしたSUVが届けられた。

 だが、三姉妹の力を持っても、流石に全てはもみ消せず、オウマの推薦合格は撤回。タイミング良く、両親からは玲瓏学院のパンレットが届いた。春からは、そちらに移り住むと。

 転居の噂が広まると、今まで静観していた輩が、何をトチ狂ったのか、最後の思い出に、

 頼むから、一回だけでイイから、デートしてくれ。

 と土下座の無茶をする奴が、頻出した。これには、かなり太陽の会も、その数が多いので手を焼いたらしい。

 もういなくなるからと、暴走しストーカー紛いのも出てくるなど、そこから卒業までは混乱した。

 さらに、そこに不意に湧いて出た名門校への入学試験だ。その対策に追われ、登下校は妹のガードに追われ、学校では教室、図書館で、家ではせっかくのリビングが勉強部屋と化した。

 テレビもラジオも全て片づけられ、睡眠と食事と、最低限の生活、入浴、洗顔、歯磨き、トイレなどをのぞいて、勉強付けの毎日になった。

 オウマは自覚はあったが、かなり頭が悪い。歴史になんて興味なく、また数学なんて何の役に立てられるのか理解していなかった。

 アイドルと結婚したら、どんな生活を送るのか? 首都の家賃はこのぐらいで、テレビ局に近いのは、この地域でと妄想する方に、頭を使う方が大好きだった。

 現状把握に、試しに昨年の入試問題を解いてみた。

 結果は十三点。五教科合わせて、十三点だった。玲瓏学園はその一貫上、幼稚舎から入学でのエスカレータが多く、少なくとも中等部からの受験がメインだ。高等部の募集人数は少なく、狭き門だ。そのため合格に達するには、最低でも八割の点数が必要となっている。合格点数に満たない場合は、合格はさせず、欠員が出てもかまいはしない。オウマを合格するには、77.4パーセントの正解率を上げる必要があった。

「これ無理ゲーじゃねえ? 難易度が悪夢設定ナイトメアモードだわ。ユウヤ、お前だけでも首都に行けよ。俺は中学出たら、ここで働くわ。吉田興業にも誘われているし」

 鼻をほじりながら、気軽に言う兄は、妹の逆鱗に触れた。妹は言葉を聞き切るや否や、兄の顔面に蹴り放っていた。

「このバカ兄貴が!!」

 手を蹴られ、ほじっていた指先が深く突き刺さり、粘膜を傷つける。

「ちょ、待て、鼻血、鼻血が」

 鼻血を出して抗議してくる兄を、妹は逆のハイキックで黙らせる。足の甲で後頭部を強打され、脳幹が下がった兄は、静かに気を失う。

 十三点の結果に、妹はわなわな手を震えさせる。ここまでだったとは、成績はあまり知らなかった。学校は休まないし、補習によく行っていた気がするが、進級できないことも無かった。

 もちろん、義務教育の中学校において進級できないなどないのではあるが。試験後に張り出される成績上位者の名簿にも名前を見たことは無い。いつも見るのは一番上の自分の名前だけだった。

 この成績でどうやって、推薦入試に合格したのか? 推薦とは言え、最低限の学力を見る試験はあった。本番に強いタイプなのか?

 白目をむき、涎を垂らして、ソファで気絶しているオウマをユウヤは見た。

 その答えは明白だった。オウマが合格したのは、ユウヤの兄だったからだ。オウマの試験点数は歴代最低点をマークしたが、それ以上に、ユウヤに当校に入学してもらいたいとの欲求が勝ったのだ。

 推薦なら楽じゃねえ。まだこの地方には、いそうだし。俺受けるわ。

 お兄様が受けるなら私も。

 オウマの思いつきでユウヤ参戦。

 ぶっはー、お前が推薦? 枠もないから一応出しておくけど、今の成績じゃ無理無理無理。おとなしく勉強しとけ。オウマに向かっての担任の言。

 太陽の花が当校の推薦に。僥倖だ。この幸運を逃すな。何としてでも、当校に入学させろ。手段は問わない。地元高校の教育主任の言。

 なんか知らないが、事前審査通ったわ。不思議だが、ここからが本番だ。頑張れよ。担任教師。

 あーい。オウマ。

 試験。妹は最高点、兄は最低点。

 面接。志望動機は? はい、御校で最近の活動

内容が御校の理念を実現しており、その具体的な活動と理念に私も感銘を受けたからです。妹。

 兄。ここの地方は水と空気が美味いから、です、はい。以下省略。

 兄を落として妹だけ来てくれるのか?

