妹の拉致監禁
そんな女神お姉様の生活に、今回引っ越しする羽目になる事件が起こった。四ヶ月前の冬の話だった。
そう、あれは早朝から雪が降り続ける、底冷えした日のこと。朝から胸騒ぎはあった。
いつも同じ場所に、しまっていた鍵が、なぜかなく、出かける間際で探す羽目になった。あるにはあったが、何故か、靴箱と壁の隙間に落ち込んでいて、見つけるのと取るのに時間がかかり、学校を遅刻した日だ。通学に使うバスも雪に遅れたので、大多数の生徒が遅刻してはいたが。
その日の食事当番はユウヤだった。
兄妹は両親と家族四人暮らし。ただ両親は仕事に忙しいのか、よく帰って来ない日が幼少から多く、いつの間にか二人で家事を分担する生活リズムが身に付いていた。
その日も両親から帰れないとの連絡が昼にあった。いつものことだ。両親は転勤族なのか、長くても三年は同じ場所にいない。子供の頃から転校は多かった。そのためにユウヤが身につけたスキルが外面だったとしたら、それは悲しい、お話だ。
友達とのお別れ会の帰りに、ユウヤは、よく泣いていた。正確には涙を堪えていた。
「お、お兄ちゃんが、い、いるから、だ、大丈夫」
それでもポロポロ、ポロポロ、大粒の涙をこぼしていた。大人気ユウヤの抱き合わせ(バーター)とは言え、お別れ会のプレゼントは豪華だったので、
「最新のプラモ、げっちゅー。イェーイ!!」
と、はしゃぐのを抑えるのが、しんどかった。プラモの箱を背に回し、空いた片手で妹の頭を、よく撫でてやったものだ。
その日の食事当番は、前回はオウマだったので、今回はユウヤの番となっていた。
三年生の冬なので、部活動も引退し、進学先の高校の推薦も合格していた。北方の学校には、中学二年生の秋に転校していた。そのため、とりあえず高校は地元で進学することになっていた。部活動も、運動神経、統率力、同調・共感力に秀でたユウヤは、助っ人扱いで引っ張りだこだったのは言うまでもない。
オウマは帰宅部だったので、いつものように放課後は悪友とエロ談義に盛り上がり、その日のテーマは、アイドルと結婚するなら誰? で二時間ファミレスを占拠後、帰宅。
ユウヤは明日に、引退した部活動の追い出し試合を控えていたので、軽く練習後、帰宅。
のはずだった。予定の六時を過ぎても一向に帰ってくる気配は無かった。両親に連絡用に一台ずつ持たされたスマートフォンにも、連絡が一つもなかった。
六時半になっても、ユウヤは帰って来ず、連絡も無かった。オウマは胸騒ぎ、ウソ。胸がムカムカしてきた。オウマは食事は定刻通りに食べたい気性だった。時計を見る。
六時から作れば余裕だったが、今から作ったのでは定刻の七時は危うい。
そう思っただけで、お腹の虫がギュルギュル鳴った。
なんやねん、こんちくしょう。どないしてくれんねん。オラオラオラ!!
