リング・イン
うなじの魅力のプラスより、斬即死のマイナスだ。
猛獣は観賞だけで良い。
戯れるには危険が大きすぎる。
猛獣の牙と爪が、巻き藁を叩き斬っていく。
袈裟斬り、薙ぎ払い、乾竹割り。
人の肉に見立てられた巻き藁と、人の背骨に見立てられた芯の青竹が切断され、ぼとぼと落ちていく。
その度に観衆から、割れんばかりの歓声が上がっている。
房代よろしく女性からの黄色い悲鳴だ。
会場が熱気に包まれる。
正宗が最後に残った、巻き藁の前に立つ。
無傷のそれは他の一本とは違い、三本が束ねられている。
正宗は、ゆっくりと刀を持ち上げる。柄を間を開けて両手で持ち、顔の横で構える。
切っ先を天を突き刺さんばかりに、真っ直ぐ伸ばしている。
蜻蛉と呼ばれる、西国に伝わる剣術の構えだ。
その術理は、一撃必殺、二の撃ち有らず。
全身全霊を初斬に込めた、防御配分など全く無い攻撃一辺倒の剣撃だった。
巻き藁三本、いや人体を三体、正宗は一振りで叩き斬ろうとしているのだ。
刀の真芯は狭い。
三体を同時に斬れる軌道は、極めて小さい。
狭いもので小さきものを捉えるのだ。正宗は集中している。
瞬きもせず、巻き藁を凝視している。
会場が静まり返る。
張りつめた空気が会場を包み込む。
観衆は固唾を飲んで、正宗を見守っていた。
不意に音が流れる。
静寂を打ち破り、会場内に音楽が鳴り響く。
電子八の字型胴棹弦楽器の高音が、強い拍子を刻む。
在校生達には聞き覚えのある曲だった。
間が空くことなく、黄色い悲鳴が上がる。
校内男前順位一位、
壁ドンされたい順位一位、
顎クイされても良い順位一位、
オマエって呼ばれたい順位一位、
その他肉食系順位なら色々一位の、登場曲だった。
舞台を囲んでいた観衆の一角が割れる。
黄色い声援に包まれながら、一位は登場する。
光沢のある正装丈長上着に身を包み、目深に頭巾を被り、足で床を弾いている。
赤い拳闘手袋をはめた両腕は細やかに動かし、上半身はほぐすように、揺らしている。
音楽に合わせ踊るように、歩調を踏む。
正宗の静寂とは違い、躍動感溢れる動きだ。
会場が沸く。
音楽に合わせ、観衆も身体を揺らし始めている。
試合場に入場。
乱入者は片手を上げて、声援に答える。
「きゃー、コブシ様すてきー!!」
女性からの悲鳴とも取れる絶叫は、そこで最高潮を迎える。
登場曲が鳴り終わる。
赤コーナーより、
ボクシング部主将、
インターハイ・チャンピオン、
プロ戦績二戦二勝、原田拳。
今ここにリング・イン!!
「貴様、何のつもりだ?」
正宗が構えた刀を鞘に納める。
正宗とコブシは巻き藁を挟んだ形で、向かい合っている。
コブシがグローブを引っかけ、フードを脱ぐ。
美男子のご尊顔に黄色い悲鳴が上がるも、片手をあげて、それを抑える。
「止まったまま、反撃もして来ない的を斬ることに、何の意味があるのかってな」
コブシはガウンを脱ぎ捨てる。
拳闘用ズボンに、拳闘用シューズがそこに現れる。
試合用の正装だった。黄色い悲鳴が上がる。
割れた腹筋に引き締まった胸、腕、肩、背中。ふくらはぎも太股も、お尻も、余計な肉が無い。
贅肉が見当たらない。
絞りに絞った躍動感溢れる肉体に、悲鳴は中々治まらなかった。
「俺が手本を見せてやるよ」
コブシは不敵に微笑み、二、三回ステップを踏んだ後、動き出した。
正宗が斬り落とした巻き藁を打っていく。
叩き斬られ落ちた方でなく、立ったままの芯の方を打っていく。
歩くように、走るように、踊るように、回るように、動きを一切止めず、散歩でもするように、軽く打っていく。
ジャブ、ストレート、フック、アッパー、ボディブロー。
軽く合わされたようにしか見えないが、巻き藁は舞台外まで吹き飛んでいく。
土台が固定されていない巻き藁が、拳に弾けるように飛んでいく。
ぶっはー。
アイツあんなに強かったのかよ!!
オウマは思わず鼻が出た。
コブシは機動力を上手く拳に乗せている。
動けば動くほど、その威力は高まっている。
一戦目は、不意を付けての張り付いた距離。
二戦目は、狭い車内ので動けない距離。
相手の真価が出ない間合いだった。
コブシの動きには淀みが無い。
緩急自在かつ、その切り替えが見えない。
スピードもある。
相手にとって速くて早い。
動きの起こりが見えない。
技が予測できないため、予想で動くしかない。
運次第の戦いとなる。
厄介な相手だ。
こんなはええ奴は、嫌じゃー!!
二度と戦わない。オウマは激しく強く誓った。
コブシは最後の獲物に取りかかる。
今まではキスするように優しく触れていたのが豹変。
遠くから助走を付ける。
走って、上体が崩れるのを構わずに、荒々しく拳を振るった。
右ストレートで、思いっきり三体を、ぶん殴った。
青竹がへし折れる音が鳴り響き、三体は正宗の横を通過する。
体育館の壁にぶち当たり、束ねていた紐が切れる。
巻き藁が飛び散り、砕かれた青竹が露出する。
女が剣なんざ振り回してんじゃねえぞ!!
その怒りを込めた、肉食系右ストレートだった。




