狩る側
捕り物の経験のない、組織行動が取れない、ボクシング部が壊滅するのに、そう時間はかからなかった。
「五人一組で必ず当たれー、仕掛けるなー!!」
と副主将が命じるも、仕切れたのはグループ行動までだった。
分隊内でのリーダー、副主将への縦、他チームへの横への連絡係、位置情報の定期連絡など、機能する役割分担ができなかった。
そんな訓練などしたことが無かったからだ。
土地勘のないオウマは、縦横無尽に適当に走り回り、その位置を変えていく。
それを追って分隊の位置も、即時に変わっていく。
位置情報を把握できるGPS機能も、単体しか照会できず、分隊の全体情報と、オウマの位置情報を一元管理できない。
指示を飛ばした頃には、移動しており、ざっくりとしか追い込めはしなかった。
しかし、効率は悪くとも、無勢に多勢だ。
逃げるオウマの体力が尽きれば、数で押し切れる。
そのはずだった。
だが、それもオウマが逃亡に専念していたため、続いていた人海戦術でしかない。
濃紺の悪魔が降臨してしまってからは、状況が
激変した。
副主将が定期的に回していた連絡に、反応するチームがどんどん無くなっていった。
オウマが、各個撃破を始めたためだった。
オウマは建物の多さを利用した、ゲリラ戦を始めたのだった。
狭い通路や、曲がり角などで待ち伏せ、自分を追っているであろうスポーツ・ウェアに襲いかかっていった。
樹木の陰や、草むらに身を伏せ、通りかかるメタリック・レッドの特徴的な運動着を待つ。
コブシの趣味で、ボクシング部の運動着は特注だった。他の運動部とは違い、また真紅のため、遠くからでも視認し易い。
待ち伏せするには、最高の服装だった。
通りがった背後から、襲いかかる。
道の端に寄せられていた建設資材、木の角棒でフルスイング。
腕か鎖骨か足の骨を一本折る。
骨折の痛みに、相手は涙を流し、戦意喪失する。
それでも戦意喪失しなかった気概のある相手にもいたが、身体は痛みと骨折で無力化している。
抵抗できない獲物に、フルスイング。
さらに一本折る。
春の大会は近い。
研鑽した努力が、手足が折れて水の泡だ。
怒りの涙が、悲しみのそれへと変わる。
相手の尋常でない破壊行動に、叫ぶながら逃げ出す者もいたが、オウマはそれを見逃さない。
これは殲滅戦だ。
条件闘争ではない。
どちらかが、滅びるまで戦いは続く。
背後から棒を投げ、足に引っかける。
前のめりに顔面から倒れた相手、その背中に軽くジャンプしてから踏み込む。
片足に乗った全体重が、背中側のアバラを簡単にへし折る。
泣き叫ぶ獲物は、何か見たことがある顔だった。
きっちりとは思い出せないが、顔を見ているとムカムカしてきた。
男に対して記憶力が残念なオウマは覚えてはいなかったが、それは入学式当日でからんできた青紫の一人だった。
逆のアバラを蹴り飛ばし、オウマはスッキリした。
狭い一本道では自転車で、広い空間では道にあった適当なもので、建設資材の木の角棒やレンガ、小石や石、果てはゴミ箱、ベンチなども利用し、素手を使わず、モノでブン殴っていった。
遠くからぶつけてもいった。
複数人の利点を生かせない、バラバラな動き。
相手は濃紺で分かりにくいが、自分たちは真紅と遠くからでも分かり易い、待ち伏せを受ける服装。
それらも壊滅理由の一つであったが、最大の理由ではなかった。
最大の理由、それは彼らがボクシング部だったからだ。
素手での殴り合いに、絶対の自信と誇りを持っていたからだ。
喧嘩で自分の実力を試してみたい、そんな若さゆえの欲求もあった。
素手で挑んでしまった、それが最大の敗北理由である。
彼らに比べ、オウマには素手に対するこだわりがない。自転車、建設資材、ゴミ箱、ベンチなど、その場にあるものを武器にする。
武器の最大の利点は、自分にダメージが返らないことにある。
いくら研鑽を積もうが、素手で人を殴れば、骨と骨との衝突に、拳を少なからず痛める。
額になど入ってしまえば、拳の方が砕けてしまう。
武器ならば、それはどうか?
武器が凹むだけで、本人には何のダメージも無い。
フルスイングしても痛いのは相手だけなのだ。
それだからこそ、フルスイングができるのだ。
あとは経験の違いだった。
ボクシング部の面々は取り囲んで暴行する程度の経験でしかなく、殲滅戦の経験が無い。
通常の人生において、逃げ場を潰すほど、そこまで相手を痛めつける必要もなかった。
だがオウマは違う。
狩るのはお手の物だ。
殲滅戦は大好きだ。
再戦が無いので、そこで白黒はっきり決着するのが気持ち良いとさえ、思っていた。
「集合、集合!!」
副主将が携帯電話相手に、檄を飛ばす。
甚大なる被害を出しながらも、ボクシング部は何とかオウマを袋小路へと追い詰めた。
副主将も全速力で、そこに駆けつける。
残った人数は、自分を入れて七人。
一時間半足らずで、ボクシング部は壊滅状態に追い込まれていた。
袋小路に駆けつけた副主将は、言葉を失った。
その光景に、息を飲んでしまった。
袋小路の奥、そこにオウマは立っていた。
その周りに、
「痛てえよ、痛てえよ」
と腕を押さえながら泣く者、
「俺の足が、足が」
と足を押さえながら喚く者、
「てめ、え、ぜ、ぜ、絶対に、コロ」
とアバラを押さえながら呪詛の声を吐く者、
その声はオウマが投げつけたレンガに、押しつぶされた。
至近距離から、硬いレンガが容赦なく投げつけられる。
胸が強打され、胸骨にヒビが入る。
吹き飛んだ二年生は、背中を袋小路の横の壁にぶつけ、そのまま崩れ落ちる。
コイツ、根性あったな。あとあと面倒だし、ここで再起不能にしておくか。
オウマが物言わぬ二年生に近づいていく。
「やめろー!!」
副主将は、叫ばずにはいられなかった。
その二年生は自分が目をかけていた、来年の主将候補だったからだ。
性格は勝ち気だが、何か可愛げのある、コブシ二世と呼ばれるほど、コブシに気性がよく似ていた。




