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目の前でユウヤの一人芝居が続けられている。正宗は美子に状況を確認する。ユウヤには聞こえないように、小声で話す。
「なんなの、あの美少女は?」
「あの別嬪は、織田優弥さん。ほら、前に話したじゃない。ぶっちぎり特待生よ」
「ええ! マジで? 成績優秀で、あの美形かよ。これは、玲瓏学院のいばら姫の座も危ういな、ニヤニヤ」
「本当に、そうなのよね。困ったわ。でも、私は優弥の二学年上だから、お姫様の、お姉様ポジションが取れるから、本当にツイているわ。同じ学年だったらと思うと、本当にぞっとするわ」
「はいはい。生徒会長様は、立ち回りが上手いで、ございますわね」
「褒めてくれてありがとう。はい、アメあげる」
「いらねえよ。んで、あの、いつの間にかベンチまで、吹き飛ばされてんのは?」
「あの人は、織田皇眞さん。優弥さんの、お兄様ね」
「あの人? 何だか親しい呼び方だな。あの方でなく」
「あらあら。流石は初めての、お友達。目ざといわね。でも秘密よ、ウフフ」
「まあ、いいわ。にしても兄妹にしては、似てないなあ。同じ学年ってのも不思議だし」
「こら、正宗。チョーップ。他人様の家庭内事情に土足で踏み込んじゃダメよ」
「痛ったーい。美子、お前ホントに人の不意を突くの天才的だな。普段はおっとりしてる癖に、見切れねえわ」
「あらあら、さっきも言ったように、風紀委員長である貴方の」
「その話は、もういいよ。でっ、どうする?」
「うーんと、そうね。喧嘩両成敗と言うことで、どうかしら?」
「そうだな。対外的には、そうしておこう」
「風紀委員長の賢明な判断、助かります。追求は改めて、と言うことでよろしいかしら?」
「ああ、それで構わない。もうすぐ入学式典だ。時間も無いしな」
「あらあら、正宗が殿方に興味を持つなんて。今日は槍でも振るのかしら」
織田皇眞か、時間がある時が楽しみだな。
「殿方に興味を持つなんて、せんちぇー、ちょこれえと事件以来ね」
「あ(あに濁点)ー!! だからそんな昔の話をすんなよ」
「早熟だった初等部五年生の」
「あ(あに濁点)ー!! コロス、コロス、コロス」
そんな漫才の後、風紀委員長は副委員長に連絡。男手を呼んで、オウマを第一保健室、三体を第三保健室へと運び込んだ。
オウマは保険医に期待したが、あいにく不在だったため、寝てフリをして、入学式典をサボタージュしたのは言うまでもなかった。
その頃、新入生代表挨拶を務めていたユウヤにに、立ち上がり拍手喝采が送られていたのも、言うまでもなかった。
玲瓏学院高校拳闘部主将、超彗星こと原田拳は昨夜からイライラしていた。
進級祝いのパーティー帰りに、同級生の中村美子を愛車で送ろうとすれば、その無免許運転(正確には仮運転免許取得試験直前段階)ぶりに車から逃げ出される。
連れ戻そうとすれば、坊主頭から伸びかけの田舎頭に邪魔をされる。
さらには、そこで運悪くスリップダウン。お気に入りのパンツが汚れて意気消沈。
追い打ちに、そこからパトロール中のパトカーに追いかけられ、逃げるのに実家の支援を借りる始末。親父からは大目玉。車を取り上げられる。
何もかもが上手くいかなかった。田舎頭を思い出す。すべてアイツのせいだ。アイツにケチを付けられてから、すべての歯車が狂った。あの田舎頭だけは許さない。
日課の早朝のロードワークを終えても、自宅のジムでウォーターバッグを床がプールになるほど叩いても、カキタレを学校の教室に呼び出しても、全くふうー、スッキリしなかった。
最近マイブームだった車も無いし、学校は明日からだ。パーティーも昨夜だったし、やはり春休み最後の日には、あの赤いスポーツカーが無いと締まらない。執事長に頼み込んで、何とかキーを手に入れられないか。
よし帰るか。スラックスのファスナーを閉める。
「これからどうする?」
ずり降ろしていたパンツを、ミニスカートの中に引き上げながら、カキタレが上気した顔で振り返る。
「帰るわ」
コブシは言うなり、財布から数枚取り出し、カキタレに投げ捨てる。ワイシャツのボタンを止めながら、教室を後にする。残されたカキタレが何かを喚いているが、車に夢中なコブシにその声は届いてなかった。
でかい校舎と広い中庭を数回抜け、正門へ向かう。車は学校に来てから、ずっと待たせている。車を取り上げられたためか、今日は終日運転手付きだった。親父の正運転手の一人だった。監視目的か? 事実羽目を外さないための、親父の差し金だった。
今日は入学式典だ。二年生、三年生の授業は明日から開始だが、新入生だけで、その数三千人以上、生徒は校舎に溢れている。玲瓏学院は共学制のため、その半数は女子生徒だ。
「ねえねえ、あの人カッコ良くない?」
初対面の濃紺の新入生は元より、
「原田先輩。いつ見てもカッコ良い」
見慣れたはずの青紫の在校生からの、黄色い声を浴びながら、コブシは一年生の中を歩く。
コブシは幼児期は海外にいたので、玲瓏学院には初等部から在籍している。その頃から、ずっとモテ期が続いている。始まりは、初等部一年生の聖バレンタインデー。クラスの女子生徒全員からチョコレート貰っていた。それからずっと、モテ期だ。いや、これだけ長いと、ただのモテ人生だ。顔は二枚目、男前に。頭は成績優秀に。運動神経は抜群に、育っている。当然、家は、お金持ちだ。高等部二年時には、ボクシングで全国高等学校総合体育大会で、全国制覇しており、腕っ節も強い。憧れない女子は、いなかった。そんな勝ち組の人生を、コブシは送っていた。
女子生徒の視線に、軽く手を上げたり、流し目したり、白い歯を輝かせ、コブシは答える。人気取りプラス、品定めだ。良いカキタレはいないか、ボクシング部で培った眼球運動能力で、女子生徒達をランク分けしていく。
全員がカキタレに見える。
コブシは傲慢に、そう思っていた。事実、断られたことが無かった。確かに半数以上がそうだったが、昨夜の美子などの件もある。そう、これが、人が都合の悪い事実は記憶をねじ曲げる、帳尻合わせである。改善能力は低く思われるが、ある意味、芯を貫きやすい無敵能力だった。
新入生でごった返した人混みを、コブシは真っ直ぐ歩いていく。両手をポケットに入れ、颯爽と歩く。その男前オーラに人混みが自然と割れる。モーゼの十戒の海よろしく、道が開かれる。
遠くに人だかりが見える。何かに集まっている。演説か、クラブ勧誘か。いやクラブ勧誘は、明日からが解禁だ。
近づくにつれ、人だかりは増えていく。何かに集まっているのではないようだ。大きな声も聞こえない。演説や勧誘でも、無いようだ。ただ人だかりはソワソワしている。
「おい、お前声かけろよ」
「あなた、男でしょ。男気見せなさいよ」
「ムリムリムリ。お前が女子力で何とかしろよ」
「それこそダメダメダメ。あの横に並ぶなんて、命知らずもどんだけよ。どんな花も霞むわよ」
などど小声で、ざわついている。人だかりは、何かを取り囲むように、いや一定の距離を空けて形成されていた。コブシにも気付かない。道が開かないことに、ムスッとしながら、コブシは人だかりをかき分け、中心へと躍り出た。