 んな訳あるかーい。

 兄は残念だが、妹はそれより遙かに最高だ。トータルで考えれば選択肢は一つだ。

 二人とも合格だと。おめでとう。担任教師。

 の流れだった。

 試験まで後、二ヶ月を切っていた。時間が無い。ユウヤが試してみた点数は、九割を越えていた。兄が気になったので、見直す心の余裕が

なかったが、見直せば後、五分は上げる自信があった。

 時間が無い。考えられる脳を作っている暇がない。宜しい。ならば詰め込みだ。丸暗記だ。全パターンを網羅させる。

 創立以来の、すべての過去の入学試験の問題集をこなす。解答を一時一句暗記させる。

 ユウヤのスパルタ教育が始まった。

 授業以外は、付きっ切りで勉強に付き合った。申し訳無かったが、部活動関係は全てキャンセルした。とにかく時間が無かったのだ。オウマの飲み込みは悪かった。少しずつしか進めなかった。

 オウマを教え、オウマが問題を解いている間は、三年度単位に分けて傾向を分析し、予想問題を作成する。

 家事は太陽の会のメンバーが代行してくれた。炊事、洗濯、掃除と全てこなしてくれた。有り難かった。ブラウスやインナーや下着など、時折真新しくなっていたのは、ご愛嬌。オウマに分だけは綺麗に取り除かれ、クリーニングに出されていたのもご愛敬だ。

 この時、ユウヤはオウマに対して、あることを知った。確かにオウマは飲み込みは悪いが、その歩みは着実だった。同じ間違いを繰り返さなかった。さらに、寝不足でユウヤがフラフラなのに対し、オウマは集中を途切れさせなかった。ずっと元気だった。このタフさに、ユウヤは初めて恐れ入った。

 と見直したのも束の間、そんな生活が一ヶ月も続いた頃、オウマが逃亡した。日曜の朝、寝不足に昼前にユウヤが目を覚ますと、家から脱走していた。

 書き置きには一言。

 もう嫌じゃー。

 とだけ記されていた。

 あのバカ。

 探しに行こうと出かけようとした時、家の玄関のチャイムが鳴った。出てみると、太陽の会のメンバーだった。足下には巻きにされたオウマが転がっていた。口には猿ぐつわを噛まされており、時折うーうー唸っているが、何を言っているのか分からなかった。

