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肉弾×白兵×遠火×魔戦  作者: 夏目義弘
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 まだかなあ、まだかなあ。

 高校生になっての初めての二人での下校。そう考えただけでも、ウキウキする。一緒に並んで、家に帰る。今日学校で会ったことを話しながら、一緒に帰る。顔がほころぶ、のが自分でも分かる。

 今日の学校は、入学式典だけで昼までだった。帰宅したら、軽く昼食を取って、引っ越しの荷ほどきだ。あーだこーだ言い合いながら、部屋のレイアウトを考える。生活に足りないモノは、買い出しに、二人で出かける。こーだあーだと思いをぶつけ合い、新居を整えていく。転校が多いので手慣れた作業だったが、ユウヤは結構この二人で何かを揃えていく時間が、大好きだった。

 えーと、あれとこれを整えて、それとあれをわざとズラして、これとそれは、揃えない。

 レイアウトのイメージングに、ふける。ユウヤの顔が伏せられる。

「あー」

 天使の笑顔が、天照大御神の岩戸篭もりよろしく、見えなくなった。周囲の人だかりから、どこからともなく落胆の呻きが上がる。

 落とした視線に影が差しかかる。待ち人来たれり。

 お兄様♪

 口をアハッと開きながら、ユウヤが面を上げる。好意に満ち満ちた澄んだ瞳に、影の姿は映る。目の前に立っていたのは、オウマではなく、そうコブシだった。

 何か、思ってたのと違うー!!

 内心は落胆しても、ユウヤの外面モードは崩れない。笑顔で挨拶を自ら仕掛ける。

「ごきげんよう」

 歯を見せて笑い、相手の顔をしっかり見る。相手の両目に、自分が映り込んでいるのを確認する。

「お、おうよ」

 コブシは思わず鼻白んでしまう。落ち着かないのか、口元を手で軽く覆ってしまう。

 マジかよ!? 遠くから見ても可愛かったが、近くから見ると、もっとキレイだった。そんな美が、自分を真正面から見つめている。コブシは何だか照れ臭く、気恥ずかしくなっていた。目の前の純白に、田舎頭やスポーツカーの事など、すっかり霧となって消え失せてしまった。

わたくしに何か御用でしょうか?」

(おうよ? 何様よ。ああ、お兄様。お兄様をこんな不遜な輩と間違えてしまったユウヤを、お許し下さいませ)

 ユウヤは頭一つ高い、コブシを見上げ、そう尋ねる。首を傾げ目を丸くした、愛嬌のある表情は全開だ。

 自分に媚びたような仕草に、コブシは自分を取り戻す。そうだ。俺がモテない訳がない。この女も同様だ。声に自信が宿る。

「ああ、お前転入生だろ。俺は原田拳。ここの三年生で、ボクシング部の主将だ」

「そうなんですか、先輩なんですね」

 両手を合わせ、弾んだ声と笑顔を見せる。

「これから、よろしくお願い致します」

 とどめに丁寧に頭を下げる。一方的にオラオラを見せられるのも不愉快なので、ユウヤは先を取った。お兄様早く来ないかなあ。

 それを勘違いしたコブシの、ドラドラは続く。

「お前ここ初めてだろ? 俺は初等部からここにいるから、学院の事色々教えてやるよ」 

 お前は、そろそろ聞き飽きた。

「私は、織田優弥と申します。原田拳先輩、これから宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げるユウヤに、コブシは鼻高々だ。心なしか胸も張っている。

 頭を下げたままのユウヤは、思う。流石はこれだけの衆人環視の中、声をかけてくる村一番の勇者なだけはある。挨拶時に観察した感じでは、長い後ろ髪が似合うだけの二枚目だ。背も高く、手足も長い。痩身でスタイルも良い。言葉遣いは乱暴だが、何か気品がある。生まれ育った裕福さを感じる。立ち振る舞いから背筋もピンと延び、胸も張られている。重心バランスも良い。この学院は名門だ。当然頭も良い。

 高身長、高学歴、男前、お金持ち、運動神経抜群。腕っ節も強そうだし、それらを生かすオラオラ系の度胸もありそうだ。学院一の肉食系美少年と言ったところか。

 だが、お兄様の足下にも及ばない。ああ、早くお兄様来ないかなあ。これ一体何の時間?

