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出会いは海から

記憶のない少年と冒険者になりたい少女の

出会いと最初の冒険の話。

二人の出会いは偶然か、それとも・・・

 広大な草原と海に挟まれるように、その国―アベントラ―はあった。

 陸と海の境目-海に向かって左側-に沈む初夏の夕陽を浴びる城壁は2m程度と低く、決して防衛のために作られたわけでないことがすぐ分かる。

 国の中心には一際大きい建物、城が建っている(城というには大分小ぶりだが)。

 城の周りに広がる市街地に立ち並ぶ家々はレンガ造りで、少々の違いはあれど形はほぼ同じという統一感がある町並みだ。お店はいくつか開いているが、それらも営業を終える準備をしていた。人々はそれぞれの家に帰り始め、町に静寂が生まれようかというころ、


「うう・・・」

 広い道を、カゴを持った一人の少女が頭を垂れながらトボトボと歩いていた。

 肩まである髪は薄い緑で黄色いカチューシャをかぶり、ワイシャツにカーゴパンツという服装、腰には緩めのコルセットを巻いていた。

 特徴的な真っ赤な瞳からは大粒の涙が滲んでいた。時々あふれそうになっては袖で拭って歩き出し、またあふれそうになっては拭って。

「今日もだめだった・・・。私ってホント弱虫だな・・・」

 絞り出すように出した声も弱弱しい。

 途中で出会う人々は一度は目を向けるが、泣きながらまっすぐこちらに向かってくる少女からすぐに目を離し、関わらないようにと少し離れていった。

(当然だよね、気味悪いもん・・・)

 大きなため息をつき、顔を上げ振り返る。視線の先には夕陽で紅く染まった城が見えた。城を見上げる少女の手は堅く握られたが、すぐにほどけてしまった。ため息をつき、カゴを持ち直し改めて城を背に進んで行った。


 やがて少女はひとつのお店の前で止まった。通りに面した店先に立つ古びた看板にはこの店の名前が書かれていた。

-おばちゃんの惣菜屋-

「おばちゃーん、お使い行ってきたよー!」店の中に向かって少女が声を上げた。しばらくして

「あらミンちゃん、お疲れ様!ありがとうね!」中から恰幅の良いエプロン姿の女性が出てきた。背中には眠った幼児をおぶっている。

 ミンと呼ばれた少女は微笑みながらカゴを差し出した。

「この子もさっき泣き止んだばかりさ。お届けありがとうね」

「これくらい大丈夫だよ。またいつでも頼んでね。」

 ミンはそう言うと軽く手を振って小走りに去っていった。おばちゃんが見送っていると、通りの反対側からやってきた青年がおばちゃんに声をかけた。

「ん、あの子よく城を見てる子じゃん。おばちゃん知り合い?」

「いらっしゃい。そうね、知り合いというより家族かしら。あの子の母親の代わり」優しい笑顔で語った。

「孤児か。あいついつも城の入り口まで行っては落ち込んで帰ってくるんだよな。何がしたいんだろう?って大体のやつはわかるか。"ギルド"に入りたいんだろうな・・・」

「昔からの夢なのよねぇ。あの子の夢―――


 アベントラの城壁からすぐの海辺にミンはいた。夕焼けで赤くなった砂浜に腰を下ろし、左手の中を眺めている。

 手には小さな鍵が握られていた。質素なつくりだが、丁寧にされた歯車のような彫刻が只者でないことを感じさせた。ぼんやりとした表情で鍵をいじっていると、足元に白いものが転がってきた。

 白い綿だった。結構な密度で中心には黒い種のようなものが見える。潮風に押されて危なげに彼女のところに転がってきた。

「あぁ、もうそんな季節だっけ」

 つぶやきつつミンは鍵を胸元にしまって綿を拾い上げた。軟らかくて軽い綿は、手の中でふらふらと揺れている。ふいに少し強い風が吹き、綿が手から転げ落ち、そのまま太陽とは反対側のほう・・・岩場のほうに転がっていった。岩場の向こうには崖があり、岸壁には大きな洞窟の入り口が会った。

