武と殺
気が付けば、初めてのお友達に抱き締められていた。
白い天井と白い部屋、白いシーツに白い寝間着。
通りがかった酔っぱらいに発見され、正宗は警察病院に運び込まれていた。
暴行のショックで放心状態と判断されたため、事情聴取より、傷の手当てが優先された。
目検と触診で骨に異常が無いことが判断された後は、付いた泥と血を洗い流された。
胸のかき傷も消毒された。
汚れた服も下着から全て着替え直された。
フラッシュバックしないよう股間は触診されず、事後経口避妊薬を飲まされた。
その後、鎮静剤を注射され眠らされた。
放心状態での覚醒状態は、脳を破壊する。
放心は、強烈な刺激による脳がシャットアウトする間もないものだ。
脳のフリーズに近い。
シャットアウトしての気絶の方が遙かにマシなのだ。
放心は、ぼーっとしているだけに見えるが、今この瞬間にも脳が誤作動しており、脳にかかる負担も大きく、細胞が破壊されているのだ。
そのため睡眠薬も入れられたのだ。
睡眠は脳の修復に役立つ。
また都合の悪い記憶の整理、除去、上書きの働きもある。
三時間ほど正宗は眠った。
夜明け前の一番暗い頃、その額に何かが触れる。
懐かしく温かい、最近はご無沙汰なそれに、正宗は目を覚ます。
細い指だ。
これは、初めてのお友達だ。
安心感に目を開け、身体を起こす。
途端に身体を温かさが包む。
駆けつけた美子が、正宗を抱き締めたのだ。
美子は何も言わず、正宗を抱き締める。
触れた頬に、何かが流れる。
美子の涙が、正宗の頬に伝う。
その熱さと量に、正宗は安心する。
心身の力が緩む。
美子の腕の中で、正宗は健やかな寝息を立て始めた。
初めてのお友達は、眠る初めてのお友達をそっとベッドに横にならせる。
美子は正宗を黙って見つめる。
正宗は、すやすやと身体を丸める。
寝返りを打つ。
めくれた毛布を、しっかりかけてやる。
美子の涙は止まらない。
溢れてくる。
どうして、正宗がこんな目に遭わなくてはならないのか?
矛を治める武が好きなだけで、虫も殺せないような正宗が、なぜ襲われなければならないのか?
叫びを抑える。
口元を押さえて、嗚咽の音さえも漏らさない。
はじめてのお友達は、すやすやと眠っている。
その平穏を乱す訳には、いかない。
無邪気な寝顔だ。
だが、その身体が蹂躙された。
自業自得? 因果応報? そんなものは関係ない。
ただ世界は不条理で、残酷で悲劇の塊なだけだ。
美子は決心する。
寝返りを打った正宗に、また毛布をかけてやる。
立ち上がった勢いのまま、退室する。
もうすぐ夜明けだ。
朝日が入らないように、カーテンを閉めてやる。
病室の電気を消す。
室内が闇で埋め尽くされる。
正宗の寝息の音だけが、存在しているような世界。
よく眠っていてね、正宗。
目が覚める頃には、悪夢は終わっているわ。
大丈夫、私にお任せ。
涙を流したまま、美子は正宗の首筋に唇で触れる。
音もなく、退室する。
この後、中村屋の美子は、初めてのお友達のため、童貞を失った。
八つ裂きでは飽き足りず、内臓、神経にまで解体した。
それでも涙は止まらなかった。




