声を喰う石壁
意味がなければ死に耐えられない男と、
意味なく生きたい少女の、決別と生存の物語です。
本日より、毎日朝7時に一話ずつ更新し、全五話で完結いたします。
灰色の石壁に囲まれた、救いのない祈りの結末を、
どうか最後まで見届けてください。
祈りは、石に吸われる。
それを最初に知ったのは、声の出し方を覚えるよりも前だったかもしれない。
初めて覚えた言葉も、母の名ではなく、神への悔い改めだった。
聖堂は谷底に建っている。
崩れかけた城壁の残骸のような石壁。窓はなく、天井に一本の亀裂が走るだけ。月のある夜、その裂け目から光が落ちる。村人たちは、それを"神の視線"と呼んだ。
私はそこで育った。
聖堂の石は、灰白色の凝灰岩だった。指で撫でると粉が落ちる。湿り気を帯びた日は、古い血の匂いがにじむ。床の継ぎ目には黒ずみが残っている。あれは供物の血だと司祭は言ったが、実際には羊のものか、人のものか、私は区別がつかない。
この村では、七つになると左耳を削ぐ。疫病の印を神に見せるためだと教えられている。熱と黒い発疹で喉を腫らし、息を奪うあの病は、耳の奥に潜むのだと。
だから皆、耳を失った。
私にも傷跡がある。膿んだ肉が固まるまで三日かかった。削いだ耳は布に包み、聖堂の裏に埋める決まりだ。雨が降ると、犬が掘り返す。
だが、私が見られるときの視線は、他の誰とも違った。
怯えと期待が混じっている。
私が生まれた年、赤子が六人死に、麦は黒く腐り、川は泡を吐いたらしい。耳を削いだのは皆同じなのに、なぜか私は“理由”にされた。
削がれた印ではなく、私自身が。
司祭は私を拾った。
いや、拾ったというより、置いたのだ。聖堂の奥の小部屋に藁を敷き、私に祈りを覚えさせた。
「思いにおいて、言葉において、行いにおいて」
意味も分からず繰り返した。
「私は大いに罪を犯しました」
生まれたこと以外に、何もしていないのに。
祈りの途中で腹が鳴ると、彼は顔をしかめた。空腹は罪ではないが、祈りを乱す、と。
夜になると、私は司祭の寝息を盗むようにして鍋の蓋を開けた。底に沈んだ豆を指先で探る。
見つかれば、罪に問われるだろうか。
祈りを乱した罰を、司祭の冷淡な眼差しを想像して、指先が微かに震えた。豆を掴んだまま、逃げ出すことも、戻すこともできずに。
だが、司祭の寝息が再び深くなると、私は泥を掴むような手つきでその豆を口へ運んだ。
塩気のない味が舌に残る。盗みだと分かっていた。
指にこびりついた、冷たい麦粥も、逃げるようにして口へ運んだ。
味わう余裕などない。噛むことさえ惜しむようにして、喉の奥へ無理やり流し込む。
口の端から溢れそうになった薄白い汁を、反射的に汚れた袖で乱暴に拭った。その拍子に、自分の体から漂う古い埃と湿った石の匂いが鼻を突く。
(ああ、私は。……私は、なんて)
私は暗闇の中で、きつく目を閉じた。
胃に落ちた豆の重みが、そのまま罪の重さのように感じられた。だが、胃の腑がわずかに熱を帯びると、罪悪感よりも先に、言いようのない安堵が全身を浸していく。
司祭の赦しを得るよりも、この豆一粒の熱。
生きたいという欲が、信仰よりも先に、私の喉を鳴らした。
「お前は選ばれた子だ」
司祭はよくそう言った。だがその目は、選んだ者の目ではなかった。何かに追い詰められ、言い訳を探している目だった。
私は理解していた。
私は神のためでも、村のためでもない。
だが、村が意味を求める限り、ここに置かれ続ける。
亀裂の向こうで、月が濁った紅に染まり始めていた。