 あそこに入っちゃうかな、止めた方が良いかな・・・そんなことを考えつつなんとなく岩陰に目をやると、何か赤い布のようなものが目に入った。

「?・・・なんだろ」

 遠くから漂着した何かかなと、よく目を凝らして見ると、それは

「あれ・・・人!?」

 赤い布を纏った少年だった。


・・ス・・・ぐ・・・・・・


こえがきこえる


「・ぇ・・・・だ・・・・ぶ・・・


このこえは、しらない、きがする


・・・ディ・・・・に・・・・う・・・・


あなたはだれ


でぃす・・・・・・・・・・・ディス・・・・・・・・・・・


「ねぇったら!君!起きて!大丈夫!?」

 

「う・・・うぅ・・・・・・」

 太陽がまた一段と降りてきたころ、少年は目を覚ました。目をこすり、少し苦しそうに息を吐いた。深い黒色の瞳には、夕方の空としゃがみこんでこちらを見つめる少女-ミン-の顔が映っている。

「よかったぁ・・・目を覚まさないかと思ったよ」

 心底安心したようにミンはため息をついた。少年はゆっくりと呼吸をし、上体を起こした。怪我はしてなさそうだ。少年は周辺をきょろきょろと見回している。

 ミンは改めて少年の姿を見て、疑問を持った。ニット帽をかぶり、服装はタートルネックの服にコートと厚手のズボン、手袋、体格にしては大きすぎるマントといういでたちは、夏が近づきつつあるこの地方ではかなり目立つ格好だ。この辺の人ではないことは確かだ。

「えっと、あなたはどこから来たの?北のほうから・・えぇと・・・流されたの、かな?」

 少年はこちらを見て、うつむきながら少し枯れた声で応えた。

「・・・わからない」

「えっ」

「何でここにいるのかも何をしていたのかも、わからない・・・」

「ひょっとして・・・記憶をなくしちゃった・・・とか?」

「多分・・・」

 少年は自信なさげに応えた。口調は落ち着いているが、焦りが見て取れた。

(嘘をついてるようには見えないなぁ・・・)

 ミンも彼のために何かできないかと考えた。

「君、名前は思い出せないかな?そこから何かわかるかも」

「名前・・・か」

 少年は目を閉じ必死に記憶を辿ろうとしてみた。

 ふと先ほどまで聞こえていた声を思い出した。唯一であろう記憶。そこで聞こえた男の声。

でぃす・・・・・・・・・・・ディス・・・・・・・・・・・

「ディス、だと思う。ずっと誰かが呼んでた気がする。」

「ディスか・・・不思議な名前だね。えっと、私はミン。すぐ向こうに見えるあそこ、アベントラに住んでる普通・・・の人だよ」

 なぜか一瞬言葉を詰まらせながらミンは言った。

「ミン・・・ありがとう、ミン」

「どういたしまして。ふふ」

 ミンの表情から緊張が少し抜けた。


 ディスとミンは立ち上がり体についた砂を払いながらこれからのことを話した。

 どうやらディスは一銭も持っていないようだ。このまま放って置くわけにもいかない。

「さてと、これからどうしようか・・・。一緒にアベントラに戻っても、部屋を借りることもできないし」

「うーん・・・」

 ディスも必死に記憶を取り戻そうとするが、突然のことにまだ混乱が抜けきらず、そのことでもう頭はいっぱいだった。

 ミンもなかなかいい案が出ずにいた。

(私の家は無理だし、おばちゃん家なら・・・ああでも部屋に余裕がないか。何とかしてあげれないかなぁ・・・・・・!!!)

「ねぇ!!」

「ぅはいっ!!?」

 突然の大声に驚きディスは飛び上がった。

「えっと、えっと、もし良かったらなんだけどっ。・・・私と一緒にギルドに入ってくれない?」

「ぎるど?」

「うんっ」


「アベントラの女王様はね、ギルドを経営しているの。冒険者を集めてチームを作って、いろんなところを冒険したり依頼を受けたりしてるんだけど。お城では新人の訓練もしててね、弟子入りした人はお城の部屋を借りて生活できるの。そうすれば生活はできるし人と交流してくうちに記憶探しもできそうなんだけどどうかな!?」

