それお前の金じゃなくて、お前の親の金じゃねえ?
ユウヤが身を乗り出したまま、運転手に、お願いする。
「優弥お嬢様、申し訳ございません。そちらの、お客用駐車場では、このお車の大きさでは進入致しかねます。3ブロック先の、高級高頻度消費食料品・日用品小売店舗では、いかかでしょうか?」
運転手が丁寧に答える。
「困りましたわ。今朝の散らしによりますと、そこのキャベツが特売品ですのに」
ユウヤは口元を、指先で押さえる。今日のお昼は、お好み焼きの気分だ。キャベツを買いたいのである。
「優弥。3ブロック先の店なら、俺が好きなモノ買ってやるよ。何ならウチでメシ食ってくか?」
コブシは口を開く。出番が来た。お金持ちの魅力を発揮するチャンスだ。太っ腹な所を見せる。
ユウヤは振り返って席に戻り、コブシに笑顔を向ける。
「拳様、ありがとうございます」
そうだろ、そうだろ。コブシは鼻が高くなる。
「申し出は有り難いのですが、今回は、ご遠慮させて頂けますか? 初対面のお方には、施しは受けてはいけないと言う家訓が、弊家にはございますので」
そんなん初めて聞いた! と驚いたのはオウマ。
「それに、正確には拳様の金銭ではなく、拳様を扶養する、ご両親もしくは、ご家族の金銭なのでしょう? 拳様の稼がれた金銭以外は、お受け致しかねます」
真正面から目を見据え、ユウヤはコブシに笑みを返した。
「なっ!」
またコブシが言葉に詰まる。今まで、親のお金しか使った事が無い。自分で働いて稼いだ事は一度も無い。小遣い、お年玉、お祝い、すべて自分以外からの金銭だ。
運転席と、後部座席のボックス席との間仕切りは、ユウヤが身を乗り出していたため、解放されている。
ユウヤの答えは、事実上コブシからの援助は受けない事を意味している。それは、コブシ魅力の骨格でもある、お金持ち属性を消し去ってしまったということだ。
話が耳に入ってしまった運転手は、微かに口角を吊り上げてしまう。護衛という職業柄、運転手は相手の人間力を即座に分析してしまう。
コブシお坊ちゃまを断るとは珍しい。またその断り文句が素晴らしい。この優弥と言う美少女は、見た目以上に中身が、やる。
そう判断した。
「かしこまりました、優弥お嬢様。手配致しますので、少々お待ち下さい」
運転手は、楽しげに行動を開始する。付けていたインカムの回線を開き、左手でハンドル、右手でダッシュボードに設置された自動車電話のダイヤルをプッシュする。
優弥の立ち寄りたいスーパーの経営資本を、原田家の執事室に確認する。目的を了解した執事室が、その手配を引き継ぐ。
玲瓏学院の生徒は、裕福な家に生まれている。と言うことは、その両親は当然、通常労働階級ではなく、医者、弁護士、会計士、技術者、発明家などの特別労働階級もしくは経営者などの資本家階級の、いずれかだ。
ここ人工島にある店舗の大部分は、玲瓏学院生徒ご両親の資本につながっている。
ほどなくして、執事室から許可の連絡が入る。
車がスーパーの表を通り過ぎ、裏へと回る。運転手は守衛に名を告げ、搬入門を通過する。搬入に忙しい貨物運搬用大型荷台付自動車と並んで、車は駐車される。そうお客様駐車場には、全長が通常車の二倍あるリムジンなど入らないので、搬入口からの進入の許可を手配したのである。運転手からの、スーパーに立ち寄りたいとの目的を執事室が受け、スーパーの経営層に、原田家の資本力で、つなぎを取り、また許可を取り付けたのである。
運転手はエンジンを停止させ、素早く車から降り、後部座席のドアを開ける。
「申し訳ございません、優弥お嬢様。正面は進入できませんでしたので、裏門からの進入を、お許し下さい」
運転手は、恭しくドアの外で頭を下げている。ユウヤは車から降りようとする。リムジンはその貴賓席の仕様上、座席が深い。ドア枠との高低差があり、乗り降りがし難い。そのため、運転手は降りようとするユウヤに、さっと手を差し出す。ユウヤは白い手袋に包まれたエスコートを受け取り、車を降りて礼を言う。
「いえ、ありがとうございます。鈴木様、ご配慮ありがとうございました」
車内に残るオウマに振り返る。
「それでは、お兄様、行って参ります」
言うなり踵を返し、店内へと向かう。キャベツ♪ キャベツ♪ 特売キャベツは美味しいな。まずは、その特売の安さを、楽しもう♪
特売キャベツの歌(作詞・作曲は織田優弥)を鼻歌しながら、ユウヤの背中は遠ざかっていく。
「お供致します」
鈴木運転手は、運転手の帽子と制服を正す。その後かしずくべく、背後に控える。その背中も消えて行った。




