意味という病・整えられるもの
第一話を少し改変しました。
司祭には死んだ子がいた。
名は一度も聞かなかったが、夜中にうなされる声の中でだけ、その名が漏れた。寝返りを打つたびに軋むベッドの音。湿った喉を震わせて吐き出される祈りのような響き。
私はそれを覚えている。覚えているが、ここでは書かない。あれは私に向けられた名ではない。
疫病は高熱と黒い発疹を残し、喉を腫らせて息を奪ったという。
司祭はその時、聖堂の鐘を鳴らし続けた。祈りながら。
だが神は何も返さなかった。
「意味がなければならない」
ある夜、酒の匂いをさせながら彼は呟いた。
村人が供えた、沈殿物の混じった濁った酒だ。
「あの死に意味がなければ、私は……」
続きを言わず、震える手で私の肩を掴んだ。
鉄格子の隙間から、村の老婆が覗いていた。
彼女は私の欠落した左耳ではなく、その"跡"を見つめていた。
老婆は、震える指先で自らの側頭部を、耳を削ぎ落とすかのように激しくなぞった。
「ありがたや。お前様がそこにいてくれるから、孫は今日も息をしている」
私は怒った。
だが同時に、奥歯が疼いた。
その夜、私はわざと祈りを長引かせた。声を震わせ、涙を作り、神の名を繰り返す。
司祭は満足そうに頷き、私の肩に手を置いた。
翌朝の麦粥には、豆が二粒浮いていた。
村人は、意味の代価を支払う。
私は聖女の仮面を被り、慈愛の眼差しを作った。そうすることで、夜の鍋に沈む豆が一粒増えるのなら。
それでも生きたい。
魂を売ってでも、この聖堂の藁の上で眠りたかった。
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司祭は、祈りの後に必ず私の喉元を確かめるようになった。
乾いた指先が、脈打つ皮膚をなぞる。
「……まだ、柔らかいな」
祈りの際の声の出し方が悪かったのだろうか。
それとも、盗み食いをしたことが、この喉の柔らかさで露見してしまったのだろうか。
私の口を開けさせ、歯の並びを見る。脇腹を押し、肋骨の浮き具合を確かめる。
聖堂の外では、石を削る音が響いていた。
村人たちが床を磨いているのだ。古い血の跡を削り落とし、石の凹凸を平らにしていく。
誰も祈っていない。誰も歌っていない。
ただ、黙々と手を動かしていた。
持ち寄った初穂の麦が、祭壇の脇に積まれていく。
「怖いか」
白布を私の体に当てながら、司祭が言った。
肩幅、首の太さ、手首の細さ。布に印を書き込む。
「……生きたいです」
私は正直に言った。
司祭は眉をひそめた。
「それは罪ではない」
その日から、私は空腹を誤魔化せなくなった。
食事からは豆が消え、代わりに薬草の汁が与えられた。
眠る前には、司祭が必ず小部屋にやってくる。
彼は私の手足を引き伸ばし、仰向けに寝る姿勢を強いた。指先ひとつ、曲がることを許さない。
髪を梳き、爪を短く切り揃え、左耳の傷跡をなぞる。
聖堂の外では、まだ石を削る音がしていた。
夜が深まる。
司祭の指は、私の喉元の脈が静まるまで、そこを離さなかった。




