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「ソファふかふかですね。運転手さん、こういうお車って、通れる道が限られるなど、色々大変なんですか?」
ユウヤが座席から身を乗り出し、積極的に運転手に話しかけている。三人はリムジンバスの中にいた。車は二人の新居へと向かっている。
ユウヤは車内の後部に設置された対面座席の、運転手後ろ側に座っている。そこから振り返り、身を乗り出している。そのため、並んでトランク側に座ったオウマとコブシからは、お尻を突き出した卑猥な格好に見えた。
かー、これが妹じゃなければなあ。
良い尻だ。パンパンしてえ。
似たようなことを、男性陣は考えていた。
ユウヤは事務的に返答する運転手にも怯まず、話しかけている。乗車の際にドアを開けてくれた運転手は、中年だった。物静かそうだが、精悍な顔つきをしていた。大人の顔をしていた。年は父親と同じ年代か。
ユウヤは、中年によく積極的に話しかける。それが父親と同じ世代なら尚更だった。小さい時から、両親は不在が多かった。そのため、父親像に飢えているのかもしれない。端的に言えば、ファザコンである。
やっぱり俺じゃ、親父の代わりにはなれないか。
オウマは悔しさと情けなさと、妹の悲しさにギュッと拳を握り締める。両手を膝の上で震えんばかりに、奥歯を噛みしめながら握る、などする訳もなく、
「おい」
コブシに小声で話しかける。オウマを見てからずっと不機嫌のままのコブシは、その表情をさらに歪めながら、答える。
「なんだよ」
「さっき、てめえ。妹のケツ、視姦したろ? 兄の前で妹を犯すって、どんだけマニアック好きやねん」
「なっ!」
図星を指され、コブシは声を上げてしまう。運転手との会話に夢中なユウヤは、声にも気付かない。ずっとこちらに向けたままだ。話す度に、キュートな、お尻がプリプリ揺れている。オウマの言葉に意識させられたコブシは、スカートの丸みを見てしまう。ユウヤは、ニヤニヤしながら言う。
「お前、もしかして童貞かよ?」
「ど、ど、童貞ちゃうわ!!」
顔を真っ赤にしながらの否定、
「童貞じゃねえよ!!」
即座のツッコミ、そのどちらもコブシは出来なかった。ボケ慣れしていないのもあるが、それ以上に、この世に美形として生を受けたコブシに、そんな指摘をする人間などいた事が無かったからだ。リアクションは、
「なっ!」
の絶句だけだった。テレビやラジオなら、放送事故レベルの沈黙が、二人に訪れる。
オウマは興味を失ったように、車窓を見る。車は幹線道路を通り、家に向かっている。風景が後ろに流れていくのを、ぼんやり見る。
今日は四月八日だ。入学式が多い。街中には真新しい制服に身を包んだ、新入生達が溢れている。新学生生活に、期待と不安のドキドキで胸を躍らせる女子生徒をオウマは楽しんでいた。キャッキャ、キャッキャしている一団が見える。俺もあの中で、キャッキャ、キャッキャしてえ。
絶対に嗅げるはずも無いのに、車内でオウマは、イメージの中で一団の匂いをクンカクンカしていた。
「運転手様、右手の高頻度消費食料品・日用品小売店舗に寄って頂けませんか?」




