据え膳
正宗はもう一度確認する。オウマの目は閉じたままだ。鼻息も静かだ。目覚める気配は無い。
駄目よ。違う。そこだ、行け、正宗。
自制が裏返り、推進へと変わる。背中を押された正宗の指先がシャツを越える。心臓まで後少し。高まっていく自分の鼓動を、正宗は先に聞いた。触れた。熱い。
人体で最も感覚神経を多く持つ指先が、オウマの皮膚に接触した。その感覚が伝わると同時、正宗の手首が突然捕まれた。オウマが、ガシっと掴んでガバッっと起き上がったのだ。
力強く捕まれたので、正宗の身体がオウマに引っ張られる。不意の出来事にバランスを崩す。オウマの胸に倒れ込んでしまう。二人の顔が間近に迫った。こんな近距離まで異性に近付いたのは、初めてだった。心臓がバクバクする。
空いた胸元に、触れられた指先。胸に残る柔らか接触の感触に、オウマは自分が何をされたのか、瞬時に理解する。
気を失っているのを良いことに、悪戯されたのだ。
ちきしょう。なんで寝たフリをしなかったんだ、バカか俺は。
ベルトまで外されている。寝たままなら、どこまで進んだか、もったいなさに猛省する。
だがチャンスはまだ終わってはいない。据え膳食わぬは一生の恥、いや後悔。大往生の際に、絶対に後悔する自信がある。走馬燈で、死にたくなるような後悔。死んでも死にきれない。絶対に嫌じゃー。
女性の顔が唇が触れられる距離に近付いている。絶好のチャンスだ。逃すな、シュートを決めろ。ごっつぁんゴールを放り込め。
オウマの本能が囁く。その衝動に忠実に従う。強引か、繊細か。相手は風紀委員だ。何かを守るのに快楽を感じる人種だ。繊細を選択する。
「せ、先輩。な、な、何をしてるんですか?」
驚いた可愛い声を出す。質問で相手のした行動を再認識させる。
正宗は自分のしでかした事に、顔を赤らめる。魔が差したのだ。自分でも何で触れてしまったのか分からない。あらがえない吸引力が、そこにあったのだ。慌てて離れようとするが、オウマに捕まれた手はビクともしない。絶好の間合いを崩れないよう、か細い声とは裏腹に掴んだ手は、力強く逞しかった。自分を完全に拘束する巨大な力に、正宗の胸の奥がキュンキュンする。
「気を失ったボクに、何をしたんですか?」
追い打ち。恥ずかしさに身を捩るも、身体は離せない。顔を背ける。俯き、自省に唇を噛んでいる。オウマは掴んだ手首を引き寄せる。強引に、触れられた箇所にもう一度触れさせる。
「ボク、こんな風に、女性に触れられたのは、初めてです。責任、取って下さい」
言葉をゆっくり区切る。責任、使命感、風紀委員が好きそうな言葉だ。もうお婿に行けない、も継ぎ足そうと思ったが、冗談になるので止めた。今は笑いによる心理的バリアの破壊
(アイス・ブレイク)は要らない。相手を罪の呵責で押し潰すのだ。
俯いたままの正宗は、耳まで真っ赤になる。触れた手は、しっかりした感触を伝えてくる。
熱い。それに少しザラザラしている。汗をかいたのか、粘り気もちょっとある。