 少し、いやかなり興奮気味でミンは一気に説明した。

 勢いに押されつつ話を聞いていたディスも少し考えた後。

「うん、わかった。・・・それが一番かもね」

 納得し承諾した。が、ひとつ気になることがあった。

「あのさ、何で」ミンに聞こうとしたその時。

・・・・・・

 遠くから声が聞こえた。アベントラのほうからだ。二人は声に集中する。

キ・・・ゃ・・・・・

「この声、おばちゃんだっ!」

 ミンとディスは駆け出した。


「ミンちゃん、と、ボク!キリエちゃん、見なかった!?」

 おばちゃんは相当走っていたのだろう、息を切らしながら説明した。

「子供たちが、城壁の隙間から、外に出ちゃって・・・何人かは見つけたけどキリエちゃんだけいないのよ!海へ行くって言ってたらしいけど・・・」

「海?私たち海にいたけど誰も来てないよ?来たらすぐ気づくと思うけど」

 ミンも心配そうにしている。確かにここに来るまでに人の姿はおろか足跡もなかったのはディスも知っていた。

「私、もっかい海に行って来る。おばちゃんはここで待ってて!」

「うーんでもねぇ・・・」

「大丈夫!きっとすぐ見つけるよ。じゃあね」言うや否やミンは来た道に振り返り駆け出した。

「ミン!僕も探すよ!」

 後ろからディスも追いかけた。

 ミンは驚きディスに向き直った。

「そんな悪いよ!ディスのほうこそ休まないと!」

「でも時間がないよ!もうすぐ暗くなる・・・早く見つけないと!」

 そう言いながら二人は海に向かっていった。


 ディスとミンは再び海に来た。ただ広い砂浜には二人以外の人影も、足跡もなかった。

「ごめんね、関係ないのに手伝ってもらって。本当なら自分のことを気にしなきゃいけないのに・・・」

 ミンは申し訳なさそうに謝った。

「構わないよ。何にしても子供をほっとくわけにはいかないからね。しかし」

 そう言いながらディスは周囲を見回す。夕日に向かう方角の浜辺は遠くまで良く見え、大人でも歩いていくには一苦労する遠くまでも見渡せた。到底子供ではその向こうまでいけないだろう。しかしそこには誰かがいた形跡もなかった。

 他には、とディスが振り返った。自分が倒れていた岩場を見つめる。大きな岩が連なっており、それは夕日を浴びて大きな影を落としていた。岩の隙からは海にせり出した岸壁、そして洞窟が見えた。

(洞窟・・・)

 いやな予感がしたディスは洞窟のほうに走った。自分のいた場所を過ぎ洞窟に近づくと、ほどなく足跡を見つけた。子供のものだ。

「これ、ひょっとして」

 後から来たミンも足跡を見つけた。

「まさかキリエちゃんの!?」

 ミンが片方を辿ってみると片方は高い岩へと繋がっていた。どうやら崖の低いところから岩を伝ってここに降りたらしい。もう片方はそのまま洞窟に続いていた。

「キリエちゃん、この中に入っていたのかな?」

 ディスとミンが見つめる洞窟の中は夕日が差し込んで明るく、突き当りまで見えた。子供なら「普段からここは明るい」と勘違いして入ってしまうかもしれない。

「行こう。早くしないと夜になる」

 ディスが一歩進もうとすると、ミンが声をかけた。

「でも、暗くなったら明かりがないよ。何かいるかもしれないし・・・深いかもしれない・・・」

 口調には最初の元気は感じられず、声は少し震えているようだ。

「怖い?」

「うん・・・少しね。狭いところとか、不気味なところとか、とにかく『怖い』ところがどうしても苦手なの・・・。うぅ、でも行かないとキリエちゃんが・・・」

 ミンは涙目になりながら入り口でうろうろしていた。どうやら怖がりな性格らしい。ディスは洞窟に少し入り奥を見た。突き当りから右に道が続いており、確かにどこまであるか予想はできないと思った。だが。

(あれ?・・・なんとなくだけど、規模がわかる?)

「大丈夫。そんなに深くない。走れば夜になる前に出られると思う」

 ディスにはこの洞窟の規模がそれほど大きくないことが無意識に判別できた。特に何かしたわけでもなく、ただ感覚で、すぐに出口に出れるだろうと確信できた。

「え、何でわかるの?」

 ミンは驚愕しながら聞いた。

「うーん、なんとなくだけど、この洞窟はすぐどこかに出るなってのがわかるんだ。ひょっとしたら僕はここを知っているのかも・・・」

「なんとなくか・・・。でも」

 いいながらミンは、ディスの傍に寄ってきた。その目には少し涙で潤んでいたが、それ以上に覚悟が灯っていた。

「嘘をついているようには思えないし、それにそうする他無いものね。よし・・・行こう!」


―海岸の洞窟―


 洞窟の内部は外から見る以上に広がっていた。思った以上に高く、壁はところどころに地層の違いが見られた。ディスとミンは、足元の岩を避け砂を踏みしめ、時々躓きながら前へ足を運んでいく。分かれ道はなく、薄暗い中をキリエを呼びながら進んでいると、向こうに出口が現れた。

