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肉弾×白兵×遠火×魔戦  作者: 夏目義弘
58/62

四角関係

 やっぱり、凄い。

 受け流すだけに止まらず、空いた右腕での肘打ち。

 人体で一番硬いとされる肘の先での、切り裂くような肘打ティー・カウ・コーン

 加速した、自分を真っ二つにする切っ先を恐れず踏み込む、クソ度胸。

 極限までしならせ、折り畳んだ両腕が剣速を超える、馬鹿げた身体能力。

 さらには、手刀と肘打ちで刃を両側から挟み打ち。

 折れず、曲がらず、凹まず、反らずの弾性力を持つ日本刀の刃を、点で捉えて叩き折る、神業技量。

 正宗が持った日本刀は半ばからへし折られ、切っ先は明後日の方向に飛んで転がっている。

 残った刀身を地面に埋め込ませたまま、正宗はもう一度男を見直した。

 この男となら、殿なら、私を、私のすべてを、すべての私を受け入れてくれる。

 そんな絶対的な予感に包まれ、正宗の目からは涙がこぼれ始めた。

 獣が哭いているのだ。

 嗚咽が漏れそうなのを、片手で口を押さえて抑える。

 だが無理だ。

 胸から熱いものが、こみ上げてきている。

 湯水のように、次から次へと涌いてくる。

 止まりそうにはなかった。

 視界はもう涙で、よく見えない。

 殿が目の前に立っている。

 獣の牙を無造作にへし折ってくれた、相手がそこにいる。

 直ぐ近くにいる。

 直ぐそばにいる。

 それだけで、たまらなかった。

 涙が溢れた。

 顔を押さえて、号泣していまいそうだった。

 もう我慢できない。

 正宗は、愛刀を手放し、殿へと駆け寄った。

 涙で前が見えない。

 距離が分からない。

 そのまま突っ込んだ。

 殿の胸に飛び込んだ。

 背中に手を回す。

 もう放さない、もう放れない。

 正宗は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、殿の胸の中で、殿を見上げた。

 殿に告白する。

「わ、私を、殿の、お嫁さんに、して、下さい」

 もう一度抱きつく。

 しっかり背中を掴む。

 言いしれぬ幸福感が、正宗を包み込む。

 正宗は、しばらく、そう嬉し泣きをした。

 殿の胸の中で、号泣を繰り返した。


 オウマは胸の中のポニーテールに鼻の下を延ばしつつも、打たれた自分の胸をそっと撫でていたた。

 胸のない、ちっぱいの女の子の抱きつきは、骨が当たって痛いんだよなあ。

 残念。


 風紀委員と助太刀の歴史に残る、大捕り物。

 その後始末はすべて副委員長、副筆頭に任せ、正宗はオウマの自宅マンションへと来ていた。

「お帰りなさいませ、優弥さん。不束ふつつ義姉あねとなりますが、どうかよろくお願い致します」

 正宗は玄関で正座して待ち、三つ指を立てた丁寧で深いお辞儀で、帰ってきた妹君を迎える。

 ユウヤの顔がヒクつく。

 その横には、正宗の初めてのお友達かつ大親友の、美子が立っている。

 生徒会の公務で学院を不在にしていた庶務と会長は、大事な話があると、正宗に、ここオウマのマンションに呼び出されていたのだ。

 とりあえず、四人は洋風居間兼衝動リビング・ダイニングへと移動し、食卓用のテーブルの席に着く。

 両親と兄妹用に四つ椅子があったので、座るのには事足りた。

 ムカ。

 座る際、当たり前のようオウマの横に、先に座った正宗に、ユウヤの頬はヒクついていた。

 二人に向かい合って、妹は兄を前、会長は委員長を前に座る。

 オウマが今日の顛末を話す。

 ボクシング部に連れ困れそうになったこと。

 怖くなって攻撃に転じたら、ボクシング部が意外にもろかったこと。

 ユウヤの射るような目に、オウマは汗をかきながら、泡を吹くような勢いで説明している。

 ピク、ピク。 

 ユウヤの額に血管が浮かぶ。

 事件に巻き込まれ体質トラブルメイカーかつ、893の事務所にさえ殴り込むほどの破壊王の兄だ。

 ボクシング部の件は、いつも通りだ。

 怒るほどのことじゃない。

 では、ユウヤが何に怒っているかと言えば、横に座った正宗の視線だ。

 その視線はキラキラ輝きながら、隣にいるオウマを一心に見ている。

 愛おしくてたまらない、という表情を浮かべている。

 ムカ、ムカムカムカ。

 兄を奪おうとする野蛮人を、思わず鋭い目で見てしまう。

 それに気づいた正宗が、こちらに振り向き、視線があった。

「こら、優弥さん。いえ、これからは義理とはいえ姉妹あね・いもうとの関係になりますので、ここはきっちりと、優弥と呼ばせてもらいます。こら優弥、そんな鋭い目で他人ひと様を射抜くものじゃありません。あまつさえ、殿の正室の私に、失礼にも程がありますよ」

 正宗がきっぱりそう言い切る。

 姉、殿、正室だあ?

