幻想の城(1)
西洋の城を思わせる、見上げる程大きな黒いアーチ状の門をくぐり抜ける。私のすぐ前を歩く小柄な人影は、小走りに先を急ぐ子供の様にも見えるし、足腰の強い老人にも見える。
ゆったりとしたフードコートを目深にかぶり、振り返りもせずに進んでいく後姿からは、それ以上をうかがい知ることはできない。
私はどこかへ導かれているようだ。
足元には均一な大きさに整えられた、石造りの床が伸びている。滑らかに削りとられた石の表面からは、多くの人々を屋敷へ運んだ時間の重みは感じられず、真新しい画用紙のような輝きが眩しかった。
(この道を通るのは、私が初めてなのではないか)
そんなことを思わせる白さだった。
両脇に広がる手入れの行き届いた庭園や、どこからか響いてくる涼やかな水の音が、いっそう人の気配を遠ざけていた。
屋敷にたどり着くまでは十数分。庭としては気の遠くなる程の広さだ。
屋敷の入口に辿り着くと、その規模に相応しく、荘厳な顔つきの扉が私を見下ろしていた。
案内人は音もなく扉を押し開けると、振り返りもせずに屋敷の中へと消えていった。
私は慌てて後を追うように、屋敷の扉をくぐる。
案内人の姿はすでになく、私は一人、広々とした玄関ホールに立っていた。
痛いほどの静けさが空間を包み、完結した世界に迷い込んだ私という異物を計っているようでもあった。
「よく参られた、どうぞそのままお進みください」
屋敷の主のものだろうか。小さくはあったが、その声は屋敷そのものが音を発しているような、不思議な響きを持っていた。
私は半ば無意識に、声のする方へと足を踏み出した。
足元には赤く上品にあつらえたカーペットが敷かれ、歩くたびに私の足音を吸い込んでいく。
主の声の余韻がなくなると、屋敷はまた恐ろしいほどの静寂で満たされた。
庭の木々を吹き抜ける風の音も、あれほど涼やかに響いていた水の音も聞こえてこない。
私は次の部屋へと続く、観音開きの重厚な扉を恐る恐る押し開けた。
扉はもだえるようにギシギシと鈍い音を立てた。
部屋は磨き上げられた大理石に覆われ、斜めに差し込んでくる午後の陽射しが、部屋の奥に座る人物を絵画のように浮かび上がらせた。
私から十数メートル先の椅子に腰をおろしているのがこの屋敷の主だろう。
先程の案内人がすぐ脇に控えている。
屋敷の主も、案内人と同じようにフードをまぶかに被っているため、表情を窺い知ることはできない。
主は私を促すように、ゆったりと手を自分の前に差し出した。
傲慢さは感じられないが、人を使うことに慣れている、そんな仕草だった。
私は促されるままに足を進める。
窓から射し込む温かな陽射しと、壁が遮るひんやりとした影が、私の頬を交互に撫でていく。
私は主を見降ろすような形で立ち止まる。
ふいに、それまでのまどろむような感覚は消え失せ、血肉をともなった生々しい恐怖が全身を支配する。
私は主の袖から覗く手を見てしまったのだ。
体中の筋肉が収縮し、冷や汗が背筋をつたう。
軟骨がむき出しになった様な皮膚に、異様に細い指、不自然に伸ばされた爪。
主のそれは、明らかに人間のものではなかった。
私は声を失い、その場に立ちつくした。