「あっ!ディス、出口だ!」

「ほんとだ。分かれ道もなかったし、キリエちゃんはこっちから出て行ったのか」

「ここまで光が届いていたし、安心して行っちゃったのかな。早くつれて帰らないと」

 二人が急いで洞窟から出ると、森の中に出た。木々の陰でどこも暗く、空気は肌寒くさえ感じた。太陽は背後にあるため、入ってきた時と方角は変わっていない。

「ディス、あそこに何かあるよ」

 前を見ると、少し行った先が明るくなっていた。どうやら広場になっているらしい。二人はそこへ向かった。そこは森に囲まれた開けた土地になっていた。そして、中心に小さな城が佇んでいた。


 城はかなり風化しているが迫力があった。壁の一部は崩れ、残った部分もほとんどが蔦に覆われていた。夕焼けで赤く照らされて狭い草原に佇んでいる古城にディスは息を呑んだ。

「こんなところに城?いや城砦か?」

 考察するディスにミンは説明をした。

「フィラスト城だね。昔は砦として使われてたらしいよ」

「あれ、知ってるの?」

「アベントラからすぐのところにあるんだよ。普通は森を抜けなきゃいけないんだけど・・・」

「洞窟のことは知られていないのか」

「聞いたことないよ、誰も知らないんじゃないかな」

 俄かに、ディスは嫌な予感がした。

「キリエちゃんも城のこと知ってるの?」

「いや、さすがに知らないと思うけど・・・ひょっとして!?」

「好奇心旺盛な子供なら、知らないものを知ろうとして城に入っていったかもね・・・」

 ディスの発言にミンは慌て始めた。

「そんな!城にはモンスターがいるって話だよ!?キリエちゃんが危ない!!」

 ディスとミンは城に駆け出した。近くで見上げると迫力もさることながら圧迫感があった。足元を見ると、砂利に子供の足跡があり、入り口まで続いていた。

 ボロボロの入り口から入ってみると、内部はいくつかある窓から差し込んだ光でぼんやりと明るくなっていた。床や壁には雑草や花が茂り、壁際に積み重なった瓦礫にはコケのようなものが生え、緑豊かな室内になっていた。ときおり光る虫が飛びかって幻想的にさえ思える光景にディスはしばし見惚れてしまっていたが、目的を思い出しすぐに気を持ち直した。

「薄暗いけど進めそうだね。行こう、ミン・・・ミン?」

 振り返ると、すぐ後ろにいたはずのミンが一歩引いたところ、城の外にいた。胸元の鍵を握り締めながら深呼吸をしている。

「ミン、ここで待ってる?」

「ううん、大丈夫。ただ、少し待ってて」

 ディスの提案を断り、ミンは自分に言い聞かせるように呟いた。

「自分で言い出したことだし、それに、こんなところで足踏みしていたら夢が遠のいちゃう」

「夢?」

「帰ったら話すね。・・・大丈夫よ、ミン。鍵も持ってるし、今は一人じゃない。落ち着けば、行ける」

 小さく息を吐き、ミンは城の中に入った。

「お待たせ、もう大丈夫だから」

 そうは言っているがまだ不安そうに見える。

「わかったけど、無理は無しだよ」

 お互いに一度見合い、一緒に先に進みだした。


―フィラスト砦:1階―


 最初の部屋から奥に行くと、吹き抜けの大きな広間に出た。まだ光が届きうっすらと明るく、蔦などの植物が広間全体に広がっているのがわかった。上を見ると、吹き抜けに窓が二段見えた。少なくとも三階以上はあるらしい。通路は入ってきたのを含めて四方にあったが、二つは瓦礫で塞がれており右のひとつしか通れそうにない。見ると廊下になっているようだ。

