女の剣
K.O。
勝利者、
王者、
原田拳!!
とばかり、
コブシが右腕を天に突き出す。
「きゃー、コブシ様カッコ良いー!!」
場内に歓声が上がる。
蝶の舞う軽やかなステップ。
踊るようなリズム感に、
観衆は魅了される。
大雀蜂のような強烈な一刺し。
全身のバネをあますことなく使った強烈な一打。
雄の荒々しさと逞しさに、
観衆は抱かれてしまっていた。
コブシはなおも入場よろしくステップを踏んでいる。
音楽が再度かかる。
観衆はリズムに合わせて、
身体を揺らし始める。
ドン!
不埒な乱入者に、
正宗は怒る。
床を激しく踏み叩く。
その轟音が一瞬音楽を引き裂く。
コブシが手を伸ばし、
音楽を止めさせる。
観衆も動きを止める。
会場にまた静寂が訪れる。
にらみ合った二人、
先に口を開いたのはコブシだった。
「正宗どうよ?
剣舞だか演舞だか知らねえが、
止まった的を、
あんなにトロい動きで斬って、
何の意味があるんだよ。
欠伸が出るわ」
コブシは鼻で笑う。
真剣による巻き藁斬り。
ゆっくりした動作で、
集中力を高める修行だ。
コブシの言うように、
当然実戦的な練習ではない。
実戦では的は動くし、
また機動速度も一撃で決まる剣においては一瞬だけに近い。
実戦とは別物である。
「だからと言って、
乱入の狼藉は許されない」
低い語気の正宗の台詞を、
コブシは遮る。
根本的に言いたいことだけ述べる。
「女が、
剣なんざ振り回してんじゃねえよ。
女は、台所で包丁でも握ってろよ」
コブシは苛々した声を出す。
観衆の大半は女子生徒だ。
そんな女性大多数の中、
男尊女卑を叫ぶ。
「きゃー、
コブシ様カッコ良いー!!」
観衆から、
黄色い声援が上がる。
無論男女性差別撤廃はムッとしたが、
大半は声援を上げていた。
コブシの肉食系魅力資質は、
それが許されるのである。
それだけの男前であり、
逞しさであり、
頼もしさを、
コブシは兼ね備えていた。
言いたいことを言いたい奴に、
公衆の面前で伝えられたことに、
コブシはスカッとする。
さらなる爽快感を求め、調子に乗る。
「それにな。
女ができる剣なんざ、
高が知れている。
お遊戯は幼稚舎でしとけよな」
正宗の頭に血が登る。
反射的に言葉を出してしまう。
「貴様、
剣を愚弄する気か!?」
感情的に叫んでしまう。
自分だけなら、
まだ抑えれた。
女なのも事実だ。
だが剣についてだけは許せない。
剣は個人で成せるものではない。
自分の研鑽はもちろんのこと、
師から教えがあってこそのものだ。
剣を否定されると言うことは、
自分の剣を教え支えてくれた諸先輩、
また剣術の術理をまとめ上げられた先人達さえも否定されることになる。
許せない。
正宗の手は柄に伸びていた。
コブシは、
その手を見て笑みを浮かべた。
元よりそのつもりだ。
あざ笑うかのように、
顔をうつむかせ、
上目遣いで正宗に舌を出す。
「だったら?」
「斬る」
正宗が真剣をゆっくりと抜く。
剣呑な雰囲気に、場内に本当の悲鳴が上がる。
やっちゃって下さい、
正宗様。
場を取り仕切る風紀委員は動かない。
寧ろ推奨していた。
手を組み祈るように、
正宗を見つめている。
房代の友達が、
コブシの毒牙にかかっていたからだ。
正宗は抜いた剣を、
両手に持ち替える。
切っ先を真正面のコブシに向け、
傾ける。
正中線を攻撃、
防御する青眼の構えだ。
切っ先の向こうに獲物が見える。
得体の知れない何かが自分の中で動き出す。
蠢くそれに、
鳥肌が立つ。
喉が乾く。
お腹も空いてきた。
飢える。
コブシは、
向けられた切っ先にも臆さなかった。
金属製の冷たい光沢と重量感は、
人肉など紙のように簡単に引き裂くのを、
容易には想像できた。
その強烈な死の印象に、
背筋がザワザワするが、
問題ない。
乱入はさきほどの思い付きだが、
女が剣を振り回すのは、
昔から気に入らなかった。
思い知らせるには、
良い機会だった。
オウマに二連敗した屈辱が、
それに拍車をかけた。
憂さ晴らしである。




