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肉弾×白兵×遠火×魔戦  作者: 夏目義弘
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戦闘まだあ?

 車内に取り残される二人。ユウヤが左ハンドル運転席の後ろに座っていたので、ボックス席の後部に、コブシが左側、オウマが右側に座っている。オウマは車窓から、ガテン系女子はいないか? 眼球を目まぐるしく動かし、搬入口を捜索している。

 沈黙が車内を包み込む。二人きりになった。邪魔者はいない空気。コブシはちらりと横を見る。坊主から髪が伸びかけの、田舎頭が見える。それだけで、昨夜の怒りが再燃した。

「おい」

 低い声が出た。ドスの効いた声にも、オウマは反応しない。荷降ろしに汗をかくガテン系女子。その引き締まった二の腕に夢中だった。

 コイツ。無視されたことプラス、

 昨日は、よくもやってくれたな!

 の二つの怒りが相乗効果で膨れ上がる。向けられた後頭部、その無防備に容赦なく、先拳リードパンチを放つ。座っているので下半身のバネは使えないが、胸鎖関節、肩関節、肘関節、そして手首を使い、腕をしならせる。肩甲骨の重さが乗った拳が、空気を切り裂く。

「おお!」

 オウマは思わず声を出してしまった。袖をまくっていたガテン系女子が、暑いからか上着を抜いたのだ。筋肉質な上半身が、タンクトップから多く露出する。少しでも近くで見ようと、車の窓にへばりつく。頭の距離が離れてしまい、コブシのパンチが空を切ってしまう。

 俺の先拳を避けた!?

 コブシは、その事実を認められず、驚いてしまっていた。自分を高校生王者に導いたのは、この先拳だった。気が付いたら、相手は食らっている。相手は必ず被弾を覚悟しなければならない、回避不可能の最高速度の拳撃、それが原田拳の先拳だった。それを難なく、オウマは避けた。驚愕に動きを止めてしまう。

 オウマはそれを尻目に、目の保養を楽しんでいる。ガテン系女子は、力仕事ゆえか肩幅があるのが上着を着ていても分かった。タンクトップから、広い肩幅に見合った胸の恰幅が見える。その谷間に、オウマは吸い寄せられている。

 なんだろ。柔らかそうなオッパイも良いが、固そうなオッパイも良い。いずれにせよ、オッパイは実に良い。おっぱい最高。パイオツカイデー、カイデーパイオツ。

 おネエさーん、手伝いまーす。

 オウマはドアを開け、車外に飛び出そうとする。あれ、あれ、開かねえ。

 ドアノブに手をかけるが、ドアロックが外れない。ガチャガチャしても、外れない。焦って、ガチャガチャを繰り返す。

 オウマは知らなかった。送迎用のリムジンの標準仕様は、後部座席は車内からは開かないのだ。子供事故防止用のチャイルドロックではない。運転手もしくはドアボーイが外から開けてくれる、仕様なのだ。

 車窓に顔を張り付けながら、オウマはガチャガチャを繰り返している。パイオツカイデーが仕事を終えたのか、遠ざかっていく。

 その無防備な背中に、拳が突き刺さる。左脇腹の背中側、肋骨でカバーされていない部分に、コブシの肝臓打ち(ギドニーブロー)が炸裂する。

 内臓への衝撃、激痛にオウマの身体が硬直する。のを我慢して、オウマは裏拳バックブローを放つ。邪魔すんじゃねえ!!

 腕ごとしなってくる、ラリアット気味の裏拳に、コブシは余裕を持って対処する。遅い。打った右拳を戻し、拳逸らし(パリング)で、迎え撃つ。オウマの左手の甲の軌道を、コブシの右拳の手刀側が逸らせる。だが、裏拳はその歩みは遅くとも、馬力パワーがあった。

 拳逸らしを押し潰す。軌道は変わらず、そのままコブシへと向かう。信じられない馬力に、コブシは咄嗟に左手で顔面を防御ガードする。拳を軽く作り、こめかみ辺りまで持ち上げる。その防御こと、裏拳は、なぎ払う。後部座席の柔らかいソファに、コブシの右肩、顔面、左腕をめり込ませる。

 なんて馬力だ。

 上体が流れ、足裏が浮いたコブシは、体勢を崩している。それに逆らわず、全身のバネを緩める。そこからソファからの跳ね返り、クッションのスプリングの反動を利用。そこに緩めた全身のバネを下から順番に締め上げ、力を連結、右拳に乗せる。全身の筋肉の緩急だけを利用した、超接近短拳ワンインチ・パンチを放つ。拳のうねりが空気を弾き飛ばし、裏拳でコブシに振り向く形になった、オウマの肝臓を今度は真横から打つ。拳は数センチはめりこみ、確かな手応えがコブシの拳先に伝わる。