「あっちしか進めないね。行ってみよう」

 ディスが進もうとすると、ミンが引き止めた。

「ちょっと待って、これ使えそうだと思うんだけど」

 そういってミンは足元の枝を拾った。立てると肩まであり、太さも十分ある立派なものだ。地面をつくと乾いた音が部屋に広がった。

「モンスターにあったら護身に使えるかな?」

「かもね。ミンが使いなよ。次の部屋に行こう」

 通路は部屋と比べて幅が狭くなっていた。まっすぐ伸びており突き当たりの窓からは光がさしていた。通路はそこから左右に分かれていた。右には部屋、左は階段になっている。

「どうしよう、ディスはどっちがいい?」

 どっちも変わらないよ、とディスはいいながら腕を組んで左右を見た。

「うーん・・・わからない。地図でもあればいいけど、それか書くものでもあれば・・・」

「書くもの?あるよ」

「えっ?」

 はい、とミンはポケットから使い古した手帳と鉛筆をディスに出した。

「いつでも出せるように持ち歩いてるの。ちょっと小さいけど使って。でも地図描けるの?」

「やれるだけやってみるよ」

 受け取ったメモにディスは地図を記し始めた。自身名さげな口調とは裏腹に、入り口から最初のフロント、四方に道があった吹き抜けのエントランス、そして今いる分かれ道まで滞ることなく書き上げた。スケールもおおよそ合っている。

「すごーい!あっという間にできちゃった!前に地図を書く仕事してたのかな?」

「どうだろう、でも自分でも驚くほどサッとできたし、記憶のヒントのひとつではあるね。とりあえず右にいってみよう」

 地図に記しながら二人は階段の反対側の部屋に入ってみた。中は外から見た以上に広く、以前は使われていたであろう廃れたベッドが並んでおり毛布は床に散乱していた。壁には燭台の名残がそのまま残っていた。

「寝室かしら?」

「僕は病院だと思うな」

 二人は分かれて隅々まで捜索したが、誰かが来た形跡も無かった。

「こっちじゃないか・・・」

 手に取ったシーツを下ろしてミンは階段の方を見た。薄暗い部屋を眺めていると、階段の影で何かが動いた。驚いて目をこらして見るが、影でよく見えない。

「キリエちゃん!?キリエちゃんなの?」

 声に反応したのか動くものは光の下に出てきた。それは、人ではなかった。


「うわあああああああぁぁぁっ!!!」

 現れたのは緑色のバッタのモンスターだった。高さは胴体が膝ぐらいまで、大きな後ろ足は腰ほどもあった。首を不規則に動かしているが常に複眼にはおびえたミンの姿が映っている。

「ミン!!」

 悲鳴を聞いて駆けつけたディスも、モンスターを見て息を呑んだ。

「こいつは!?」

「さっき言ったモンスターだよ!コイツはたしかホッパーって名前で、草食でおとなしいけど、縄張りに入ってきたものを追い出そうとするはずだよ!」

 モンスターはこちらから目を離さずその場から動こうとしない。階段へ行くにはこのモンスターをどうにかする必要がある。

「仕方ない、追っ払うしか!」

 ディスは一歩前、ミンの前に出た。

「戦うの!?危ないよ!!」

「キリエちゃんのほうが危ない、ここで引くことはできないよ。とにかくやってみる!」

 心配するミンにディスは答えながら戦闘体勢に入った。拳を作り、軽くひじを曲げ左半身を前に出し、さながら格闘家のような構えをとった。ディスが前に出た様子を見てモンスターも後ろ足に力を入れている。

(戦おうとすると、体が勝手に動く・・・僕は何者なんだ・・・?)

「ディス!くるよ!」

 モンスターは地面を蹴り、体当たりというよりはのしかかるように高く飛んだ。ディスは瞬時に軌道を確認し、着地点から左に一歩ずれ右拳に力をこめ

「ふっ!」

 甲殻の中、胴体を腹のほうからアッパーの形で思い切り殴りつけた。モンスターは苦しそうな声をあげ、崩れるように頭部から落下しやがて動かなくなった。ディスは軽く右手を払い、息を吐き力を抜いた。ミンは腰を抜かしていたが、やがて杖を頼りに立ち上がり、動かなくなったモンスターの傍に寄った。

