自損事故
ドッ、ゴーン。ドンガラガッシャーン、シャーン、ドン。
衝撃を和らげるため、パンパーが凹み、ボンネットのひん曲がる。木製の門が軋む。鋼鉄製のフレームは押し負けない。観音開きが弾け飛ぶ。
車が門を器物破損し、屋敷内へと不法侵入する。急制動をかけたとは言え、時速二百キロメートルを超えた三トンの物体は、急には止まれない。
運動エネルギー=質量*加速度の二乗が、庭園を滑り、脇に立っていた灯籠を、なぎ倒す。それでも、その勢いは止まらず、庭園の中央にあった池へと回転しながら滑っていく。置かれた石に跳ね上がり、車が宙に舞う。天地左右を逆さまに回転する。車体は運良く一回転するが、
落ちた先は池だった。
盛大な水しぶきが上がり、滝のような雨を降らす。車は、浮島代わりの一際大きな灯籠に突っ込んだ形で、停止する。
圧縮ガスによりエアバックが作動し、盗難防止装置が壊れたのか、けたたましい電子音を立てる。
オウマは、ハンドルから飛び出た空気袋で、顔面を強かに打ち付ける。鼻の奥が、ぬるっとしたが、それよりも袋の熱さが気になった。シートベルトを外し、ドアを開ける。開かない。衝突の衝撃に枠がひん曲がったか、少し動いただけで、開きそうにはなかった。
足を折り畳み、シートの足裏を乗せる。そのまま前に飛び込み、ひびの入っていたフロントガラスを突き破り、車外に飛び出す。ひん曲がったボンネットを転がる。先の池に落ちる。背中から転がりながら、どぼんと落ちる。鼻から気管に水が入る。むせる。がすぐに立ち上がる。気にしている時間はない。屋敷内の護衛に取り囲まれたら、万事休すだ。
「ユウヤ、どこだー!!」
水しぶきを上げながら、オウマは叫んだ。大声が、けたたましい電子音をかき消す。怒号するなり、駆け出す。目についた明かりを目指す。
底冷えする雪の日だ。池の水は零度に近かった。動きが鈍らないよう慌てて、上半身の衣服を脱ぎ捨てる。オウマの上体から湯気が立っている。寒がっている暇など無いのだ。
庭園は、野球で言えば外野ぐらいの広さだった。池を中心に庭園があり、それを遠巻きに囲むように四方に塀があった。母屋はどこだ。以外に建物の数は少なく、南東に大きな平屋と、それに続いた二周りは小さな長屋があるだけだった。
それらは軒があり、庭園へとつながっていた。大きな方に明かりが点いていた。小さな方は暗く静まり返っている。
ずぶぬれの靴を脱ぎ捨て、裸足で雪が残る石の上を走る。足の五指で地面を掴むも、それでも滑り、転倒する。だが勢いは殺さぬよう、そのまま体を丸め肩から背中へとかけ転がり、前周り受け身で立ち上がり、また走り出す。
軒へとたどり着く。隣接した部屋の障子から明かりが漏れている。中に人の気配を感じる。オウマは掴むのも、もどかしく、障子紙を突き破って障子枠を掴む。そして両手で左右に押し開く。そのパワーに障子はレールから外れ、左右へと転がっていった。
「ユウヤを出さんかい、ごらあ(に濁点ー!!」
そう叫んで、踏み込んだ。
そこでオウマは、信じられないものを見たのだった。