 頭を戻したユウヤに、コブシが指先で指し示す。

「帰るんなら、車で送ってくぜ。車を待たせてあるんだ」

 コブシの指先の先を、ユウヤが振り返って確認する。正門前の車道、その向こうに広がる広大な駐車場。そこの車寄せの一つに、白く長い物体が見える。接待送迎用のリムジンだ。それも向かい合って乗れるバスと呼ばれるリムジンである。昆虫のようの車輪が16個も付いている。

 あー、面倒くさい。見知らぬ男性と一緒の車に乗るほど私は安くはないのよ。てか、お兄様にしか売らないのよ。見くびらないで。あー、断る

どころか、声を出すのも面倒なってきちゃったわ。

 振り返り、曖昧な笑顔で時間を稼ごうとしたユウヤに、いつの間にかコブシが間近に近付いていた。驚く間も与えず、コブシはユウヤの肩を抱きしめようとする。

 車に気を取らせ、懐に入り込み、肩を抱き寄せ、耳元で囁く。

 コブシの口説きのフィニシュブローの一つだった。普段は運転手見習い用のただのセダンだが、今日は昨夜の事情により、正運転主用のリムジンだった。親父ナイス。

「さっ、行こうぜ」

 そう囁こうとユウヤの肩に触れようとした瞬間、

 バチチ!

「痛っう!」

 痛みに右手を引いてしまう。左手でさする。右手の感覚が無い。痺れた、麻痺した右手に愕然としてしまう。目を見開いて固まるコブシに、ユウヤは口元の笑みは絶やさず、片目をつむり、両手を合わせ、謝罪する。

「あっ、先輩ごめんなさい。私、帯電体質なんですよ。ごめんなさいね」

 ウインクする天使にも、コブシの驚愕は治まらない。今は乾燥した冬季ではない。春だ。静電気が発生する季節じゃない。どころか、帯電体質って、そんなレベルじゃねえぞ。右手はまだ感覚を失ったままだ。それに触れようとした瞬間、火花がスパークしたのを、ボクシングで鍛えた動体視力が見逃してはいなかった。青白い残光が、まだ目には残っている。

 私に触れて良いのは、お兄様だけよ。次に触れようとしたら、黒焦げの刑ね。正確には衆人環視があるから、心臓発作に偽装した感電失神の刑ね。

 ユウヤが、具体的な対処行動を決定する。その目に人だかりがモゾモゾしているのが見える。

 やっと来た。私のピンチに駆けつけるなんて、なんてズルい、お兄様。さらに好きになっちゃうじゃない。

 人だかりのモゾモゾは、こちらに向かい動いている。それにジャンプしながら手を振りたい衝動を、ユウヤは外面モードで抑える。

 コブシは右手の開閉を繰り返す。ようやく感覚が戻ってきた。心は再アタックしようと思うが、身体が恐怖に動かない。ユウヤから離れたまま、

声だけ発する。右手をかばうように、左手のさすりは続けている。

「それじゃ、行こうぜ」

 粘り腰なんて要らねえっつーの。

「お兄様、原田先輩がお車で送って頂けるそうですよ」

 モゾモゾが人だかりから、抜き出てくる。

 お兄様? チッ、野郎込みかよ。

 邪魔者の出現に、不快な表情を隠さないまま、コブシは振り返る。モゾモゾの正体を見る。

 一瞬で目の前が真っ赤になる。怒りに右手の感覚を瞬時に取り戻す。

 そこには、昨夜の田舎頭が立っていた。

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