「えと、気絶したのかな?」

「まだ死んでは無いと思うよ。さあ、さきに」

・・・・・

 すぐ上で、かすかに人が走る音がした。

「!!」

「今の!人だよね!」

「急ごう!」


―フィラスト砦:2階―


 階段を上りきると目の前に通路が現れた。一階と同じ構造をしてるが、直進した先、ベッドのあった部屋のすぐ上の部屋は瓦礫でふさがれて入れそうに無い。

 通路を右に曲がるとエントランス二階に出た。壁に添って道があり、反対側と向かって右手には小さな扉が見える。右側の足場は崩れており、左からなら進むことはできそうだ。

「さっきの足音、こっちにしか進めないよね。多分キリエちゃんだと思うんだけど」

「ほかに探している人がいるのかもしれないし、なんにしても追いつかないと」

 地図を描きながら応えたディスにミンは思い出したように質問をした。

「そういえばさ、ディスって強いんだね。さっきもバーンてやっちゃったし。戦い方は覚えてたの?」

「いや、無意識であの姿勢になってた。覚えも無いし良くわからないな。早く思い出したいけど、今はどうしようも」

ギギ・・・ガタ!ガシャ!!

「きゃっ!?」

「うわ!どうしたの?」

「と、扉が取れた・・・」

 ミンの手にはさびたドアノブだけが握られている。朽ちた扉そのものは奥に倒れていた。改めて調べてみると蝶番は錆きって使い物になっておらず、上手いこと立てかけてあっただけのようだ。倒れた衝撃で扉は縦に裂けてしまった。呆然と見ていると、ディスはあることに気がついた。

「これ、さっき立たされたんじゃないか?ほらココ」

 と、扉の底面を指した。コケまみれになっていたが、確かに新しく擦ったあとが残されていた。さらにすぐそこの床にも、同じ幅のあとが残っていた。

「ホントだ!じゃあひょっとしてキリエちゃんが立てたのかも!」

「音に驚いてココまで逃げて扉を閉めたんだろうかな。もう少しだ!」

 扉を乗り越えて二人は走り出した。扉の先は長い通路になっており、左右対称に部屋が作られているが、ほとんど瓦礫に埋まっており、入れる部屋にもキリエはいなかった。突き当たりは螺旋階段になっており進めるのはそこだけだ。緩やかに曲がる階段を上っていると、外側に均等に作られた窓からかなり低くなった夕日が見えた。もう時間はない。

 

―フィラスト砦:3階―


 階段を上りきった先は広い部屋になっていた。歪な四角い部屋で天井の一部は穴が開いている。下の階より日差しが入る影響か低い木も自生していた。自分の足音が響くほど静まりかえっており、小型の虫さえも見あたらない。

「ココで行き止まり。こっちじゃなかったか?」

「そんな・・・キリエちゃーん!!」

 ミンが大声で呼ぶと、木のそばで声がした。

「お、おねえちゃん・・・?」

 出てきたのは、探していた少女、キリエだった。まだ6歳ぐらいの、ディスの予想よりずっと小さな子だった。体中泥だらけで怪我もしている。ミンの姿を見て安心し、泣き出してしまった。

「おねえちゃぁぁぁ~んんっ!!!」

「キリエちゃん!!あぁ良かった!ホントに・・・よかった・・・っ」

 無事を確認し、たまらずミンも泣き出してしまった。互いに駆け寄って抱きしめあう姿を見てディスも少し涙腺が緩むのを感じた。

「おねえちゃん!こわかったよぉぉ!」

「大丈夫よ、もう一人じゃないからね。一緒に帰ろう」


―フィラスト砦:2階―


 落ち着きを取り戻したキリエと一緒に来た道を戻る途中、ふとキリエが質問をした。

「おねえちゃん、そういえばあのひとだれ?」

「あぁ、まだ紹介して無いっけ?あの人はディスって名前だよ」

「はじめまして、キリエちゃん」

「はじめまして!でぃす、へんななまえ~」

 正直に言われてしまい、ディスは少し落胆して、そういえばと続けた。

「・・・ミンも言ってたけど、僕の名前、そんなに変かな?」

「う~ん、少なくともこの辺りでは聞かない名前だよ。ひょっとしたらホントの名前とは違うんだよ」

「?。でぃすじゃないの?」

「あ、えぇと、実はカクカクシカジカ・・・」

 キリエを置いてけぼりで話をしていた二人は、キリエに事の顛末を話した。ディスは本名ではなく、そう呼ばれていたかもしれないから名乗っているだけということ。海で倒れていたところをミンに助けられてその縁でココまで来たこと。ひょっとしたらアベントラで世話になるかもしれないことを。キリエは驚きながらもしっかり聞いていた。

「ふ~ん、そうだったんだ。じゃあかえったらまちをあんないしたげる!」

「うん、お願いね」

「おねえちゃんなきむしだから、ちゃんとたすけなさいよ!」

「!?。ちょ、キリエちゃん!」

 吹き抜けに来るころにはキリエにもオドオドするミンを見て笑う余裕ができていた。

「よし、いい調子だし一気に脱出しよう!」

 二人の一歩前を進むディスが気合を入れた刹那

ドゴォ!!!