怒りの衝動にリビングにあった、カビパラのクッションを投げつける。床に跳ね返った、それに足刀を数発落とす。
感情を吐き出したところで、冷静になる。やべー、これユウヤが気に入っていたクッションだった。ぺしゃんこに潰されたクッションを慌てて、元に戻す。横からパンパン叩き、整形する。
意味もなく膨らませるイメージで息を吹きかけ、痛いの痛いの飛んで行けーと呪文まで唱える。
クッションがそれなりに元通りになる。隠蔽のため、他のクッションに交えて置く。額の汗を手の甲で拭う。テーブルに置いていた水を一杯飲む。
待つのは苦手だ。連絡が無いので、当てにできない。そんなことより、七時に食事だ。
気持ちを切り替える。幸いにも昨日買い物に出かけたので、食材は冷蔵庫に詰まっている。今日は寒い。鍋だ。
寒いときに温かいモノは、何でも美味い。
出汁もインスタント的なキューブがある。食材を切って煮るだけだ。お米は冷凍していたのが残っていたはず。
決断するなり、オウマの行動は素早かった。キッチンへと向かい、エプロンを身につける。
ピロリロ、ピーン♪
コンロ下の器具棚から鍋を取り出し、水を張り、火をかける。冷蔵庫から、出汁のキューブを取り出し、鍋に放り込む。
ピロリロ、ピーン♪
合わせて取り出していた食材を、包丁で切っていく。いや包丁は時間がかかる。肉も野菜も茸も豆腐も、素手で千切って、鍋に放り込む。ヌルヌルした手を洗い、エプロンで拭く。
ピロリロ、ピーン♪
ラップに包まれた冷凍ご飯を冷凍庫から取り出し、電子レンジに放り込む。解凍ボタン良し。
鍋が煮え上がる間に、食器を用意する。いつものクセで二人分の専用器と、お箸を用意しそうになるが、やめた。これは罰だ。食材は二人分用意してしまったが、一人で食ってやる。当番を破った罰だ。晩飯抜きの、お仕置きだ
ほどなくして、鍋もご飯も出来上がる。
テーブルに鍋敷きを置き、その上に鍋を乗せる。猫ちゃん鍋掴みを脱ぎ捨て、ご飯を、お茶碗に、よそう。飲み物は常温の麦茶がテーブルに常設してある。席に着く。時計を見る。時刻は一八五八。間に合った。YES! YES! YES!!
「いっただきまーす」
箸を持ち両手を合わせる。命を頂きます、この瞬間がオウマは大好きだった。他を糧にする自由で開放的な空間だった。
ピロリロ、ピーン♪
そこに無粋な横槍が入る。さっきから鳴っていた、ユウヤ専用の着信音だった。短いので電話でもなくメールでもなく、ポップアップ形式のショートメッセージに違いない。
何だよ、うっせーなあ。てめえの分なんかねえぞ。
箸を置き、面倒そうにオウマは、テーブルのスマートフォンに手を伸ばす。液晶ディスプレイに映し出された文字を見る。
瞬間、オウマの目の前が真っ黒に染まる。
拉致なう(^_^)
震える指先でポップアップをクリックし、次のメッセージを読む。
相手は吉田春吉。そのお屋敷に監禁なう(*^▽^*)
吉田春吉。その名前には聞き覚えがあった。
確か同じ中学の一年生男子だったはず、お家の、ご職業が代々興業を営んでおり、口の悪い噂では広域暴力団指定されているとか、されていないとか。そんな反社会集団に、妹が拉致監禁されている。
左手が唸る。手の甲に紋章が浮かび上がり、黒い霧を吐き出す。心が真っ黒に染まる。
力が欲しいか?
どこから、ともなく声が聞こえる。
妹を助ける力が、今直ぐ欲しい。オウマは真夜合わず答える。声がオウマを導く。
宜しい。ならば破壊せよ。破壊の実績に、さらなる力が宿る。
真っ黒な衝動に、心が埋め尽くされる。素手で熱いままの鍋を掴む。熱が皮膚を焦がすが関係ない。暴れるには燃料が必要だ。
頭上に持ち上げた鍋の中身を、口を大きく広げて一気に流し込む。熱々の出汁が喉を灼く。だが時間がない。食材も一切噛まず、一気に飲み干す。高熱のこもった豆腐が胃袋を煮え立たせる。
手と喉と胃袋の激痛は、良い気付けだった。攻撃衝動が目覚める。紋章が浮かび上がった手の甲で、口元を拭う。唇も舌も少し火傷したのか、ヒリヒリする。その痛みが心地良かった。血走った目が笑いを漏らす。
確か、吉田の、お屋敷は高台地区にあったはず。数年前に球団を、この地に誘致した功績か、利権かで建てられたもので、球団屋敷と呼ばれている御殿だ。そこは高級住宅街の山の手に有り、ここからは徒歩では二時間以上かかる。自転車でも三十分以上だ。時間が惜しい。
げーえーぷー。
食材と共に飲み込んでいた空気を排出する。
妹に指一本でも触れてみろ。未来永劫、末代まで八つ裂きにしてやる。二度と笑顔の浮かべられない、生き地獄を、無限に味合わせてやる!!
オウマは躊躇わず、玄関でキーを取り、裸足のまま地下駐車場に向かった。