舌戦
おぼこい大親友は、恋愛沙汰に疎かった。
今まで機会は無かったが、今が初めての千載一遇のチャンスだ。
好きになった人に、たまたま恋人、伴侶がいた。
を多く経験した美子は、好きを諦めなかった。
好きを諦めなかったために、違う喜びに目覚めていた。
相手を好きになる、愛する純粋な喜びに加え、他人から奪う取る背徳的な喜びに目覚めていた。
恋人、伴侶がいる、他のものを、もっと好きになる嗜好を持っていた。
大親友から略奪愛する絶好の機会を逃さないと決めた、美子はオウマに胸を押しつける。
相手にはない形の良い胸を、相手に見せつけるように押しつけ、美子は微笑みを見せていた。
目の前に現れた、オウマの嫁を自称する女と、これ見よがしに胸をオウマに押しつける女。
殺してやろうか。
ユウヤは、その衝動を抑えるので精一杯だった。
黒コゲにしてやろうか。
オウマを奪おうとする肉食獣相手に、遠慮はいらない。
右の踵を上げる。
左の足は、オウマの、もう一方の臑を四連撃で粉砕している。
腸が煮えくり返りながらも、ユウヤは笑顔を浮かべ、邪魔者二人を促した。
「正宗さんも、美子さんも、よして下さいな。お兄様が困っておいでですよ」
「俺は別に」
何か言おうとしたオウマの臑に、立てた足の親指が突き刺さる。
貫足である。
骨に突き刺さる痛みに、オウマは言葉を続けられない。
代わりに、邪魔者二人が会話をつなげる。
「優弥、そうだな。私の事は、正宗お姉様と呼んでくれ」
「困っているかどうかを決めるのも、皇眞くん次第だもんねえ」
二人は空気を読まなかった。
自らを中心に世界を回す。
三者の舌戦世界大戦が始まる。
負けたくない気持ちのあまり、正宗の性格が一変する。
経験は無いが、そこは想像力で補う。
美子は恐ろしい女だ。
怯んでいては、簡単に飲み込まれる。
頭の切れと、その美貌と肉体に、勝ち目がなくなってしまう。
正宗は、自分でも何を言っているだか見失いそうな勢いで、言葉を強く吐き始めた。
「そうだ。言い忘れていたが、今日から私もここに住むぞ。殿の正室だから当然だ。荷物は明日使用人に届けさせるから、今日は着の身着のままだが問題ない。殿の布団に同衾できれば問題ないからな」
「あら、むねちゃん。大胆ねえ」
「私は寛大だからな。本来なら二人になりたいところだが、殿の妹気味だ。いきなり放り出す訳にもいかない。別室ならば問題ない。許可しよう」
「あれれ、私も今日ここに泊まるって言わなかったかしら? こんな時間に(まだ夜の九時前)帰るのは危ないから、一人では帰れないわ」
「お迎えの運転手がいるだろうが」
「あれれ、運転手さんは今日お休みだって言ったと思うけど」
事実無根。
現に美子の運転手は、マンション脇で車と共に待機している。
「そう言うわけで、私も泊まりますから、皇眞くん。よろしくね」
「正室である私が許可しない」
「許可するかどうか決めるのも、殿である皇眞くん次第よねえ」
美子は言うなり、オウマの耳元に近づき、囁く。
「皇眞くん、私の胸柔らかい?」
さらに押しつける。
ゴクリ。
言葉を返さず、オウマは喉を鳴らして答えた。
その喉仏に指を這わせながら、美子は勝利宣言をする。
「皇眞くんの身体が、私の方が良いって答えてるよ」
オウマの内太股を、ユウヤの足指が強く抓る。
「美子、貴様。それ以上、殿を拐かす)と斬るぞ」
正宗が立ち上がり、傍らの愛刀に手を伸ばす。
「きゃー、怖い。皇眞くん、か弱く、柔らかい私を守って」
美子がオウマに隠れるように背中側に回り、その両胸を押しつける。
どいつもこいつも、好き勝手に言いやがって。
よし、黒コゲにして殺そう。
殺して黒コゲにしよう。
お兄様は渡さない。
誰にも手を出させない。
魅力溢れるお兄様なので、この手の火の粉は当然だ。
だが、お兄様は、前世から私のモノだ。
私だけのために存在する。
私だけを愛していれば良い。
一緒に兄妹として、この異世界へ転生した間柄だ。
世界間の壁さえも、隔てることのできなかった強い絆で結ばれている。