 時間が空いたから、ちょっと話そうぜ。

 悪友を呼び出し、いつものファミレスで待つ。

運悪くその悪友が、太陽の会のメンバーと一緒に

いた。早朝から犬の散歩デートを楽しんでいた。

「おっ、オウマじゃん。久しぶりじゃん」

 仲の良い悪友からの久しぶりの連絡に、嬉しくて声が出た。それが彼女の耳に入った。

 慌てて誤魔化すも、女のカンをあざむけなかった。付き合い始めた彼女に、素直に自白してしまう。

 ちなみに彼女曰く、お姉様と彼氏は別腹だそうだ。

 お姉様の苦労を何だと。

 優しそうな笑顔が好きになった彼女だったのに、その時の鬼の形相は凄まじかった。夢に出て、悪友は数日悪夢に苦しむことになる。

 太陽の会が人手を集めている間だけ、悪友は罪悪感に苦しみながら、オウマの相手をした。話題はmいつものアイドルとの具体的な結婚生活だった。

 人手が集まり、オウマの背後に立つ。悪友の目が泳ぐ。

 すまん、オウマ。

 思わず手を合わせて頭を下げてしまう。オウマが不思議する時間も与えず、その首筋に電撃が走る。バリバリバリ。オウマの体から力が抜けた。意識が混濁する。

 気がつくと、簀巻きにされ、玄関に運ばれていた。混濁した意識の中で、オウマすまねえ、すまねえと、何度も謝る悪友の声が聞こえたような。

「お兄様をお連れしました、お姉様。アイドルと首都で暮らすと、意味不明な事を呟いていましたたので」

 その先をユウヤは聞いていなかった。

 オウマは地産地消派だ。アイドルの出身地で暮らす事を、よく話していた。それが首都に変わったとは。

 ちょろい妹はそれだけで、胸が熱くなった。

 だが、逃亡したのは許せない。メンバーからスタンガンを取り、喉元に当てる。

「お帰りなさいませ、お兄様」

 痺れる前に喉に焼けるような痛みを走らせる。逃げた罰だ、敵前逃亡は銃殺刑だ。痛覚の麻痺などさせない。

「お姉様、これを」

 太陽の会からユウヤをそれを受け取る。鉄製のずっしりした重さの輪っかだ。次女がパパである警察署長におねだりした、本物の手錠だった。

「ありがとう」

 ユウヤはハグを返す。腕の中で、次女はとろけ落ちた。

 これより、ユウヤが寝ている間は、オウマは手錠で拘束されることになった。

 試験まで後一ヶ月。若さに任せたラストスパートが始まった。


 試験当日の朝、何とか八割を越えるようにはなった。教えた副次効果か、ユウヤは何度やっても満点を取るようになった。

 試験会場は、在校中学校の会議室だった。そこでオンライン通信で行われるとのことだった。

 オンラインで問題を送信。問題用紙、回答用紙をプリントアウト。回答後、スキャニング送信。

 五教科。一科目五十分。国語、数学、英語が午前。午後より社会、理科。

 受けたのは、兄妹の二人だけだった。首都は遠く、ここ北方から入学する者はいなかった。当然ユウヤが受験するとの噂が広まるや否や、進路変更者は後を立たなかったが、入学願書は既に締め切られていたので、その希望は叶わなかった。

 試験の合否は、即日の夕方に届けられた。

 結果は合格。そのメールを受け取るや否や、ユウヤは兄に折り重なるように、眠りに落ちた。

 妹はここ一週間ほどほとんど寝ていなかった。兄は試験が終わって自宅に帰るや否や、リビングに床に崩れた。そのまま眠りに落ちた。ここ一週間ほど一睡もしていなかった。妹は兄に自分がかけてやった毛布に、沈み込んだ。

 三日後ようやく目覚めた二人。その一週間後、盛大な送別会が行われた。三姉妹の計らいだった。二百人を越える太陽の会のメンバー一人一人に、ユウヤは感謝を込めてハグを行った。会場の地面が、とろけ落ちたメンバーで埋め尽くされた。

 その横でオウマは、悪友と首都でのアイドルとの結婚生活を熱く語っていた。


 お姉様の最後のお見送りを、三姉妹は空港で行った。お姉様が乗った飛行機を、展望台で見送った後、不意に三女が言った。

「あーあ、行っちゃったね。居なくなったから言えるけど、ワタシ結構本気だったんだよね」

「あんな奴のどこが良いってんだ!?」

 次女が即座に否定する。三女は含み笑いで返す。

「あれあれ、転校初日。お姉様でなく、お兄様に見取れてたのは、どこの誰だったのかなあ?」  三女の指摘に次女が顔を赤らめる。

「ち、違うわよ。あ、あれは、まだ中身を知らなかったから」

 長女が呟く。

「確かに、お姉様が眩しすぎて隠れているけれど、お兄様が素敵なのも事実なのかしら」

 それ以上、三姉妹は何も言わなかった。

 最後だからと、ここでの思い出に、頼むからヤラせてくれ。先っぽだけでいいから、入れさせてくれ。

 と恥も外聞もプライドもなく、会う女、会う女に土下座して懇願する、残念な、お兄様。

 あれが自分だけだったら、そんな三姉妹の妄想も、春の風がどこか遠くに運んでいった。

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