 巨大な破壊音がフロアに響き渡った。大きなものを砕く音に驚いたミンはキリエを抱きながらしゃがみこんだ。

「ひっ!!な、何が・・・!?。ディス!!」

 目の前を歩いていたはずのディスはそこにいなかった。土煙があがるそこの通路は崩れてなくなっていた。足場が崩落したらしい。来る時は平気だったのに。前触れも無かったはず。さまざまな考えがよぎるが、とにかくディスの事、と急いで駆け寄った。下の階も土煙でよく見えない。

「ディス!ディス!」

「静かに!!」

 すぐ下からディスの声がした。だが内容は、安心させるものではなく、静止だった。

「え・・・なんで!」

「・・・ホッパー、だっけ」

「!!」

「アイツだ、下から叩き落してきた。でも、さっきの緑じゃない。今いるのは」

 やがて煙は薄れ、『あいつ』が姿を現した。

「赤い・・・」


―フィラスト砦:1階―


 ディスの目の前にいるのは確かにホッパーだが、先ほどしとめた個体ではなかった。体は鮮やかな赤、体も先のより大きく、頭部をはじめあらゆるところに角のようなものも生えている。若干つりあがっている複眼には常にディスが映りこんでいる。

「コイツもホッパーなのか?」

「うん、でもコイツはアカホッパーで、もっと寒いところに住んでいるはずの種類だよ!こんなところになんでいるの?」

 ディスとミンの会話に反応してアカホッパーは緑と同じく構えを取った。

「そいつは緑より凶暴だよ!攻撃性が高いし、何より肉食になっているの!逃げて!!」

「みたいだね。普通の会話でも反応してきた!」

 ディスが構えを取った直後、アカホッパーは地面を蹴り、のしかかりではなく体当たりを繰り出してきた。巨体に見合わない速度で一気にディスに突進してくる。

(早いけど十分見切れる。でも重さはある)

 冷静に分析しディスは回避を取った。左に体を運び、一歩跳んで回避をした。まっすぐ進んだアカホッパーはミンたちの真下の壁に激突したが、さほど効いていない様子だ。すぐさま中央に寄ってきた。どうにかして勝てないか思案をめぐらせたが、キリエたちのことを思い出し、考えを改めた。

(勝つ事より、ココから出るほうが先か・・・)

「早く回り込んで階段へ行って!食い止めるから!」

 脱出を優先するよう促すディスだが、ミンたちのほうを見ると、アカホッパーの体当たりでできた亀裂が上に伸びていくのが見えた。止まることなく進む割れ目は、ディスを見守るミンの真下まで広がり、そして

ガガガガ!!!

「え?!キャアァ!!」

 足場が崩壊しミンも下に落下してしまった。何とか着地するも尻餅をついてしまい、瓦礫におびえて完全に足がすくんでいる。

「ミン!!」

 瓦礫の音に興奮したアカホッパーは目の前のディスから音の中心にいるミンに標的を変えていた。ゆっくりと後ろに振り返り、しゃがみこむミンをその目に捕らえた。

「ミン!逃げろ!」

 焦って駆け寄ろうとしたディスは後ろを向くアカホッパーの巨大な後ろ足に蹴り飛ばされてしまった。不意をつかれながらも寸前でガードはしたが、吹き飛ばされて背中から地面に落とされた。

「ぐあっ!」

 息が詰まり、落下のショックで体を起こせず、はっきり見えない視界では、アカホッパーがミンに飛び掛っているのがかろうじて見えた。必死に杖で防御するが、押されているように見える。怯えるミンの声も聞こえた。

(ミン・・・アイツっ・・・!!!)