 ふうー、スッキリしたぜ。

 確実な試合続行不可ノックアウトに、コブシはようやく溜まっていたモノを吐き出した。

 顔じゃなくてボディだったのも好都合だ。外傷が分からないので、あの女は誤魔化せる。コイツもこれに懲りて、二度と俺に刃向かわないだろう。適当な所で降りさせて、後は、あの女とドライブだ。

 お気に入りのスポーツカーを運転している自分、その助手席に座っている今日のカキタレ。

 想像するだけで、涎が出そうだった。

 天の才に恵まれたゆえか、コブシは競り勝った事がない。秀でし者のため、競り合うまで行くこともなく、勝負は着いてしまう。気が付いたら、勝っている。その程度レベルの勝負勘だった。

 それに比べ、オウマはユウヤに負けている。敗北の惨めさ、空しさ、切なさ、辛さ、痛さ、悲しさ、喪失感。それら全てを、幾度となく味わっている。その差が戦いの決着には出る。そう、これはリング上のスポーツの試合ではない。喧嘩、闘争、戦いなのだ。

 激痛に息が詰まり、気が遠のく。それを舌を噛むことで耐える。鉄分の味が口の中に広がるも構わない。

 己の流す血ごと、相手の血も飲み干す。

 戦いの勝利者は、侵略者であり、略奪者でもある。相手の夢、目的、目標や、時には価値観、世界観、人生観や、命さえ奪い取る。相手自身だけでなく、相手に託したその周りのそれらさえも、根こそぎ奪い取る。負ければ、それをやられる側だ。負けることの恐怖を、本当の意味を、コブシは知らず、オウマは経験していた。その差が現れる。

 オウマは脇腹にめり込んだコブシの右腕を、左手を戻し掴んだ。血走った目がコブシを捉える。万力のような握力に、コブシの手首が悲鳴を上げる。上体を一旦仰け反らせ、背骨、背筋の反動を利用。コブシの顔面いや、額に頭突きを、かます。鼻っ柱を避けたのは、車内が鼻血で汚れるのを避けたためだ。車に乗せてもらった恩のお返しであった。

 石で怒突かれたかのような、固い衝撃が頭部を駆け巡る。衝撃に頭がクラクラする。目が回る。瞼の裏がチカチカしている。

 この岩頭が。

 頭を振って、覚醒を促す。その隙を略奪者であるオウマは見逃さない。回復など許さない。左手でコブシの喉を掴む。喉輪である。指先が脳に酸素を運ぶ頸動脈と、肺に酸素を運ぶ気管を掌握ホールドする。このまま握り潰せば、コブシは窒息死する。オウマの握力は、コブシの右手首の内出血で証明済みだ。ゆっくり締めていく。

 脇腹が痛む。殺すか。

 そんな衝動に駆られた瞬間、ドアが開けられ、聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「お兄様、お待たせ致しました」

 ユウヤの声にオウマの手が緩む。車窓には機密性を高めるため、断視材スモークが貼られており、外からは中の様子は伺えない。ドアを開けて、ようやく中の様子にユウヤは気付いた。

 兄が上級生を押し倒し、絞殺しようとしている。まただ。どうして、お兄様は男性と揉めてしまうのか? はあー。妹は溜息を付いた。

 美少女の隣、その席は一つだ。奪い合いになるのは、男性の雄たる性分だった。

 妹の類希たぐいまれなる美が、揉めトラブルの原因の半数以上を占めている。それをユウヤは自覚していた。だからこそ、オウマにしか、その隣は務まらないのだ。

 むろん、残りの半分弱の原因は、兄の、女性博愛主義フェミニスト淑女尊重主義レディーファースト女体敬愛主義ぷにぷに・やわらか・さわりたい、同時に複数の女性を愛せる器の大きさ、いや情けないが、浮気性のためだった。

「皇眞お坊ちゃま。そこまでで、お願い致します」

 ユウヤの真空飛び膝蹴りが、オウマの顔面を蹴り飛ばす。

 より早く、運転手がオウマの首元を掴む。車外から事態を把握した運転手が、素早く反対側のドアに回り、それを開放。車内に踏み込み、オウマの背後を取ったのだ。

 コブシからオウマを引き剥がす。掴んだ片手で、車外にオウマを引きずり投げる。

 オウマは搬入路のアスファルトを、ごろごろ転がる。投げ飛ばされた回転の中、オウマはオッパイデカイーを思い出していた。殴られた脇腹と、噛んだ舌の痛みが少し和らいだ。

 車内に残ったコブシは、涎を垂らし、失神していた。

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