表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
肉弾×白兵×遠火×魔戦  作者: 夏目義弘
33/62

リング・イン

 うなじの魅力のプラスより、斬即死のマイナスだ。

 猛獣は観賞だけで良い。

 戯れるには危険リスクが大きすぎる。

 

 猛獣の牙と爪が、巻き藁を叩き斬っていく。

 袈裟斬り、ぎ払い、乾竹割り。

 人の肉に見立てられた巻き藁と、人の背骨に見立てられた芯の青竹が切断され、ぼとぼと落ちていく。

 その度に観衆ギャラリーから、割れんばかりの歓声が上がっている。

 房代よろしく女性からの黄色い悲鳴だ。

 会場が熱気に包まれる。

 

 正宗が最後に残った、巻き藁の前に立つ。

 無傷のそれは他の一本とは違い、三本が束ねられている。

 正宗は、ゆっくりと刀を持ち上げる。柄を間を開けて両手で持ち、顔の横で構える。

 切っ先を天を突き刺さんばかりに、真っ直ぐ伸ばしている。

 蜻蛉と呼ばれる、西国に伝わる剣術の構えだ。

 その術理は、一撃必殺、二の撃ち有らず。

 全身全霊を初斬に込めた、防御配分など全く無い攻撃一辺倒の剣撃だった。

 

 巻き藁三本、いや人体を三体、正宗は一振りで叩き斬ろうとしているのだ。

 刀の真芯は狭い。

 三体を同時に斬れる軌道は、極めて小さい。

 狭いもので小さきものを捉えるのだ。正宗は集中している。

 まばたきもせず、巻き藁を凝視している。


 会場が静まり返る。

 張りつめた空気が会場を包み込む。

 観衆は固唾を飲んで、正宗を見守っていた。


 不意に音が流れる。

 静寂を打ち破り、会場内に音楽が鳴り響く。

 電子八の字型胴棹(さお)弦楽器エレキ・ギターの高音が、強い拍子ビートを刻む。

 在校生達には聞き覚えのある曲だった。

 間が空くことなく、黄色い悲鳴が上がる。

 校内男前順位ランキング一位、

 壁ドンされたい順位一位、

 顎クイされても良い順位一位、

 オマエって呼ばれたい順位一位、

 その他肉食オラオラ系順位なら色々一位の、登場曲だった。

 

 舞台を囲んでいた観衆の一角が割れる。

 黄色い声援に包まれながら、一位は登場する。

 光沢のある正装丈長上着ガウンに身を包み、目深に頭巾フードを被り、足で床を弾いている。

 赤い拳闘手袋ボクシング・グローブをはめた両腕は細やかに動かし、上半身はほぐすように、揺らしている。

 音楽に合わせ踊るように、歩調ステップを踏む。

 正宗の静寂とは違い、躍動感溢れる動きだ。

 会場が沸く。

 音楽に合わせ、観衆も身体を揺らし始めている。

 

 試合場しあいば入場リング・イン

 乱入者は片手を上げて、声援に答える。

「きゃー、コブシ様すてきー!!」

 女性からの悲鳴とも取れる絶叫は、そこで最高潮ピークを迎える。

 登場曲が鳴り終わる。

 赤コーナーより、

 ボクシング部主将、

 インターハイ・チャンピオン、

 プロ戦績二戦二勝、原田拳。

 今ここにリング・イン!!

 

 

「貴様、何のつもりだ?」

 正宗が構えた刀を鞘に納める。

 正宗とコブシは巻き藁を挟んだ形で、向かい合っている。

 

 コブシがグローブを引っかけ、フードを脱ぐ。

 美男子のご尊顔に黄色い悲鳴が上がるも、片手をあげて、それを抑える。

「止まったまま、反撃もして来ない的を斬ることに、何の意味があるのかってな」

 コブシはガウンを脱ぎ捨てる。

 拳闘用ズボンに、拳闘用シューズがそこに現れる。

 試合用の正装だった。黄色い悲鳴が上がる。

 割れた腹筋に引き締まった胸、腕、肩、背中。ふくらはぎも太股も、お尻も、余計な肉が無い。

 贅肉が見当たらない。

 絞りに絞った躍動感溢れる肉体に、悲鳴は中々治まらなかった。

 

「俺が手本を見せてやるよ」

 コブシは不敵に微笑み、二、三回ステップを踏んだ後、動き出した。

 正宗が斬り落とした巻き藁を打っていく。

 叩き斬られ落ちた方でなく、立ったままの芯の方を打っていく。

 

 歩くように、走るように、踊るように、回るように、動きを一切止めず、散歩でもするように、軽く打っていく。

 ジャブ、ストレート、フック、アッパー、ボディブロー。

 軽く合わされたようにしか見えないが、巻き藁は舞台外まで吹き飛んでいく。

 土台が固定されていない巻き藁が、拳に弾けるように飛んでいく。


 ぶっはー。

 アイツあんなに強かったのかよ!!

 オウマは思わず鼻が出た。

 

 コブシは機動力を上手く拳に乗せている。

 動けば動くほど、その威力は高まっている。

 一戦目は、不意を付けての張り付いた距離。

 二戦目は、狭い車内ので動けない距離。

 相手の真価が出ない間合いだった。

 コブシの動きには淀みが無い。

 緩急自在かつ、その切り替えが見えない。

 スピードもある。

 相手にとって速くて早い。

 動きの起こりが見えない。

 技が予測できないため、予想で動くしかない。

 運次第の戦いとなる。

 厄介な相手だ。


 こんなはええ奴は、嫌じゃー!!

 二度と戦わない。オウマは激しく強く誓った。

 


 コブシは最後の獲物に取りかかる。

 今まではキスするように優しく触れていたのが豹変。

 遠くから助走を付ける。

 走って、上体が崩れるのを構わずに、荒々しく拳を振るった。

 右ストレートで、思いっきり三体を、ぶん殴った。

 

 青竹がへし折れる音が鳴り響き、三体は正宗の横を通過する。

 体育館の壁にぶち当たり、束ねていた紐が切れる。

 巻き藁が飛び散り、砕かれた青竹が露出する。

 女が剣なんざ振り回してんじゃねえぞ!!

 その怒りを込めた、肉食系右ストレートだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