 アカホッパーを、アイツをたおしたいと強く意識したディスの脳裏に、小さな痛みと共に僅かな記憶が蘇った。戦いの記憶、自身の力の記憶が。

(今、一瞬だけ見えた?・・・違う、感じた・・・この感覚!)


「いっいや!やめ・・・ひっ・・・やめてぇ!!」

 アカホッパーに飛び掛られたミンは必死で杖を盾にこらえていた。牙をむき体重に任せてのしかかってくる目の前の恐怖に、泣き声で悲鳴を上げている。すでに杖はかじられた跡でぼろぼろだ。もうすぐで中ほどから折れてしまいそうだ。

「おねえちゃあぁぁんっ!!」

「や、やだ・・・助け・・・て」

 と、何かを感じたアカホッパーがミンから飛び退き踵を変えて振り向いた。恐怖で放心してしまい体に力が入らないミンは棒を落とした音で気がついた。なぜ急に標的を変えたのか、気づかれないようにそっと視線の先を見ると、蹴り飛ばされしゃがみこんでいるディスがいた。が、先ほどとは決定的に違う点があった。

「ディス、マントが・・・燃えてる!?」


 ディスが身に着けていたマントが、端のほうから燃え上がっていた。火はすぐに背中まで広がっていった。遠くから見れば火ダルマになっているように見えるだろう。だがディスは動じることなくゆっくりと立ち上がった。こちらを見る目には怒りが宿っている。

「ディス!マントが燃えてる!早く消さないとっ」

「大丈夫、これでいいんだ」

 ディスの言葉は自信に満ち溢れている。ディスは揺らめく炎に手を伸ばし、そのまま右の手袋に引火させた。火はすぐに燃え移り広がってゆくが、コートに燃え移ることなく、また手袋が燃え尽きる様子も無い。きらめく炎を見ながらディスが説明した。

「ひとつ思い出した、僕の力。マントから発火させてソレを操る能力があったんだ」

「能力・・・?」

 ディスは左手に炎を移し構えた。激しく燃え上がっているが熱がる様子も無い。視線はアカホッパーに向いている。

 しばらくの睨み合いの後、アカホッパーがジャンプし一直線にディスに突進してきた。今度は避けることのなく、右の拳を解き腕を引いた姿勢で待ち構え、一気に振るった。

「燃えてしまえぇぇぇぇっ!!」

 アンダースローのフォームで振った腕から炎が鞭のようにしなる軌道で伸びていき、アカホッパーを打ちながら火をつけた。炎の鞭はすぐに消えたがアカホッパーに移った炎はすぐに全身に広がった。燃え上がりながらも勢いで飛び込んでくるアカホッパーを容易くかわし、さらに左手で今度は火球を飛ばした。燃えながら身の毛もよだつ奇声をあげてのたうちまわり、瓦礫に激突し壁を掻きむしり火から逃れようとするが、変なにおいがし始めた頃には動かなくなった。

「はぁ・・・はぁ・・・。ミン、大丈夫?」

「ぅ・・・うん。へい・・・き」

 息を切らすディスに嗚咽交じりの声で応えた。棒を持つ手の震えは止まらず立つこともできていない。

「おねえちゃん!!ディス!!だいじょうぶ!?」

 上の階からはキリエの心配そうな声がする。平気だよと答えながらミンは立ち上がった。軽く尻を払い辺りを見回した。燃え上がっていた死体は鎮火し黒い塊になっていた。

「えと・・・助かったのよね?よく分からないけど、ディス、本当にありがとう」

「うん。でもまだ居るかもしれないし早く出よう。キリエちゃん!回り込んでこれる?」

「へーき!」

 上の階から降りてきたキリエとともに、暗くなった砦から三人は脱出した。

・・・・・


記憶を無くし海で倒れていた少年ディス。

そして冒険者を目指す少女ミン。

二人の冒険は、ここからはじまる

 

人物

ディス・・・記憶を失い海辺に倒れていた少年。

      記憶探しの拠点としてミンとともにギルド入りをする予定。

      発火するマントと炎を操る能力を持つ?


ミン ・・・アベントラに住む赤い目をした少女。13歳。

      冒険者になることを夢見ているが臆病な性格が邪魔をして一歩踏み出せずにいる。

      


初めまして、初心者です。

人生初の小説、読みにくくてごめんなさい・・・。

今後は基本ディス視点で進めていきます。どうかよろしくお願いします。

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