 ガルルルルルルルルー。

 ユウヤの喉が唸った。


 美子は初めてのお友達の言葉に、頭が痛くなっていた。

 学院にいた副会長から、事件の報告は受けている。

 ボクシング部の重傷者は半数以上の三十二名。

 命に関わる重体はいないが、軽傷で済んだ者のいなかった。

 オウマの反撃は、手ぬるさもなく的確に部員を破壊していたのだ。

 その破壊劇に伴い、十ヶ所以上の学院の器物破損。

 さらには、正宗が副主将相手に、真剣を使用したとの報告も入っている。

 失血による失神をしていた副主将は、救急車で運ばれ、病院で輸血を受けているとのことだ。

 ちなみに、第一保健室の保険医が緊急手当を行ったとのこと。

 血の匂いに現場に駆けつけた元軍医は、その場でちょちょいと切れた血管を縫い合わせたとのことだ。

 数十名、十数ヶ所に及ぶ、破壊劇と刃物沙汰。

 停学ではすまない。

 放校処分は免れないだろう。

 正宗も、それは分かっているだろう。

 なのに、なぜそんな何の不安もない、キラキラした目をしていられるのか?

 それを隣の男に向けていられるのか? 

 過去の事件に無くした輝きを取り戻しているのか?

 それは親友として嬉しくもあったが、また自分では取り戻せさせられなかった事が寂しくもあった。

 また美子の中で、悪い癖が顔を出し始めた。

 正宗に再度確認する。

「むねちゃん、本気なの? 錯乱してない? 三日前に会ったばかりの殿方よ」

 正宗は即答する。

「正気だ。だからこそ、立会人に大親友である美子を呼んだんだ」

 どうやら本気で、男の嫁に正宗はなるようだ。

 一つ揺さぶる。

「あらら、そうなの。でも良いの? そうなると、むねちゃん。私と姉妹になるのよ」

 姉妹???

 正宗は首を傾げる。

 その意味が分かるまで、おぼこの正宗には時間がかかった。


「お兄ちゃん!!」

 ユウヤが、テーブル下でオウマの臑を思いっきり蹴る。 

 指を固めた足拳が骨を強打し、オウマは悶絶した。


 自分は初めてにならない。

 その事実に、正宗は動揺した。

 だが、過去は仕方がない。

 自分と出会う前の話だ。

 これだけの魅力溢れた殿だ。

 それは仕方がない。

 でも悔しい。

「しょ、しょ、衝撃だけど、私が知り合う前なら仕方がない。一時の気の誤りだ。誰にでも思いがけない失敗はある」

 自分に言い聞かせるように、正宗は言葉を吐いた。

 そう、そうだ。

 誤りだ、失敗だ。

 若さ故に暴走したあやまちに違いない。


 必死に自分に言い聞かせる正宗に、美子の何かが確実に目覚める。

 唇を舌で一つ舐め、宣言を投げる。 

「それはどうかなあ。私も皇眞君の事、気に入ってるんだけどなあ。先に唾つけたのも、私だしね。ねっ、皇眞君。あの夜は燃えたよねえ」

 

 足拳の二連撃が臑を襲う。

 オウマの臑は、もう限界だ。

 HP1で、息も止まりそうだった。


 テーブルを叩いて、正宗が立ち上がる。

「美子、貴様。人のモノを欲しがる悪癖治ってなかったのか!?」

 正宗と美子は幼稚舎からの大親友だ。

 剣に生きる正宗はうとかったが、美子は恋バナが大好きだった。

「困りましたわ。私が好きになる方には、必ずと言っていいほど、伴侶、恋人がいらっしゃるのよね。私が好きになるほどの魅力のある方だから、それは仕方のない事だけど、私が好きなのも仕方が無いことよね。良い方には良い人がいる、だったら奪うしかないわよね、そうでしょ、むねちゃん?」

「ああ」

 美子のギラギラした一人語りに、経験の少ない正宗はそう返すしかなかった。


 美子も立ち上がる。

 だが正宗と相対せず、そそくさとオウマの隣へと移動する。

 オウマの影に隠れながら、正宗に言い放つ。

「貴方のモノかどうかは、皇眞君が決めることよ。むねちゃんが、決めることじゃないわ。でしょ、皇眞くーん」

 座ったオウマの肩に美子の胸が押しつけられる、と同時、オウマの臑は崩壊した。

 三連撃。


 しばしにらみ合いが続く。

 三竦すくみだ。

 お嫁さんを自称する正宗は唇を噛んで、美子を睨む。

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