寒くなりましたね
むねちゃん、いつから聞いていたのかしら? むねちゃんは舌戦が苦手だから、入りそびれたのかな。ドアの前で聞き耳を立てて、機会を伺う、むねちゃん可愛い。
美子の見立てどおり、事実、正宗は会長の叱責時には執務室の前にいた。外に響いた初めてのお友達の怒声に、身体が硬直してしまったのだ。
美子に叱られる。それが一番怖かった。
美子が叱っている。それが二番目に怖かった。
それ故に、外から中に入る機会を伺っていた。片耳をドアに張り付け、中の様子を盗み聞きしていたのだ。待って耐えて、やっと自分の順番が来た。正宗は顔が綻ぶのを抑え、会長に意見する。
「いくら生徒会長の」
「生徒会長?」
美子が正宗に微笑む。慌てて正宗は訂正する。いばら姫の微笑みは、棘が痛いのだ。
「もとい、美子の推薦とは言え、勝手に助太刀にされては困る。学院の風紀を一翼を担う助太刀だ。それ相応の実力が必要だ。頑丈なだけでは務まらない」
今度はユウヤに口を挟まれる。
「お兄様は頑丈なだけでは、ございません。他にも」
黙していた香織が口を開く。
「ブラコンは黙ってなさいよ。今は正宗様が、お話をされているのよ」
香織は正宗の熱心支持者でもあった。
ユウヤは言い返す。
「次席は黙って控えてなさい。お兄様の溢れる魅力が分からない、どうしようもない審美眼だから、二番目なのですね」
「なんですってー!!」
ユウヤの挑発に、香織は瞬間湯沸かし器と化す。二人は立ち上がり、言い争いが始まった。
あーだーこーだ、こーだーあーだ。キー!! 悔しい。
舌戦の雰囲気が苦手な正宗は、言いよどむ。思わず美子を見てしまう。場を取り仕切る会長は、初めてのお友達に、助け船を出す。机を両手で叩く。
バイーン。
木材が震えて、長い音を出す。音の振動が言い争いの声を覆い尽くす。
笑顔のまま辛辣な言葉を投げかけ、相手に逃げ場を与えないユウヤ。
言い返してはいるが、感情的な言葉だけで論理性に欠ける香織。その目には悔しさからか、うっすら涙が浮かんでいる。
勝負は始めから着いていた。ユウヤの、お兄様愛に勝てる存在など、三千大千世界には存在しないのである。
「香織さん、優弥さん、着席」
二人は、美子の指示に従う。言い争いに託けて、お兄様の魅力を存分に口に出せたオウマは、ご満悦だった。香織は座る際に、涙が零れないように必死だった。
「正宗、続けて」
正宗は一つ咳払いした後、話を再開する。どうも舌戦の場は苦手だった。昔から、お腹の奥がキュンと萎縮してしまう。
「オホン。なので試験させてもらう」
ドア近くの下座に位置するオウマに近付く。
近付いてくる小馬尾に、オウマの目は釘付けだった。尾の揺れの緩やかさと、首もと全開の凛々しさが、トレビアーン♪ 項に、カブり付きてえ。
正宗は間合いに入るなり、いきなり剣を振るった。
「チェストー!!」
肩に担いでいた竹刀を、座っているオウマの頭上から振り下ろす。さっきまでの会話形態から、瞬時にして戦闘形態に切り替わる。
常在戦場。事件は何時起こるかは分からない。即座に反応できるように、瞬時に切り替われなければ、助太刀としては、やってはいけない。相手はこちらの都合など、準備体操など待ってはくれないのだ。




